第6話 突然ですが、旅に出ることにしました

物心ついたときには、真っ暗な異臭のする空間に閉じ込められていた。手足には重い枷が付いていて、それが封魔の役割を果たしていることも知っていたから、逃げるなんて選択肢はなかった。

 部屋には、自分のほかに数人の住人がいた。種族は様々だったが、彼らはここで生きるすべを教えてくれた。言葉と、簡単な自衛術を。

 数日に一回、部屋に男が現れて、どこかに連れて行くかれる工場のようなところだったり、貴族の屋敷のようなところだったり。オークションにかけられたこともあった。

 今日もそうだった。寝ているところをたたき起こされる。木箱のようなものに詰められて、いつものようにどこかに運ばれた。馬車のようなものに乗せられているのか、強い揺れに関節が軋む。時折、数人の男の下卑た笑い声が聞こえた。急に光にさらされて、瞳孔が収縮する。目を開くと、そこは汚い路地裏だった。体中がしびれて箱から出られない俺に、容赦なく鞭を打ち、無理矢理箱から引っ張り出す。目の前には、下級貴族らしき男。


「それか?」

「はい。白狼族の少年です。」


 男は、俺の顔を掴み、無理矢理自分の方へ向かせる。男の、濁った茶色の瞳とカーキの髪が目に映る。俺はこいつに飼われるのか。そう思った時、事は起こった。数個の人影が目に映る。怒号が飛び交うなか、誰かが俺の体を抱き上げ、走り始めた。トンっと体に衝撃が走り、そこから先の記憶がない。

 目を覚ますと、そこは白い布の上だった。体には、白い布が巻き付けられている。体が軽くて手を動かすと、鉄の枷はついていなかった。俺は、死んでしまったのか。ここはきっと、天国だ。こんなに温かい場所を、俺は知らない。真っ白な服を着た男が、起き上がろうとした俺を見て何かを飲ませた。そしてまた、意識が遠のいた。


 次に起きた時、隣には一人の老人が立っていた。彼に連れられて着いたのは、大きな机のある部屋だった。そこに座る女の子を見て、俺は息をのんだ。緑の瞳を物憂げに伏せ、俺に見向きもしない。金色の光を纏った彼女を、天女様だと思った。昔、聞いたことがある。生き物は死んだら、天の国へ行く。そこで裁判を受けて、次の命に生まれ変わるのだと。

 目の前に食べ物を出され、若い女に食べろと促された。皿の隣には、先の丸くなった金属の棒と、先が三つに分かれた棒がおいてあった。何に使うものなのか分からず固まっていると、天女様が俺の隣に座った。


「これは、フォークというのよ。」


 棒を指して言うと、それを食べ物に突き刺して食べ始めた。天国では変わった食事をするのだな。と思いつつ棒を持ち、それを真似する。そんな作業を繰り返しているうちに、皿が空になった。彼女は、空になった皿に手を合わせ、席を立つ。もう二度と会えない気がして慌てて服を掴み、お礼を言う。


「いいえ、家族だもの。気にしないで。」


 カゾク?初めて聞く単語に戸惑う。あの暗闇の中には、それを教えてくれた人はいなかった。天女様は、天使のような白い女の子を連れてどこかへ行ってしまい、俺は再び、元の部屋に戻された。そのうちに、部屋の電気が消された。裁きにかけられないのを不思議に思いつつ目を凝らすと、暗闇に金色の光が舞っているのに気づいた。

 天女様に似た何かを感じて、その光を追う。一歩歩くごとに激痛が走ったが、今はどうでも良かった。光は、一つの部屋の前で止まっていた。俺は、とうとうそこで力尽いた。体が熱いのに、冷たい。扉の横で蹲ると、すぐに意識がなくなった。

 夢を見た。扉から天女様が出てきて、何か喋った後、俺に紫の液体をこぼした。そして、体から熱と痛みが消えた。天女様は俺に名前を教えてくれた。彼女は、エフィニアと名乗った。それから数年。天女様は貴族の娘で、天使はウサギだった。それでも、俺の中で二人は、地獄から救いだしてくれた神様のような、いや。神様よりも大切な存在だった。



 私エフィニア。14歳になりました。ここで、最近驚いた話を一つ。


「カイくんはえふぃちゃんにべったりねぇ。」

「エフィも、すっかりお姉ちゃんだ。これじゃあどっちが年上なのか分からないね。」

「え?」


 カイトって、私より年下じゃないの?確かになんか背大きいな、とは思ってたけど。シオンも大きかったから、私が小さいのかと思ってた。


「確か、エフィの3つ上じゃなかった?」

「今年で17です。」


 17か。そりゃぁ背も高いわけだ。この国は平均身長が高くて、男性が180㎝、女性が168㎝くらいなんだけど、私は160㎝と小柄なのだ。まだ伸びる、はず。対するカイトはもうお父さんとあまり変わらない。


