第36話 幸せ者

 翌日。

「お邪魔します」

 私は香宅を訪ねる。

 出迎えてくれたのは、黒いスーツを着た愛裏さんだ。

「お待ちしておりました。香様はリビングにおります。他のご友人様もいらっしゃいますよ」

「………ど、どうも」

 あれ?普通だ。昨日来た時はメイド服だったのに。

「………どうなさいました?お入りください?」

「………あの……今日は昨日と違うんですね……」

 聞くべきか迷ったが、疑問のままにしていてはゲームに集中できなくなる恐れがあるため、聞いてみた。

「んぐっ!?」

 愛裏さんは後ろをチラチラと見て、その後、私の耳元に手をやっ囁く。

「き、昨日は急でしたので………お恥ずかしい姿を見せましたが……。誰かが家に来てくださる時はこの格好で出迎えるようにしております………。あくまでも、あれは香様の前だけでですので………!どうかご内密に………!」

 愛裏さんの顔は真っ赤だ。よほど恥ずかしいのだろう。

「分かりました。任せてください」

「ありがとうございます。ではリビングまで……」

「あ、どうも」

 ふと思い出す。

 そういえば、今日も香の両親いないんだ……。

「あの………」

 私は立ち止まる。聞いて良いのか不安になったからだ。もしかしたら、と。

 しかし、香の友達として彼女の事は少しでも知っておきたい。そういう思いもあった。

「………どうかなさいましたか?………トイレなら………」

「あ、いや違くて!あの……聞いて良いのか分からないんですけど、香の両親って………」

「……………」

 愛裏さんが真顔でこちらをじーっと見つめる。

 やっぱり。

 そうなのかな。香の両親って、もうこの世には……。

「………そうですね。香様と婚約したあなたなら知っておいた方がいいかもしれません」

 ………ん?婚約した?

 もしかして、あなたもアレ本気にしてるの?

 嘘でしょ?ねぇ、嘘でしょ?

 そんな私の気持ちなど知る由もなく。

 愛裏さんは話し始める。

「香様達がお待ちですので手短に………実は、香様は家出なされているのです」

「家出!?何で!?」

「何でも自立したいがために一人暮らしをしたいと香様が仰ったようで……」

 一人暮らし!?

「え!?香って一人暮らししてるの!?」

「いえ、私と一緒に二人暮らしです」

「どゆこと!?」

「一人は心配だからせめて私と一緒にと香様のお父様が……」

 ダメじゃん!メイドがいたらできる自立も出来ないよ!

 いや、待てよ。そもそもに一人暮らしって大体アパートとかじゃない?

 じゃあ、この家は何?

「この家は………?」

「あぁ………香様の母方の実家です。ほぼ空き家の状態からリフォームしたとか」

「リフォーム!?」

 娘の一人暮らしのために家をリフォーム!?

 金の使い方ぶっ飛んでるよ!!

「何話してるんですか?」

「うわ!?か、香!?どうしたの!?」

「どうしたのって………菜千ちゃんが中々来ないから様子を見にきたんですよ?早く行きましょ?みんな待ってますよ!」

「あ、あぁ……うん」

 心配して損した。この子、幸せ者だわ。




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