第31話 降臨

 スカッ!


 スカッ!


 スカッ!


 ………これが何の音だかお分かりだろうか。

 ヒント。私達はテニスをしています。

 ………正解は。

「えいっ!あれ?おりゃ!あれれ?うりっ!あれれれ………?」

 香がサーブのボールを打ち損ねる音だ。

 挑戦すること計8回。そろそろ成功して欲しいが。

「か、香………?」

 私は彼女からサーブが来るのを待っているのだが、さっぱりと来る気配がない。

 これが香がテニスをしたくなかった理由か。とてつもなく運動神経が悪いらしい。それかテニスに特化して下手くそらしい。

「香ー!無理しn」


 スパンビュオンッ!


 ヒュオォッ!と何かが私と栄夢の間の空間を通り去る。ものすごいスピードだった。

「「……はっ?」」

 私と栄夢は目を合わせ、どちらかともなくゆっくりと後ろを向く。

 そこには、ネットに威力を吸収されて転がっているテニスボールがあった。

「やったー!できました!」

「すごい!るーちゃんうまいね!」

 清水と香がハイタッチしている。どうやら打てるまでにかかった時間は彼女たちには関係ないらしい。

「栄夢………ボール見えた?」

「全然………」

 ………しかし、例によってまた香の空振りが続く。さっきのはまぐれかと、ほっとしていたのも束の間。


 スパンビュオンッ!


「………」

 何これ。調子の悪いピッチングマシンみたいなんだけど。タイミングがわからない上に、めちゃくちゃボールのスピードが速い。

「ス、ストップ!」

「え?どうしたんですか?」

 こ、これ以上続けてもいつ終わるかわからない!果てしないよ!

「えーと………」

 ヤバい。ついプレーを止めちゃったけど何て言えばいいんだ?まずい。何も思い付かない。

「お!かわいいお姉ちゃんたちじゃねぇか!!俺らも混ぜてくんね?」

 ………誰の声?

 声の方向を向くと、テニスコートの入り口に何やらチャラチャラした男の集団が。

「ちょい失礼しまーす!」

「ひっ……!?」

 は、入ってきた。ど、どうしよう、震えが。

 思わず自分よりも背の低い栄夢の背中にしゃがんで隠れる。

「四人もいんじゃん!ラッキー!俺らさ、ちょっと暇しててさ。一緒に楽しいことしない?」

 ち、近づいてきた………!!

 あ、ヤバい。こ、腰抜けた。

「すいません……。私達まだここに来たばっかりで………もう少し楽しんでからでよろしいですか?」

 香ー!?「楽しんでから」じゃないよ!!断ってよ………!!

「はははっ!!楽しんでからだってよ!!」

「そんな事言わずにさ!ほら、そこのおちびちゃんでもいいからさ………今から遊ぼうよ?」

「遊んでる」

 栄夢!反発しちゃダメだって!

 ていうか、ちょっと!?あの人何でこっち来るの!?

 ヤ、ヤバい。何かくらくらしてきた。


 トントン。


「あぁ?」

 ん?何だ?どうしたんだ?

「ここから出ていってください」

「あ?うるせぇ!てめぇも後でたっぷり遊んでやるから待ってろ!うら!」

「そちらがその気であるのならば………香様目を瞑っていてください!!」

「え!?あ、はい!」


 ドガァッ!


 バタリと男が倒れた。一瞬何が起こったか分からなかったが、倒れた男がいた場所に立っていた人を見て何となく察しがついた。

 愛裏さんだ。香のメイド?の人だ。

「いってぇな!!何すんだお前!!」

「申し訳ございません。香さまに悪い虫がつかないようにするためです。ご了承下さい」

「おらっ!!」

 後ろから男が愛裏さんに殴りかかる。

 しかし、それを華麗に受け流して、バランスを崩した相手に肘打ち。

「ぐぁ!」

 その後も襲いかかる男たちをバシバシと倒していく。

「くそっ、強すぎんだろこの女………!」

 そう言いたくなるのも分かる。多勢に無勢の圧倒的アウェイの状況を覆したのだ。

「………あぁ!!こいつ!?」

 尻餅をついていた男が急に叫びだす。

「なんだよ!知り合いかよ!」

「ち、違くて。聞いたことあんだよ。昔、ここいら一帯を締め上げた最強の不良がいたって」

 ん?最強の不良?どゆこと?

「両目の色が違くて黒髪で。間違いない。あの『悪津怒愛』だ!!」

 え!ダセェ!!名前ダセェ!!

 愛裏さんがそんなダサい二つ名持つ不良なわけ……。

「………なっ!?」

 めっちゃ動揺してる!?

 え!?本当なの?『悪津怒愛』なの!?