「そうなんだ。あ!リアムは何歳なの?」


 私たちがどんどん大きくなっていく中、リアムだけはずっと子供の姿のまま。クノエさんもそうだったから、神獣は外見が成長しないのかもしれない。


「まろ?そうだな。このくらい?」


 手で20をつくる。


「200万?」

「2000万。」


ほぇ~。想像つかないよ。2000万か。そりゃ暇にもなるよな。


「姉さん。一人で頷いて、どうしたんだ?」

「あ~、ちょっとね。」


 実は最近、毎日が退屈で仕方がない。毎日屋敷の中で、勉強したり魔法の修業をしたり。同じことの繰り返しすぎて。せっかく魔法の腕をあげても、発揮する場所がない。あと私、あなたの姉じゃないよ。妹だよ。


「カイは、夢とかないの?」

「俺は、姉さんとリアムの隣にいられればなんでもいい。」

「そういわずに。」

「そうだな…。昔地下牢で聞いたことのある、「どらごん」というものを見てみたい。」


 はうっ。ど、ドラゴン?


「へ、へぇ~。他には?」

「隣国に行ってみたい。不思議な服や食べ物があると聞いた。」


 不思議な服や食べ物?


「き、キモノ。だったか。そんな感じの。」


 着物ですと?それじゃあまさか。


「お米って、聞いたことある。」

「あぁそれだ、白いつぶつぶした穀物。」


 なんと!このタイミングで隣国にお米があることが発覚。


「和食が!食べられるのではないかと!考えます。」

「なぜに敬語?」


 そう!ここは異世界。せっかく転生したのだから、もっと楽しまなければ。貴重な青春時代を屋敷に缶詰めで無駄にしてはいけない。


「カイト!リアム!決めた!」

「「はい?」」

「私、旅に出ることにするわ。」


 目を真ん丸にして私の顔を凝視する二人。


「そうと決まれば、お父さんとお母さんに相談しなければ!行くわよ、二人とも。」

「ちょっと待てエフィニア。」「落ち着いて姉さん。」


 両肩を掴まれる。


「どうしたの?」

「どうしたの?じゃないだろう。考えろ。ヴィルが許可するはずがなかろう!」

「せめて、もう少し考えてから言うべきだよ。」


 最近、行動が突然すぎる。そういうと、カイトは深く溜息をついた。


「でも!」

「何もだめとは言っていない。そなた、最近つまらなそうだったからな。そろそろ何か言いだすんじゃないかと思っていた。」

「俺も、姉さんの好きなようにすればいいと思うよ。」


 二人とも。そうと決まれば。


「王宮に行くわよ!」

「まろ達の話を聞いていたか?」

「俺あそこ嫌い。」

「いいから!転移。」


 軽い衝撃と共に目を開けると、そこはシオンの部屋の中だった。


「久しぶり~。」

「ノックとまでは言わないが、せめて扉から入って来い。」


 あきれた様子で出迎えてくれるシオン。


「あのさ!唐突なんだけど。」


 転移魔法を覚えた私には、王宮まで瞬間移動するなんて造作もない。


「私、旅に出ようと思う。」


 ガシャン。ティーカップ落下。大丈夫?


「もう一度。」

「私、旅に出ようと思う。」

「何を唐突に。」

「お父さんとお母さんを説得するために相談に来たの。」

「無理だな。」


 即答かよ。ちょっとは真面目に考えてくれたっていいじゃん。


「頭を使え。あの男が、そなたをわざわざ自分の手の届かないところにそなた置くはずがないだろう。」


 そんなことは分かってる。でも。


「シオンはさ、ドラゴンって知ってる?」

「知っているが。」

「私はね。せっかくこの世界に生まれてきたんだから、色々経験しないと損だと思うの。」


 真っすぐ目を見て、語る。


「お屋敷の中で一生を過ごすのは嫌なの。お願い。」

「分かった。」


 少し考えてから、シオンは言った。


「まず、旅に危険がないことを証明しなければならない。そして、明確な理由、屋敷の中にいること不利益さを示す。」


 最初から難問。危険がないこと…。は、多分証明できる。屋敷の中にいることの不利益さ、もなんとか。でも、明確な理由がなぁ。まさか、ドラゴンに会いたいから。とか言えるわけないし。


