第2話 神獣と契約することになりました
私、瀬宮夕希は、エフィニア=ストロイドとして、王国のストロイド領に転生した。なんと、ストロイド大公爵の一人娘に転生してしまったのだ。
実は私、前世のことを完璧に覚えたまま転生してしまったようで、お母さんのお腹から出た瞬間に意識が覚醒したんだ。もうびっくりしたのなんのって。目は見えないんだけど、声だけわんわん頭に響いてて。う、思いだすだけで頭くらくらしてきた。
話を戻そう。この国には三つの公爵家があって、御三家って呼ばれてるんだ。その御三家の中で、一番王家の血が濃くて、財力がある家が大公爵の位を授けられるらしい。まあ、大公爵と言っても領地は辺境だけどね。おかげで、社交界との関りが全くと言っていいほどない。でも、マイペースで自由な両親にはそういう生活の方があってると思うし、私もそっちの方が楽だからいいんだけどね。
「えふぃちゃん。ママが来たわよ~。」
母の名前は、エノーラ=ストロイド。グラシス公爵家出身で、金髪に青の目をした、物凄く綺麗な人だ。フランス人形みたいで、前世のモデルさんとか芸能人も霞んで見えるほどの美貌なんだけど、ゆるふわな見た目とは裏腹に、結構厳しい(特にお父さんに)。
一生懸命整った顔を見つめていると、お母さんの真っ白で華奢な腕が私を抱きかかえた。あったかぁい。お母さんの髪の毛で遊んでいると、
「エフィ~。ノーラ~。」
お父さんが部屋に入って来た。父の名前はヴィル=ストロイド。薄い茶髪に緑の目をした、中性的な見た目の人で、私とお母さんにデレデレなんだ。こっちも物凄い綺麗な顔で、二人並ぶと目の保養極まりない。超スタイルいいし。顔小さすぎでしょ。
「ヴィル、さっきから何度もどうしたの?書類、随分溜まってたみたいだけど。」
「ぎくっ。ち、ちょっと息抜きにね、二人の顔、見ようと思って。」
「全くもう。昨日もそれを言って、ずっとえふぃちゃんと遊んでたじゃない。」
「いいじゃん!ちょっとくらい。僕だってエフィと遊びたいんだもん!戯れて癒されたいんだもん!」
「そんなこと言って、10分に一回はこの部屋に来てるじゃない。そうだわ!仕事が終わったら一緒にピクニックに行かない?」
「行く!」
「ほら、じゃあ頑張って書類、片づけてきて。」
「うぅ。分かったよ。エフィ、ノーラ、元気でね。」
しょんぼりと部屋を出ていくお父さん。
「えふぃちゃん、お父さんがお仕事してる間に、ピクニックの予定を立てましょう!」
るんるんしながらメイドさんを呼ぶお母さん。
「リズ!今大丈夫かしら?」
「はい、奥様。何の御用でしょうか?」
「今度、三人でピクニックに行こうと思うんだけど、その予定を立てるのを手伝ってほしいの。」
結局、三人のメイドさんとお母さんの女子会が始まってしまってしまって、少し眠くなってきた。赤ちゃんになってから、どうも眠くなるのが早い。頭をこてっと傾けてお母さんに寄り掛かる。ん~、落ち着く。
「あら、えふぃちゃんったら、おねむさん?」
「奥様、私が。」
「いえ、大丈夫よ。私は母親ですもの。ちょっと寝かせてくるわね。」
「お手伝い致しましょうか?」
「お願いするわ。」
お母さんに抱きかかえられて、ベッドまで運ばれる。ふわっと毛布を掛けられて、私は眠りについた。
おはよう!無事お父さんの仕事が終わったので、今日はピクニックに来てるんだ。といっても、屋敷の敷地内なんだけどね。にしても広いな~、我が家の庭。
「エフィ。見て!」
私たちの周りに色とりどりの花びらがひらひら舞っていた。
「珍しいわね。ヴィルが魔法を使うなんて。」
「綺麗でしょ。」
魔法!今の、魔法だったんだ。こっちの世界に生まれてから、初めて見た。もう一回同じのを見たくて、私はお父さんの膝をてしてし叩く。
「どうしたんだい?もしかして、これが食べたいのかい?」
違う!私は一生懸命言葉を話そうと口を動かした。でも、口から出てくるのは意味のない音だけだった。そこで、ピンときた。自分で魔法を使えばいいんだ!
