転生令嬢は旅がしたい!
京 えい
第1話 どうやら死んでしまったようです。
ここは、どこ?唐突に意識が覚醒した。痛みはない。なんで私はこんなところにいるの?今日はいつも通り、部活終わって、本屋さんに寄って家に……帰ってない。いきなり意識が遠のいて、気づいたらここにいたんだ。
起き上がると、背中に違和感。見ると、小さな羽が生えていた。瞬間、理解する。私、死んだんだ。この一面真っ白な雲だけの空間は、天国だ。そこまで考えて、気づく。目の前で土下座している薄い金髪の、背に大きな翼が生えた人?の存在に。長髪と華奢な体型のせいで、性別不詳。とりあえず、声をかけてみることにした。
「す、すみません。」
顔を上げた人(多分)は、物凄く美しい顔をしていた。おそらく男性であろう彼は、宝石のように澄んだ緑の目を涙で潤ませて、こっちを見ていた。なんでかな。この人、どこかで見たことあるような気がする。
「あの、どちら様?」
「私は神。天上界の王様的な感じです。あ、天上界っていうのは、地球でいう天国みたいなものですよ。」
ふむふむ。神様か。って、神様ああ?この人が?なんかもっと神々しい、おじいさん的な人を想像してたんだけどな。意外。
「なんで、神様が私なんかに土下座を?」
聞くと、彼の大きな目から涙がころんと零れ落ちた。
「ごめんなさいすみません申し訳ございません~。」
雲の地面に頭を擦り付ける神様。
「どうしたんです?怒んないから、泣かないで。きちんんと話してください。」
言ってから、目を合わせる。だいたい、神様が私みたいな平凡なJKに土下座するなんて、どんな状況?普通に考えてあり得ない。
「あの、実は。」
実は?
「実は…。」
「はよ言えや。」
真顔でつっこむと、またもや涙目になった神様は、ためらいまくりながら、渋々といった感じで言ったのだ。
「あ、あなたを、間違えてこっちの世界の住人にしちゃいました。ごめんなさいすみません申し訳ございませんー。」
真っ白な顔で謝罪し続ける神様の言葉を遮って聞く。
「間違えて、とは?」
「私、神様といっても新米でして。最近就任したばかりで慣れてなくて。それで、」
本当にすまなそうに謝る神様に、怒りもおきなかった。むしろ、同情したくらいだ。こんな大役に就いて、どれほど不安だったんだろうか。失敗してしまったと気づいたとき、どれだけ焦ったんだろうか。
「大丈夫。私は大丈夫だから。だからそんな、悲しそうな顔しないで。」
無意識に話しかけていた。不意に、懐かしい気持ちが沸き起こる。 前にも、こんなことがあった気がする。
「私は、私なんか、別にいいから。」
一瞬でも死んで良かったと思ってしまった私なんかのために、生きる意味なんてないと思ってしまった私なんかのために、貴方が気を病むことなんて、
「そんなこと、言わないでよ。私なんかなんて、言わないで。」
悲しそうに言う神様を見ていたら、こっちまで悲しくなってきた。今まで考えないようにしてたことが、次々と頭に浮かんでくる。
5歳のときに交通事故で両親を失って、天涯孤独になった。施設に入れられて、窮屈だったし、嫌なことはたくさんあった。でも、私は。私は全然寂しくなかった。本当の子供みたいに愛情を注いでくれたおかあさん。なんだかんだで面倒を見てくれたおねえちゃんやおにいちゃん達。騒がしいけど可愛かった妹や弟たち。せめて最後に、大好きだよって、ありがとうって、伝えたかった。
「おかあさ、おね、おに、ちゃっ。みんな。ごめん、なさっ。」
神様は、いきなり泣きじゃくり始める私の背を、嫌な顔一つせず、撫でてくれた。そして、穏やかな声で語る。
「私は、命が生まれるのには何か意味があると考えています。一つだって、無駄なものはないと。」
じわり。凝り固まった心に降り積もる、神様の声と言葉。
「あなたは、生まれるべくして生まれたのです。魂は姿形を変えて輪廻しています。前世や前前世、そのまた前世。永遠に続く輪の、どれか一つでもかけていたら、あなたは存在していません。意味のない命なんてないんです。」
長い睫毛を伏せてどこまでも優しい目で語る彼に、私は無意識のうちにあの人の面影を重ねていた。
「こんな偉そうにすみません。私があなたの生命の輪廻に干渉してしまったことは取り消せないのに…。」
しばしの、沈黙。
「でも、新米とはいえ私も神。あなたの転生先や条件をちょこっと弄くることくらい、いくらでも可能です。」
ん?ちょっと待って、転生先?私、生まれ変わるの?
「はい。生命は輪廻していますから。」
「じゃあ!また地球に転生できるの?」
「一応可能ですけど、同じ世界にもう一度転生するのは物凄い時間を要する故、あまり現実的じゃないですよ。」
物凄い時間?
「それはもう、物凄い。私の力を使ってしても、短くて数百年。下手したら千年を余裕で超えます。」
わお。想像つかないくらい長い。
「でも、地球以外ならどんな世界にもすぐに転生できるように調整することが可能です。」
どんな世界でもって言われても。私、地球以外の世界のことなんて何一つとして知らないよ。
「そんな貴方には、『一目でわかる、異世界カタログ』がお勧めです。今なら三千円!お安くしときますよ!」
微妙な値段で攻めてくるのやめて、笑っちゃうから。そしてそのセールスマンみたいな衣装はどこからだしてきたんですか?
