第27話 お姫様のキス

 ………何だろう。

 何だか誰かに包まれている気分。

 そういえば唇に何かやわらかいものがくっついてるな……。なんだこれ。

 ん?唇?やわらかい?

「んん!?」

 な、何!?目の前に顔!?っていうか………!!

「んんん!?」

 唇が塞がれている!?何で!?

 わ、私のファーストキスが……!?

「………プハァ!菜千ちゃん!!」

「か、香………」

 ………思考停止。

 何故に香が私にキスをしているのだ?

「菜千ちゃん!!良かった………目が覚めたんですね……!!」

 ぎゅっと私を抱き締める香。うん、喜んでくれるのは嬉しいんだけど……とりあえず状況を説明してもらおうか。

「………何があったの」

 私が微かに覚えているのは幽霊が飛び出してきたところまで。そこから何をどうして香とファーストキスをすることになった?

「香様、相手様が困っております」

 すると、左の上の方から声が聞こえてきた。

 誰だろうか?

 私は声の主が誰かを確認する。聞き慣れない声だが………?


 ・ ・ ・(確認中)


 ……いや誰?

 見たことないんですけど。大人の人みたいだけど、先生にこんな人いたっけ……?

 黒いスーツを着た大人の女性。

 まず最初に目が行ったのは左右で色の違う瞳。

 右は真っ黒で、逆に左は白に近い灰色だ。

 黒髪のショートで、前髪の一部分だけがメッシュをいれたように金髪になっている。

 顔も、瞳や前髪の個性に負けないくらいに美人だ。

 高すぎず、低すぎない鼻。睫毛が長く、二重幅が少し広い大きな目。プルンとした唇。

 かわいい系の顔なのに、どことなく大人っぽいのが、また不思議な魅力である。

 感想を終えたところで、もう一度。

 …………え、誰?

「あの………どなたでしょうか」

「………私は香様専属のメイドでございます」

 ………ふーん。メイド。

 メイドォッ!?

「ちなみに先生のお友だちだよ!」

 いつの間にか元気になった小笠原先生がピョコンと割って入ってくる。

 あ、ダメだ。色々な情報が多過ぎて頭パンクしてる。

 真の思考停止に陥った私は虚構を見つめ、口をポカンと開く。

 その私の顔を見て、何かを感じ取ったのか香は抱きつくのをやめて、握った右手を左手の上にポンと乗せる。

「この方は愛裏あいりさんと言って、小さい頃から私の身の回りのお世話をしてくれてる方なんです!すごく優しい方ですから安心してください!」

 香が右手を例の女性に向けながら、紹介をしてくれる。

 起き上がりながら私は香をじー…と見つめる。

 あれ?香ってもしかしてお嬢様なの?

「………?」

 見つめ続ける私に香はニコッと笑って首を傾げる。

 ほら、もうひとつ説明するべきことがあるでしょ……?

 私は意図を伝えるべく自分の唇を指さす。

「………ん?」

 意図を理解できていない香は自分の唇をハンカチで擦る。

 どうやら「唇に何かついてるよ」のジェスチャーだと勘違いしたらしい。

 まぁ、これは回りくどいことをした私が悪いから仕方がない。

 正直言うと、さっきキスされてたのは夢なんじゃないかと思うところもありあまり自分の口で言いたくないのだが……こうなれば口を開くしかないか……。

「……キ、キスされてたのは何でなの?」

「あっ………そ、それは………!」

 頬を赤らめる香。

 もしかして……そういうこと?

 香、そういうことなの!?

「こういうことがありまして……」

 香はキスに至った経緯を説明し始めた。

 ──────────────

「ぎゃあああああああああああああっっっっ!!!!????」


 バタンッ


 私が芸術鑑賞(羽舞音と栄夢)をしていると何処からともなく、何やら叫び声と倒れる音が。

 音のした方向を見ると、そこには。

「菜千ちゃん!?」

 菜千ちゃんが倒れているではありませんか!

「なっちゃん!?」

「……なに?」

「ほぇ?」

「何事!?」

 どうやら、皆さんもその音に気づいていたようで私は一緒に菜千ちゃんの元へ駆け寄りました。

「ちょっと!?何があったの!?」

 清水ちゃんは駆け寄るなり、肩を叩いて菜千ちゃんを起こそうとしました。

 でも、何故か菜千ちゃんは起きてくれません。

 そういえば何やらお顔が青ざめているような……?

 ………そこで、私はあることに気づきました。

 閉まっていたはずの窓が開いている、ということに。

 ………これは事件の臭いがします……!

 ここは菜千ちゃんのためにも!名探偵カオルが腕を見せなくては!!

「皆さんは菜千ちゃんの事をお願いします。私は菜千ちゃんが倒れた原因を探ってみますから」

「え?あぁ………うん。わかった」

 清水さんが返事をしてくれたのを聞いて、早速犯人探しを始めることにしました。

 ふっふっふっ……!犯人さん。相手を間違えましたね。

 私は人よりも鼻が利くんですよ。あなたの事なんて、すぐに突き止めてみせます!

 私の大好きな菜千ちゃんを、私と同じ空間で襲うなんて………!!………許せません!!

 それに気づけなかった私も私………!なんたる不覚でしょうか…!!

 菜千ちゃんのため、一刻も早く犯人を探り当てねば!