何で魔法が使えるって思ったのかはわからないけど、私ならできる、って気がした。地面に落ちた花びらを上に巻き上げるようなイメージで風を起こす。掌を中心に力を集めようとした。瞬間、ぶわっと風が巻き起こって、花びらが全て飛んで行ってしまった。
うまくコントロールしきれなかった。反動で尻もちをつく。びっくりして、涙がにじんだ。
「えふぃちゃん!大丈夫?」
慌ててあやしてくれるお母さん。
「ノーラ。今の、」
「ええ。想像以上にすごいわね。」
神妙な顔の両親を、私はただ見上げることしかできなかった。
私エフィニア、3歳になりました。なのに、ピクニックでのあの一件以来、ほとんど部屋の外に出てません。しかも、やたらごてごてした変な腕輪両手に装着させられたし。めっちゃ金ぴかで宝石ごてごての。まだ幼児なのに肩凝っちゃいそう。もうとっくに歩けるようになって、そろそろ退屈が我慢の限界に達する予感。仕方なくぬいぐるみで遊んでいると、
「母様、これからちょっと用事があるの。すぐに帰ってくるから、少しお部屋で待っててくれるかしら。」
「ん!わかったぁ。」
最近やっと喋れるようになった。今まであんなに頑張っても言葉を発せられなかったのが嘘みたいだ。
「いい子ね~。」
私の頭をくしゃくしゃっと撫でて部屋を出ていくお母さん。珍しいな。いつもなら絶対、一人にしないのに。そう思いながら遊んでいると、ベッドの下にウサギがいるのを発見してしまった。
黄色とオレンジのオッドアイの、真っ白なウサギ。こっちを見てる?パチッと目が合う。すると、ウサギはまるで私を誘うように部屋を出て行ってしまった。
ちょうど部屋には誰もいない。追いかけるなら今しかなかった。私はドアの隙間をすり抜けて、ウサギを追いかけた。私がついてこれるギリギリの速さで走っているのか、たまに私の姿を確認するように振り返る。屋敷の隠し通路のようなところを何本も通って辿り着いたのは、大きな神殿だった。真っ白な大理石でできた巨大な神殿。
前を見ると、ウサギはいなくなっていた。途端に恐怖が押し寄せてくる。
「エフィニア!会いたかったぞ!」
は?唐突に名前を呼ばれ、辺りを見回した。いつのまにか、神殿の中にいた。
「私はそなたを待っていたのだ!いつまでもきょろきょろしていないで、こっちを見ろ。」
くいっと顎が持ち上がった。目線の先には、長い階段。その上の玉座のような大きな椅子に座っていたのは、6歳ほどの女の子だった。
「だれ?」
私が訪ねると、女の子はとんっと玉座から飛び降りて、えっへんと胸を張った。
「まろはこの神殿を守る神獣だ。エフィニア、こっちに来い!」
「え?でも。」
正直、三歳児のヘボ体力でこの階段を上るのはきつい。
「ほら。」
「うぁ!」
急に体の重さが消えて、気づいたらあの女の子の隣にいた。近づいて気づいたけど、この子の瞳、さっきのウサギと同じ色だ。綺麗なオッドアイを見ながら呆けていると、急にぎゅうっと抱きしめられた。
「やっと会えた。」
ぐりぐりと頭をくっつけられて、ちょっと苦しい。
「なんで、わたしのこと、しってうの?」
まだ長文は上手に話せない。喉になんかつっかえてるみたいで気持ち悪いけど、今はしょうがないと思って我慢している。それにしても、さっきから腕輪がやけに重いんだけど、どうしたんだろ。
「それは秘密じゃ。」
指をクロスさせて顔の前でばってんを作る彼女。
「むぅ。」
「そうむくれるな。」
そう言って女の子が私の頬を触った瞬間、腕輪が尋常じゃないくらい重くなって、私は崩れ落ちた。ギリギリと手首を締め付けられる。
