第30話 し、清水

 ………昨日は散々な目に遭った。

 まさかファーストキスだけじゃなく、ディープなやつまで女子に奪われるとは。

 いや、私だってさすがに恋愛対象は男なんだよ!?苦手なだけでそこは変わらないんだよ!?

「はぁ………」

「菜千ちゃん危ない!」

「え?」


 ドベシッッ!!


「ぐぇ!!」

 ………急に顔面にボールが飛んできた。………そういえば今はバレーボールの最中であった。

「菜千ちゃん!?」

 勢いのまま倒れた私にすぐ香が駆けつけてくれた。

「なっちゃん!ごめん、大丈夫!?」

「あぁ、大丈夫大丈夫!私がぼーっとしてただけだから!…いてて………」

「クリーンヒット………」

 栄夢が笑いを堪えながら呟いた。本人は聞こえないと思ってるのだろうが、バッチリ聞こえました。

「聞こえてるからね!?」

 ………正直、頭がボーッとする。今、清水のスパイクを顔面でトスしたからではない。 昨日、しっかりと眠れなかったのだ。つまり寝不足だ。

 昨日、清水の家から帰った後。いつものようにご飯を食べて、お風呂に入って、歯磨きをして。

 いざベッドに寝転んだとき、フラッシュバックのように、清水に押し倒された瞬間が頭を駆け巡ったのだ。

 私だって年頃の女子だ。そんな瞬間を思い出せば嫌でもドキッとする。

 目を瞑って忘れようとすると、逆に清水の火照った顔がだんだんと近づいてきてキスを終えるまでが頭の中でループ再生される。

 バッ目を開くと一瞬、一瞬だけ隣で清水が微笑んでいるのが、錯覚で見えるのだ。

 普通ならビクッ!とするはずが、何故かドキッ!としてしまうという始末。

 そんな感じの事が午前3時まで続き。

 今は絶賛寝不足中なのだ。

「………って、もしかして今ので勝負決まっちゃった?」

 確か、バレーボールは25点先取で1セットを取れるんだった。

 今のであちらのチーム(栄夢と清水)は25点目。対してこちらは驚異の7点。デュースも何もないので、試合終了。

「清水ちゃん強すぎます……手加減してください………」

 香がペタンと座り込んで文句を言う。

 香がそう言いたくなるのも分かる。

 最初やる時に「手加減するから」とか言ってたくせに、まさか本気のスパイクを打ち込んでくるとは。

 栄夢なんてトス上げていただけだったよ?

「ごめんごめん!つい熱が入っちゃって」

 確かに清水のプレー中の顔、バカみたいに真顔だった。まるで試合中の選手みたいに。遊びに興じる笑顔の欠片もなかった。

「………とりあえず出よっか」

 私達はコートを出てとりあえず近くにあったベンチで休憩をとる。

「それにしても、少し汗をかいちゃいました…。まだここに来て間もないのに」

「本当にね。さっき食べたご飯が出てきそう……!清水もあんな動いて大丈………はっ!」

 ベンチには私、香、清水、栄夢の順に座っているのだが、その位置上の関係で見えてしまった。

 香の奥で、香の首筋を伝う汗を目を見開いてじっ…と観察している清水の顔を。

 顔…。

 唇…。

 キス…。

 ────それじゃあ、遠慮なく……!────

「ちょ、ちょっと!清水!?」

 あっ。

「ど、どうしたの…?なっちゃん……?」

「菜千ちゃん………?」

 急に清水の名を叫ぶ私にみんな目を丸くしている。

「あ……えと……ちょっと欲しい水!」

 くっ……まさか苦し紛れの言い換えをしなければならない日が来るなんて。

 このメンバーなら、どちらかといえば私は言われる側の人間であると思っていたのに……!

「あ……あぁ!飲み物ですか!では…はい!これ飲んでください!」

 香が笑顔で飲んでいたスポーツドリンクを手渡してくれる。

 この様子だと、私の言葉の真意には気づいていないみたいだ。

 ……なんて純な子……!!その純粋さが今の私には救いだよ………!!

 だけど、ここまでしっかりと引っ掛かってくれるのも少し心配だな。清水と栄夢でさえも「うん?」て顔してるのに。

 香は、将来悪い人間に騙されそうだな………。これは私が面倒を見てやらねば!!

 臭いフェチの巨乳美少女なんて変態男共の恰好の的だ。そんな男は私がしっしっ!だ!

 最も男嫌いの私に出来るかどうかだが。

「……あ、ありがとう!」

 自分のを飲まずに他人のを飲むって………最低すぎるな。

 でも、背に腹は変えられない!ごめん香!

「ごくっ………!ありがとう。生き返った!」

 私はもらったスポーツドリンクを一口だけ飲んで、香に返す。

「いいんですよ。……でも、これって……か、間接キス………ですね……」

 ………忘れてた。この子、様子おかしいんだった。

「つ、次はどこ行こーかー!」

 これ以上香と面倒くさいことになる前に、話を中断する。

「う~ん………あっ!じゃあさ、皆のやってた部活を回ってみようよ!バスケとか、ソフテニとか!」

 なるほど。それはいい考えかもしれない。

「それじゃ、次はテニスやろうよ!私やってみたい!」

「テ、テニスですか……」

 おや?香は中々乗り気ではないらしい。自分のカッコいい姿を見せれるチャンスだというのに。

「あ………もしかしてやだ?」

 嫌なら別に強制することもないが。

「いえ!行きましょう!テニス!……テニス」

「お、おう……」

 何やら香には引っかかるものがあるらしいが、とにかく私達はテニスコートへと向かった。

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