「と、これは冗談です。異世界の簡単な情報をまとめた本は存在しますけど、実際は高さと厚さが何mもあって、全て読み切るのに何か月かかるのかって感じです。なんせ、星の数ほど大量の世界がありますから。」
わお。流石に全部読む気にはなれないな。
「神になるには、その本を全て暗記しなければならないんです。しかも定期的に更新されるため、こまめなチェックが不可欠で。」
私の顔が死んでいくのを見て、神様が慌ててフォローを入れる。
「最近はデータ化されて、条件にあわせて簡単に検索できるようになったんです。だから大丈夫ですよ。」
なんだ。びっくりした。でも神様が巨大な本を一生懸命読んでる姿はちょっと微笑ましい。って神様相手に不謹慎すぎるぞ、私。
「ここに希望を入れてください。条件に近い世界が何個かでます。一緒に探しましょう!」
どれくらい時間が経っただろうか。私の転生先がようやく決まった。
「リセル王国のストロイド領。いいと思いますよ。」
世界を決めるとき、私はあるわけないよな、と思いながらも、神様に聞いてみた。
「剣と魔法の世界とか、あったりするんですか?」
生前、異世界物の小説ばかり読み漁っていたもので、もしかしたら、と思ったんだけど。
「あ、すみません。ないですよね、そんな世界。あははは。」
乾いた笑いを浮かべると、神様は言ったんだ。
「ありますよ。条件にいれますか?」
「本当ですか!!!」
私のテンションは爆上げだった。
「はい。ただ、魔法がある世界は、科学の発達が遅れているところが多くて。それでもよければ、ですけど。」
「全然いいです!」
あの時の私の勇気には自分でも惚れるね。うんうん。一人で頷く。
「次は転生条件ですが、何かありますか?」
「条件?」
「はい。家族構成とか、容姿とか、そういうのです。」
「私は、優しい家族が欲しいです。いつまでも元気に、一緒に長生きしたいんです。」
お母さんと二人きりでお出掛けに行くのが、私の夢だった。施設では、おかあさんを独り占めなんて、そんな我儘なことはできなかったから。来世で絶対に叶える。そう決めていた。
「分かりました。他には、何かありますか?」
「えと…。いくら食べても太らない体質と、ケアしなくても綺麗な肌が欲しいです!」
孤児院ではあんまり食べれなかったケーキとか、そういう美味しいものをたくさん食べるのが夢だった。あと、綺麗な肌。化粧品は支給されなかったから、お母さんのものを借りてたんだけど、それでも満足にはケアできなくて大変だったのだ。
「分かりました。あの、それだけでいいんですか?」
「それだけ。とは?」
私はもう、充分すぎるほどこの人から色々なものをもらってる。これ以上何を望むことがあるんだろう。ていうかさ、よくよく考えると、私の来世へかけた思いが切なすぎる、自分でも泣けてきたよ。
「お金持ちの家に生まれたいとか。王国には、貴族階級があるんですよ。爵位の希望とか、王族に生まれたいとか!あとあと、美人にして!とかないんですか?」
「ないですよ~。しいて言うなら、お母さんとお父さんにそっくりな顔が欲しいです。」
小学生の頃、目はお母さんに似だけど、鼻はお父さん似なんだ。とか言ってる同級生が羨ましくて仕方なかった。
「貴方は、本当に変わりませんね。分かりました。その望み、叶えましょう。」
ふわっと立ち上がると、神様は私の手を握った、指を空中に滑らせると、光の粒と共に、アーチのようなものが現れた。薄いベールのせいで、向こう側は見えない。ふいに、いいようのない不安が押し寄せてきた。
「大丈夫ですよ。」
神様は、私の掌を両手で包んで、言った。
「私が今、おまじないをかけました。」
にこっと得意げに笑う神様を見ると、また涙が出てきて、それでおろおろする神様がおかしくて、私は笑いながら泣いた。私が泣き止むのを待って、神様は言う。
「行きましょう。」
薄いベールをはがすと、それは光の粒に変わって、空に散った。
「これは転移門と言って、天上界と別の世界をつないでいるんです。昔は全部手作業で設定していたんですが、最近は、ハイテク化が進んで。」
「機械からそのまま情報を送れるようになった?」
「そうです。」
ふわっと優しく笑うと、神様は私を転移門の前に立たせた。
「さようなら、夕希さん。幸せに、なってね。」
神様が、初めて私の名前を呼んでくれた。瞬間、幼いころの記憶が蘇った。光の粒が私の体を包み込む。
「笑ってくれて、良かった。」
何か呟いていたけど、聞こえなかった。神様は、指を鳴らす。
「待って!あなたは、」
「またね。夕ちゃん。」
あの人は、あの人は私の。そこで、意識が途絶えた。あの笑顔と声は、転生しても絶対に忘れない。そう思うと、少し嬉しかった。
門をくぐった彼女を見送って、振っていた手をおろす。あの泣き顔と笑顔が頭に染み込んで、離れなかった。僕がまだ、一介の天使だった頃。あの時も、彼女は泣いていた。僕が現れても、驚かず、怖がらず、崇めることもせず。
優しく接してくれた君は、僕の宝物だった。
「でも、私はもう。天使ではない。」
そう。僕は神。一人の少女に恋をして、特別扱いをするなんて、そんなこと、許されるわけがない。でも…。
「消えそうだった、壊れそうだった僕を救ってくれてありがとう。」
これくらいは、言わせてくれないか?
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