「どうした?大丈夫か?そ、そなた。封魔をつけているのか?今すぐ外せ!早く!腕がちぎれるぞ。」
女の子は物凄い勢いでまくしたてて、私の顔の前で5本の指を合わせた。
『解除。』
カチっと軽い音が鳴って、腕輪が外れた。それは地面に転がって、黒く変色した。私は鬱血した手首を呆然と眺めていた。
「危なかったのう。エフィニア、なぜ封魔などつけていたのだ。もう少しで手首から先がなくなるところだったのだぞ!」
「ふーまって、なに?」
あの腕輪は、ピクニックの日から一週間くらいたったときにお母さんがつけてくれたものだ。私の身を守るためのおまじないだから、絶対にとっちゃだめだと。そう言われてつけたもの。
「魔力を押さえつける魔道具だ。高魔力の子供が暴走を起こさないようにするために使用されることが多い。と聞いたことがあるが…。そなたの魔力は神獣の私から見ても規格外故、この程度の封魔では抑えられなかったのだろう。」
魔道具。本当にそんなものが存在するんだ。ちょっと前まで手が取れそうになっていたことも忘れてテンションがあがる。
「これからは、私がそなたをしっかり見守っているから、暴走などは絶対にさせない!だから封魔などなくても平気だ!」
えっへん。と胸をはる女の子。
「そおいえば、おなまえは?」
「む!名前?長い間一人だったものでな。忘れてしまった。」
名前忘れるとかあるんだ…。
「じゃあ、わたしが、つけたげよっか?」
「いいのか?」
「ん!じゃあねえ。りあむ!」
「リアムか!いい名だな!気に入った!」
良かった~。前世のファンタジーゲームの相棒の名前からとったんだけど、なんか急に親近感わいてきた。
「そうそう。エフィニア。手を出せるか?」
「う!」
掌を合わせると、ぽわ~んと光の粒が集まって、私たちの手を包み込んだ。
「私、生命の神獣は新たなる名のもと、命尽きるまでそなたを守ると誓おう。」
オレンジと黄色の光が私を包んだ。冷たい。見ると、私の手の中には一組のピアスが握られていた。超精密で小さな宝石細工だった。
「なにこれ?」
「まろとエフィニアが契約したことの証明のようなものだ。片方、つけてみろ。」
え、穴開けるの痛いんでしょ。私がピアスを握りしめて躊躇していると、
「耳にあてて。」
パチンっと金属音が響いて、耳を触るとしっかりピアスがついていた。え、すご。
「まろは神に仕える、12匹の獣のうちの一人。ウサギの神獣。まろ達神獣はすこぶる寿命が長い故、常に物凄く暇を持て余していた。見かねた神が、天上界と下界を行き来する力を与えてくれたのがそもそもの始まりだ。下界に降りたまろ達が編み出した暇つぶしが、人間と契約して、その生涯を見守るというものだった。」
説明だけじゃ分かりづらいだろうと言って、急に指を鳴らすリアム。瞬間、頭に声が響いた。
『エフィニア。聞こえるか?』
これはまさか、テレパシーってやつではないだろうか。
『聞こえるよ!リアム~。』
届いた!まさかテレパシーができるようになる日が来るとは。感動。
「うん。無事繋がったな。この声は契約者どうしの間にしか届かないから安心だぞ。」
「あの、ところで、いえまでのかえいみち、わかる?」
舌噛んだ。痛い…。
「あぁ。送って行こう。」
無言で唇を噛む私を見て察したのか、同情気味に彼女は言った。
「うまく喋れないなら、心で話しかけた方がいいと思うぞ。」
『気遣い、どうもありあとっ、う。』
「ふははっ。こっちで話していて噛んだのはエフィニアが初めてだ。そなたは本当に面白いな。」
う。超恥ずかしい。精進します…。