 クンクンクンクン……クンクンクンクンクンクン………。

 これは……リンゴの匂い?

 それと…………はっ!?この臭いは!!まさか………いえ、そんなはずは…………でも……!

 と、とにかく!どうやら臭いは窓の方からしてくるようです。

 全ては犯人を突き止めれば分かることです!

 それに……犯人さんは焦りましたね…!

 恐らく、私達にバレないように菜千ちゃんを襲った後、急いで窓から逃げたのでしょう。

 ここは三階。犯人もやらかしてしまいましたね。今頃は落ちた先で踞っていることでしょう!

 菜千ちゃんを襲った天罰です!まったく!

 でも、もし本当に犯人さんが三階から飛び降りたのならば、それはそれで早く助けなくては………!

 私は急いで開いていた窓を覗き込みました。

「うわぁっ!?」

 ………驚きました。

 まさかの愛裏さんが三階であるはずの窓の外で片ひざを立てて座っているではありませんか!!

 ………おや?よく見るとここ、段差になってベランダがありますね。何故か柵がありませんが。

「………愛裏さん。何でそんなところに?」

 まさか、犯人が愛裏さんだったなんて……信じたくありません!

 あ、でも飛び降りた訳では無くて良かったです。

「お見守りでございます、香様」

 そう言う愛裏さんの右手には一噛りされたリンゴが。

 なるほど。りんごの匂いがしたのはそういうことだったんですね。

 ………はっ!!

 ここで不肖ながら香、事の真相に辿り着いてしまいました。

 噛られた痕があるりんご。目覚めない菜千ちゃん。

 これは………まさか………!!

 白雪姫殺人事件!!

 まさか愛裏さんが毒りんごを……!?

 考えたくもありませんがそうとしか言いようがありません!!

 となると。

 えぇーっと……確かお母様が読み聞かせて下さった時は……王子さまのキスで目覚めていましたね。

 キ、キス!?

 誰かが菜千ちゃんにキスをしなければ、菜千ちゃんは目覚めないということですか!?

 くうぅぅ………誰かがやらねば……!いえ、誰かではなくただ一人真相に辿り着いた私がするべき!………でも恥ずかしい…。

 いえ!大好きな菜千ちゃんのためです!恥ずかしいなんて言ってられません!

 キスぐらい平然とやってのけます!

 私は意を決して皆さんの待つ菜千ちゃんの元へ戻りました。

「あ、るーちゃん。どうだった?」

「私が菜千ちゃんを救います!」

「「「「え?」」」」

「ん……!!」

「「「「え?」」」」


 パシャッ!


「香様初めてのちゅー」

「え、誰?」

「謎の黒服…!」

「愛裏ちゃん!?何でここに!?」

「あら?秀子ちゃんの知り合い?」

 ──────────────

「と、いう訳なんです…」

「うん。ごめん。どういうこと?」

 なんじゃ白雪姫殺人事件て。なんじゃ!!

「え?今言った通りですが……」

 違うんだよ!主観が強すぎて話が見えないんだよ!

 ………あぁ…ファーストキスをまさか女の子とすることになるなんて………!

 ……でも、不思議と悪い気しないのは何でだろう。

「香様の初めてのちゅーにご協力頂きありがとうございました。お礼と言っては難ですがこのリンゴをお受け取りください。」

「え、いや、でも………」

 何故にりんご?しかも、私協力した覚えは無いし!不可抗力だし!

「遠慮することはございません。ここへ来る途中にご老人を助けたところお譲り戴いたものですので。私も食べてみましたが、美味しいのでぜひ」

「わ、わかりました……」

 いや、一応受け取っておくけどさ。

 そもそもに、何で誰も止めなかったんですか?目の前で急にキスし始めるなんてどう考えても奇行でしょ!カップルって訳でもないし!

「………みんなは香と私のキスをただただ見ていたの……?」

 無意識の内に声色が低くなる。いや、別に香とキスするのが嫌だった訳じゃないんだけど。知らぬ間に唇を奪われてたのが悲しいんだよ。私のファーストキス、味わう間もなく終わりを迎えたよ。

「いや何か、るーちゃんが必死にするものだから止めにくかったっていうか……」

 ………まぁ、確かに友達が目の前で急にキスし始めたら、驚きすぎて体が動かないっていうのはあるでしょう。

 清水は仕方がないっちゃ仕方がないか。

「ごちそうさまでした」

 栄夢!?何を!?

「良いもの見させてもらったわ」

 ハム先輩………?顔を赤くしてどこを向いてるんですか?

「先生は教師として止めるべきだったのかしら。でも、女として見届けたい自分がいたの。……おめでとう。これが青春なのね……!!」

「いや、止めろよ」

 はっ!?つい口が滑ってしまった。

 でも先生は謎の感動に包まれていて聞こえなかったようだ。

 危ない危ない。さっきの病みモードになられたらめんどくさすぎる。

「……………」

「……どうしたの香……」

 何だか視線を感じると思ったら香がほうけた顔で私を見つめてきていた。

「………え!?い、いや別にどうもしませんよ!?ぎ、逆に菜千ちゃんこそどどどどうしたんですか!?」

「……いや、別に…?」

 あれ?これって私が悪いのかな?

 まぁ、いいや。

 ………この時。私は香以外にも私を見つめてくる人がいるということに、気づいてはいなかったのだった。



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