「……次その名を口にしたら捻り潰します。それが嫌であれば早くここから出ていきなさい」

 ………すごい殺気だ。目が、目が笑ってない。

「「「「は、はいぃぃ!!」」」」

 まるでどっかの山賊の子分達のように尻尾を巻いて逃げていく男たち。

「香様、お怪我はありませんか?」

 手をパンパンと叩いて愛裏さんが様子を訊ねる。

「私は大丈夫でしたが………あの方達は大丈夫でしょうか……。何やら……鈍い音がしていたような……」

「安心して下さい。平和的解決でお引き取り願いました」

 ……どこが!?完全に暴力に訴えてたよね!?

 そうツッコみたかったが、彼女がいなければどうなっていたかも分からないためここは敢えて言葉にはしないことにした。

「あ、ありがとうございます……助かりました……」

 私がお礼を言うと愛裏さんはこちらを向いて「いえいえ」と首を振った。

「では、私はこれで」

「ま、待ってください!」

 立ち去ろうとする愛裏さんを香が引き留める。

「香様、何か?」

「………いえ、せっかく来て頂いたのですし、愛裏さんさえ良ければご一緒しませんか?」

「………いえ、ご遠慮します。ご学友様との楽しき時間に割って入るのはお邪魔ですので」

「え~!私、全然邪魔じゃないですよ!せっかくなんだし一緒に遊びましょうよ!」

 清水がノリよく香の意見に賛成する。

「ですが……」

「みんなもいいでしょ?」

「どっちでもいい」

 栄夢が食い気味に答える。

 ………ということは、多数決でいけば過半数を越えているので、このまま行くと私の意見は……。

「決まりですね!」

 やっぱりね!!いっつもだ!私の意見はみんな無視なのね!?

 うぅ………悲しい。でも、そんな事に馴れてしまった自分が一番悲しい………。

 まぁ、別に私も反対な訳じゃないから別にいいか。

「………そこまで言われて断るのは逆に失礼ですね。……わかりました。ご一緒させていただきます」

「やった~!」

 清水がまるでプレゼントを買ってもらう子供のようにピョンピョンと跳ねる。………その都度揺れる爆乳に殺意が湧いたのは私だけだろうか。

「でも、このままテニスを続けるのもあれだね。………今度はなっちゃんの得意なバスケをやろうよ!」

「………え?あぁ……良いけど」

 ………得意っていうか、部活に入っていただけなんだけどな。

 得意ってほどでも……あるのか?いや、おこがましいか。

「じゃあ、移動しましょう!」

 ──────しばらく後、バスケコートにて

 グーとパーで分かれた五人。

 グーチーム──栄夢、菜千

 パーチーム──香、清水、愛裏

 結果。

 グーチーム、七点。

 パーチーム、五十三点。

「はぁ………はぁ……」

 つ、強すぎ………。

「すごー!!愛裏さんめっちゃバスケ上手!」

「………そうですか?あまり経験がないのですが」

「……はぁはぁ………そ、そうなんですか……」

 ほぼ未経験なの!?嘘でしょ!?

 私が目立つはずのバスケで、よりによってこんな刺客が現れるなんて……!!

 私も清水みたいにちょっとカッコいいところ見せたかったのに!!

 正直言うと、みんなの事を圧倒できるくらいにはうまいと思ってたのに!

 そんな事を考えていると、肩で息をしながら膝に手をやる私に栄夢が私の肩に手をポンと乗せる。

「………ドンマイ」

 やめて!恥ずかしいから!

 ………結局その後も私に見せ場など来るはずもなく。

 まぁ、今回はレディースデイ(毎月最初の土曜日は女性半額)と言うのもあって、男性がいる場所を出きるだけ避けれたのは良かった。

 そんなこんなで帰宅する時間となった。

「じゃあ、私ちょっと着替えて来るね!」

 え?清水、今なんと?

「私も行く」

 栄夢まで!?

「待ってください!私も行きます!」

 香もなの!?

「あれ?菜千ちゃんは着替えないんですか?」

「え…と、みんな着替え持ってきてる感じなの?」

 まさかみんながそんな女子力高いことするなんて…?まさかね…!

「私はインナーの替えは持ってきたよ」

「同じく」

「私は替えの服も持ってきましたけど、菜千ちゃんは…?」

「何も………」

 まじか………私だけが持ってきてないのか………!

 いや、こういうの初めてだから、荷物になる物とかあんまりないほうがいいかなとか思ってたんだけど。

 やっぱり着替えは持ってくるべきだったか………!!汗が服に染み込んで気持ち悪い。

「そ、そうなんですか。じゃあ、私達着替えてきますね」

 そう言うと香達三人は無料の更衣室へと消えていった。

「では、私は一足先に帰らせて頂きます。今日はありがとうございました」

「え?」

 私のとなりにいた愛裏さんはそう言ってどこかへ行ってしまう。

 待って!!私を置いていかないで!! こんな汗臭い私を一人にしないで!!

 そんな私の願い虚しく、人が溢れる更衣室前で一人、みんなを待つという地獄を味わうはめになった。

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