「旦那様。陛下からお手紙です。」
「セルジュか、ありがとう。」
王家の紋章が入った手紙を持ってきたのは、我が家の執事長。
「ヴィル。どうしたの?」
「最近騎士団がたるんでるから、鍛えなおしてほしいらしくて。王都に出張だって。」
こうみえて、お父さんは国一番の剣の使い手なんだ。騎士団長だったんだけど、私が生まれた時に引退して、今はほとんど領地に引きこもってるらしい。
「あら。それは大変ね。」
「ひどいよ、そんな他人事みたいに。王都に行っちゃったら、二人に会えないんだよ!何か月も。はぁ。むり病む。」
「今年は、えふぃちゃんの蕾の儀があるものね。」
蕾の儀っていうのは、貴族の子供が5歳になったら行われるもので、王都に男爵から公爵まで、今年5歳になる貴族の子供が集められて、社交界での振る舞いなどを体験するイベントだ。今後のための交友関係を作るためにも重要な式らしい。
「そうだよ!僕だってえふぃのドレスを選びたい!アルの野郎に自慢したい~。」
「そういえば今年、王太子くんが蕾の儀に参加するらしいわよ」
「げぇ~。アルの息子とか絶対ろくな子供じゃないでしょ。」
土下座しろとか言われたらどうしよ~。と騒ぐお父さんに、一言。
「その王太子くんが、ペアにえふぃちゃんをご指名だって。」
「嘘でしょ?!絶対だめだよ!僕のかわいいえふぃをそんなどこの馬の骨ともわからない王太子に預けられるわけないじゃないか!」
蕾の儀には、男女一組で参加しなければいけないという決まりがあるのだそうで、そこで将来の婚約者が決まることも少なくないらしい。
「どこの馬の骨って…。仮にも親友の息子でしょう?それに王太子なのよ?これ以上の相手、いないと思うけれど。」
「偏屈の息子が偏屈じゃないわけないもん!絶対お断りだよ。」
ぶーぶー文句を言うお父さんに溜息をついて、お母さんは言った。
「じゃあヴィルは、どんな相手なら満足なのかしら?」
「そりゃもちろんぼ。」
「まさか、僕。なんていうつもりはないでしょうね?」
「う。そ、そんなこというわけないじゃないか。あは、あははは。」
乾いた笑いを浮かべたあと黙り込むお父さん。
『相変わらず情けない男だな。』
リアムさん降臨。なぜか私の隣で偉そうにふんぞり返っている。あ、ちなみに、リアムのことはもう相談済み。お母さんはびっくりしてたけど、お父さんは僕の娘なんだから当然、という顔で聞いてた。
『面倒くさいモードに入ったお父さんはどこまでも面倒くさいからね。』
「旦那様。できる限り急いで王都へ。とのご命令です。支度が整いましたらお伝えください。馬車の用意はもうできておりますので。」
「分かったよ。行けばいいんでしょ行けば。」
「えぇ。頑張ってらっしゃい。」
「ちょ、ノーラ。冷たくない?」
「そんなことないわよ~。さ、えふぃちゃん。お父さんは忙しいみたいだから、私たちは退場しましょうか。」
「うん!じゃあね。お父さん。」
がっくりと項垂れるお父さんに背を向けて、私は執務室を出た。
「奥様。少しお時間、よろしいでしょうか。」
「いいわよ。えふぃちゃん。先にお部屋に戻っていて頂戴。リアムちゃん。えふぃちゃんをよろしくね。」
「は~い。」「まかせておけ!」
長い廊下を二人で歩く。
『やっと終わったか。さてエフィニア。今日は何をして遊ぼうか?』
『庭に行きたい!』
『おぉ。いいな!そういえばこの前、裏庭に大きな池があるのを見つけた。まろは、そこに行ってみたいぞ!』
池か。確かに今日は暑いし、いい考えだな。厨房に寄ってお菓子包んでもらって、近くで食べたら涼しそう!