「大丈夫。その辺は適当にでっち上げる。」


 わぁ。心強い味方ができて嬉しいです。



 屋敷に返って来た私は、今から執務室に入る。中にはお父さんとお母さん。はぁ~、緊張する。軽くノックして、部屋に入る。


「あら、そんなに改まって、どうしたの?」

「話があるの。」


 二人の目を見て、話す。


「私、旅に出たい。」

「駄目よ。」 「いいんじゃない?」


 え?お父さんが許可してくれるとは。


「ヴィル、えふぃちゃんは女の子なのよ。」

「でも、リアムやカイトがついてる。それに、この魔力の量だったら、勝てる人間がいるとは思えない。止めて、勝手に出ていかれても困るし。それなら、こっちが把握してる範囲で行動してもらったほうがいいよ。」


 お父さんがまともなことを言ってる…。


「お母さん。私はね、屋敷に縛られて一生を過ごすのが嫌なの。もっと色々なものを見て、経験したい。」

「エノーラ様。俺からもお願いです。姉さんは、俺が絶対に守るから。」

「エノーラ。頼む。」


 少し躊躇した後、お母さんは覚悟を決めたのか、渋々頷いた。


「いいわよ。でも、一つ条件を付けさせて。」


 ものすごく真面目な雰囲気を醸しだして、言った。


「神休日には、必ず家に帰ってくること。これだけは絶対に守って。」

「う、うん。いいけど…。何故?」

「だって寂しいじゃない!三人がいっきにいなくなっちゃったら。」


 あ、そういうことね。私がやりたがっていることを拒否するなんて、滅多になかったからびっくりしたけど、そういうことね。これ、転移のことは言わないほうがよさそうだ。下手したら毎日帰ってこさせられる。


「任せろ!まろが責任をもって家へ帰す。」

「じゃあ。僕も、一つ条件。絶対に彼氏なんて作ったらだめだよ!カイト、しっかり見守っておいて。」

「御意。」

「大変だなぁ。そなたも。」

「リアムもだよ。あ、できる限り男とは関わっちゃだめだよ。触られたらぶっ飛ばすんだよ。風魔法で。いいね。」


 何か前にも聞いたことあるセリフだけど…。


「えふぃちゃん。この人の言うことは気にしないで。せっかく許可したんだもの。目いっぱい楽しんできてね。」

「そうだ!旅にはいろいろと準備がいるだろう?」

「クラリスを呼ぶわ。何でもいいなさい。」

「あ、ありがとう!」


 いい親を持ったなぁ。こんなにすんなり通るとは思わなかったけど、やっぱり素直に話してよかった。


「セルジュ。クラリスに文を。」

「よし。じゃあ、僕は仕事を片付けようかな。」


 執務室を出て、そのまま庭へ。


「やったぁぁぁぁ!」

「良かったな、エフィニア。」

「うん!」


 ドラゴン、エルフ、妖精。そして、和食。いやもう楽しみすぎる。


「でも、旅の支度って、具体的にどんなものが必要なんだ?」

「その辺は私に任せて!一月後くらいには出発したいから、二人も荷物をまとめておいて。」


 あ、シオンに報告しなきゃ。トンっと軽く跳躍すると、あっという間に自分の部屋のベランダの中だった。すごくない?私の身体能力。やることないからってゴリゴリに鍛えまくってたら、こうなった。


『もしもし、シオン?』


 暇すぎて電話を発明した私。


『あぁ、どうだった?』

『思ったよりすんなりOKだった。』

『良かったな。しばらく会えなくなるのは寂しいが、楽しめよ。』

『うん!まぁ、一月は先のことだし。』


 スマホみたいになってて、小さい魔石を埋め込んであるから、魔力が全くいらない優れものだ。


『必要なものがあれば遠慮なく言えよ。なんでも用意する。』

『ありがとね。』

 

 電話のことを知ってるのはシオンだけ。旅先で親しい人ができたら配ろうと思ってるけど、屋敷に置くつもりはない。お父さんとお母さんが暇さえあればずっとかけてきそうだから。ベランダから飛び降りて二人のもとへ戻る。


「家はどうするのだ?まさか馬車で寝泊まり、という訳にもいかないだろう。」

「移動はどうするんだ?」


 ふっふっふ。お姉さまに任せなさい!


「それはその場のお楽しみだよ。」


 さて、何から作ろうかしら。



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転生令嬢は旅がしたい! 京 えい @A_kanadome

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