『厨房寄ろっか。』
『まろは、まるいやつが食べたい!』
『ドーナツね。よっし。どっちが早く着くか競争だ!』
『ずるいぞ!まろが一番に決まってるだろう。』
はぁ。疲れた…。神獣なめてた。もう風みたいにびゅんって走るんだもん。ていうか最早あれ、走るっていわないでしょ。飛んでた。へとへとになって厨房の前にたどり着くと、そこには得意げな顔でドヤっているリアムがいた。
「お嬢様。どうしたのですか?」
「あの、ドーナツがほしいの。お庭で食べようと思って。」
「分かりました。ちょっと待っててくださいね。」
数分後、コックさんがバスケットにお菓子と紅茶を詰めて戻って来た。
「ありがとう。」
長い廊下をとことこ歩く。庭へ通じるドアを開けて、外へ出た。
『池、どこにあったの?』
『確か、その茂みの奥だった気が。』
持っていたバスケットを私に預けてがざごそと茂みの奥へ入っていく。
『あったぞ!』
げ。私にこの茂みは突破できない。前世の頃ならずいずい入っていけたけど、今はワンピースだから。引っかかって動きにくい。
『どうしたの?』
『バスケットとワンピースが邪魔で、そっちに行けそうにない…。』
『なんだ、そんなことか。今どけるから、ちょっと待っていろ。』
軽い衝撃と共に、体が浮いた。
『転移。』
目を開くとそこは、池のほとりだった。
「きれい!うちにこんな場所あったんだね。」
「秘密の場所だからな!」
水、めっちゃ透き通ってるし。ん?池の底になにかある。魚かな?覗き込もうとした時、ガクッと体が傾いた。やばい。落ちる。そう思ったときにはもう水の中だった。
リアムの手をつかもうとしたけど、ギリギリで届かない。体が沈んでいく。閉じた瞼の裏に、光が浮かんでは消えた。意識がなくなりそうになった時、声が響いた。
『こんにちは。お姫様。』
『だ、れ?』
優しい、女性の声。
『契約しましょう。そうすれば私は、あなたを助けられる。』
『分かった。から、』
指に、水が絡みついた。体が押される。苦しくない。目を開けると、そこは草の上。洋服も綺麗に乾いていた。
「えふぃにあっ。死んでしまうかと思ったぞ。」
私に覆いかぶさって泣いているリアムを落ち着かせて起き上がると、目の前にはこの世のものとは思えないほど美しい女性が浮かんでいた。
「お前は。」
「お久しぶりね。神獣さん。」
「水の精霊王がこんなところに何の用だ?」
ん?今、精霊王って言った?精霊王って、ファンタジーとかにでてくるあの?
「あら、あなたのご主人様を助けてあげたっていうのに、随分な態度ね。」
「あのっ!すいません。話についてけないんですけど…。」
リアムも一回落ち着いて。目が怖い。
「あら、起きていたのね、お姫様。」
お姫様?さっきも私のことお姫様って言って。ん?さっき?
「さっき私のこと、池から引きずり出してくれたの、もしかしてあなたですか?」
「引きずり出した?何のことだ?そなたは、」
「えぇ、そうよ。」
リアムの言葉を遮って、彼女は言った。
「あなたは誰なんですか?」
さっきからずっと微笑して、少しも表情を動かさないから、ちょっと怖い。
「私は水の精霊王よ。あなたと契約しに来たの。」
ん?ちょい待ち。私があなたと契約?
「待て精霊王。池から引きずり出したとは何のことだ?エフィニアは、私が助けたはずだぞ。陸に上がってから30分近く目を開けなかったのに、急に服が乾いて目が覚めたのだ。」
「あら。それは、肉体の話でしょう。あの池、姫巫女の魔力を感じるとゲートになるの。お姫様の精神は、精霊界と人間界の間に飛ばされてたの。私が気づいていなかったら、今頃精霊にも人間にもなれなかった有象無象の魂に食い荒らされてたわよ。あなた、契約神獣のくせしてそんなことも分からなかったの?」
悔しそうに唇を噛むリアムに、私は何も言えなかった。
「そうそう。お姫様、右手を貸して頂戴。」
糸で指を引っ張られたような感覚。気づくと、私の手は女の人の手に包まれていた。
「きゃっ。」
整った唇が私の耳に寄せられて、瞬間、囁き声が聞こえた。
「私の名前は、ラピスィリア。覚えておいてね、お姫様。」
左手に、冷たいような温かいような不思議な感覚を覚えて目を向けると、薬指がぼんやりと水色に光っていた。女の人が包んでいた手を離すと、左手の薬指に不思議な模様が刻まれていた。
「これは?」
「契約紋よ。私があなたを見つけるための目印みたいなものね。」
よく見るとそれは、金色の蔦のようなものが複雑に巻き付いたような文様で、指の表側に、六つの円が縁どられていた。そのうちの一つに、水色の雫が描かれている。
「私の力が必要になったら、名前を呼んで。どこにいても、必ず駆けつけるから。」
ラピスィリア、長いからラピスでいいや。は、私の頬に軽く口づけをすると、池の中へと消えていった。
「リアム。何か色々おこりすぎて理解が追いついてないんだけど。」
「まろもだ。優雅な顔して押しが強いな。あいつ。」
「あれよあれよと契約させられちゃったし。」
「しかも距離近くないか?まろのエフィニアだぞ!」
「とりあえず、ドーナツ食べない?」
「あぁ。頂こう。」
目をキラキラさせて、小さな口で一生懸命ドーナツをほおばるリアムさん尊い。食べ終わったのか、物欲しそうに最後の一個のドーナツを見つめている。
「食べていいよ。」
「本当か?ありがとう!」
しっぽとうさみみ出てますよ~。なんかぴょこぴょこしてるし。
「そろそろ帰るか。」
「そうだね。お母さんたち、心配してるかもしれないし。」
屋敷に戻ると、なぜかみんながバタバタしていた。どうしたんだろ?
「あら、えふぃちゃん。」
「ねぇお母さん。どうしたの?なんか忙しそう。」
「蕾の儀の日程が決まったの。今日からちょうど一月後、風月一の八日よ。」
こっちの世界では、一年を水月・風月・炎月・地月の4つに分けて区別してる。日本での春夏秋冬がそれにあたるんだけど、その4つの季節をさらに一の月、二の月、三の月の3つに分けるんだ。一つの月は30日ずつで、一年が360日。
地球とは微妙にずれてるんだけど、不思議なことに、そのずれを補正するかのように、年末年始に5~6日の休みがある。その休みのことを、神の休む日と書いて神休日と呼ぶらしい。
「奥様、ドレスはどこに頼みますか?」
「クラリスに頼んでおいたわ。」
「エノーラ様。馬車は?」
「あてはついてる。心配しないで。」
「奥様、旦那様のご予定は」
なんだか忙しそうなので、邪魔にならないようにそっと部屋に戻ろうと裏口からホールを抜ける。小さいころから使用人スペースを頻繁に出入りしてたから、裏通路とかもばっちり把握済み。なんか安心するんだよね。華美じゃないんだけど清潔に保たれてて、静かで落ち着いた雰囲気で満たされてる。なんか前世の家を思い出すっていうか。でも、今日は今まで見たことがないくらいたくさんの使用人さんが慌ただしく動いていた。
「セルジュ様!」
「執事長は王都だ。何かあったなら俺に直接、」
「じゃあ言うわよ!留守中の屋敷の管理、領地の管理、経理、一つでも滞ったら大変なのよ!その辺分かってる?」
「明日クラリス様が直接お見えになるそうよ!用意を!」
「伝令はどこに行ったの?」
「厩舎じゃない?」
「だいたい報告がギリギリすぎるのよ!儀典の仕事はどうなってるの?」
私たち子供は邪魔にならないうちにさっさと退場しますか。
『リアム。行くよ。』
『了解!』
こそこそと隠し通路を抜ける。
「あー、疲れたっ!」
ベッドに飛び込む。ふかふかだぁ。
「エフィニア!あれやろう。」
「やっちゃう?」
「やるやる!」
よっし、行くよ!
「竜巻!」
小さな風の渦が私とリアムの体を浮かべる。
「か~ら~の~、ミスト!」
掌からブシューと霧が噴き出した。
「捕まえてみろ!エフィニア!」
「おうおう!」
異常に濃い霧の中、風に浮かんで鬼ごっこをするのはめちゃくちゃ楽しい。私は莫大な魔力を有しているから、適度に発散させなければならない。それなら何か楽しいことをしようということで生み出された遊びなんだ。もう封魔をつけて腕が取れそうになるのはごめんだしね。
「ふはははは。まろは完全に気配を消した!今のまろを見つけられるものは、」
「私だけだっ!」
リアムの体を後ろから抱きしめて、もつれこむようにベッドへ落下した。
「だいぶコントロールがうまくなってきたな!」
「でしょ!」
最初の方は、コントロールがうまくいかなくて、風で屋敷が壊れそうになったり、領地中に濃霧が立ち込めたりしてたけど、今では嘘のように上達した。フォークとナイフを操れるくらい繊細な動きもできるんだよ!フォークとナイフといえば。
「お腹空いたぁ。」
「いい匂いがしてきたな。そろそろ食堂に行くか。」
「今日の晩御飯、何だろね。」
うん。なんていうか、幸せだなぁ。
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