第26話 インザカオス

「それで、羽舞音先輩。こういう結果に収まったのですがどうですか?」

 早速放課後、旧図書室にてハム先輩の確認を受ける。

「あら、本当に効果あったのね。正直言うと結構デタラメだったから驚きだわ。やっぱり気持ちの持ちようで人は変われるのね」

「はっ?」

 嘘でしょ。昨日のあれって全部デタラメだったの?

 確かにあの程度で治ったらトラウマはトラウマじゃない気もするけど………。

 にしてもあの状況でよくそんな事できたな!メンタル鬼強すぎる!

 私以外の三人もポカーンと口を開いている。仕方がない。恐らくだがみんな私と同じ気持ちなのだろう。

 遊ばれてたってこと?何か腹立ってきたな………!!

 ん?じゃあ栄夢は何でちょっとだけ克服できたんだ?プラシーボ効果ってやつ?まぁ、そんな事今はどうでもいっか。

「そ、そんな………」

 さすがの栄夢もショックだったのか、ブルブルと身震いしている。

「そんなドSなことするなんて……グフフ………!」

 あっ。全然ショック受けてなかった。むしろ喜んでた。何なら私の方がショック受けてるわこれ。

「人の手のひらで踊らされて喜ぶなんてとんだ変態ね」

「うぐぅっ!!も、もっと言ってぇ!」

 栄夢は自分を抱き締めて膝から崩れ落ち、まるで犬のように舌を出す。

「ふふふ……!そんな下品な格好見るくらいなら、誰かのゲロを拭いたボロ雑巾を眺める方がよっぽどマシだわ!」

 いや、言葉責めのクセがすごい。さすがにこんなマニアックじゃ………。

「ひぎぃ!?あ……あぁ………いい……!」

 いや効くんかーい。どこに快感を覚えたんだ、今。

「えーちゃん、うれしそう…!」

 清水よ!感動するな!ワケわからなくなるから!

「これが……真の芸術なのですね…」

 どこが!?これの何を見て芸術の真髄を見いだした、己は!!

 誰か……!誰かこのカオスな状況を止めてくれ!!


 ガラガラガラ


 そんな私の祈りが届いたのか、誰かが旧図書室に入ってきた。

 ………小笠原先生だ。

 うーん。分かってた。分かってたけど、この人か………。いい先生なんだけどちょっとポンコツなんだよね………。来てほしい人としては微妙だな……。

 じゃあ誰に来てほしかったんだって話になるんだけど。

 思い当たる人がいないのもまた事実。そう考えると割りといい人が来てくれたのかな?

 まぁ、今はカオスを抜ければそれでいい。

「みんな!!今日も来てくれたのね!!」

 先生のこのテンション、嫌な予感しかしない。

「羽舞音ちゃん!良かったね!」

「うるさいわね!ポンコツメガネ!おすわりよ!Sit!!!!」

「ぐはぁっ!」

「せんせーっ!?」

 あのハム!!栄夢へ向けるべき言葉(え?)を事もあろうか先生に!!

「薄々気づいてた………私が役立たずのポンコツティーチャーだって………」

 まずい。先生が謎の病みモードに突入してしまった。

 待って先生!部屋の隅っこに行かないで!体育座りしないで!顔を埋めないで!

 どうしよう……!!期待はしてなかったけど頼みの綱が切れてしまった。


 コンコン


 もうダメだ。あのハムに逆らえる奴なんて………。


 コンコン


 ん?何か音が……。

 何かを叩く音がしたので、カオスを放っておいて一応旧図書室のドアを開けに行く。

 先生だろうか?


 ガラガラ


 ……何という事だろう。誰もいないではないか。


 コンコン


 ドアを開いても小さく聞こえるコンコンという音。

 皆はカオスに入り浸っており気づいていないが確かに聞こえる。

 壁?

 いや、室内には壁を叩いている人間はいない。

 え?幽霊?

 途端に背筋が凍る。ここは旧校舎の図書室。

 幽霊が出そうといえば出そうな場所だ。

 私そういうの苦手なんだってば………!


 コンコンコンコン


 ひぃっ!ふ、増えた!?

 さてはこのカオスな状況が幽霊の怒りを買ってしまったのでは!?

 幽霊の存在を少しでも遠ざけたくて、私は急いで日のある窓側に走った。

 幽霊は明るいところには来ない。そんな考えを信じる私は背中と窓をベッタリと張り付ける。


 コンコンコンコン


 ………え?

 そこで私はあることに気づく。

 音が窓側から聞こえてきているということに。

 な、なんてこった……!?

 幽霊を遠ざけたいがために窓へ走ったというのに、まさか自分から近づきに行くとは。

 ここは旧校舎の三階。室内に窓をノックするひとがいないとなると音は外から聞こえていることになる。

 体がブルッと震えた。鳥肌もたっている。


 コンコンコンコンコンコン!


 音が強くなる。回数も増えた!そして今のノックは背中の後ろ、つまり自分が張り付いている窓から聞こえてきたのだ。

 窓を通じて背中に振動が直に伝わってきた。

 これ、開けたら落とされるやつだ。

 くそっ!何でこんなことに………!


 コンコンコンコンコンコンコンコン!!


 ぎゃあああああああああああああっ!?

 怒ってる?怒ってるの!?

 幽霊が窓を開けろって怒ってるの!?

「………くっ……やるしかない……!」

 ゆ、幽霊なんているわけないし!何かの聞き間違いだし!と、鳥が連続で窓にぶつかってきた可能性も捨てちゃいけない!

 私は意を決して窓の方をくるりと向く。

 もちろん目は瞑っている。別に怖いからではないが。

 手探り窓の鍵を見つけて手にかける。

「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏………」

 ええいっ!!

 私は鍵を開けて、勢いよく窓を開けた。

「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏………………!!………あれ?」

 おかしい。落ちていない。地に足がついている感覚がある。

 私は恐る恐る目を開ける。

 ………目の前には誰もいなかった。

「な、なーんだ!やっぱり鳥……」

 その瞬間。にゅっと下から何かが飛び出してきた。

 黒い服を着た、女だ。

「ぎゃあああああああああああああっっっっ!!!!????」

私は思わず後ろに何歩も後ずさる。

 ………あれ?何だろう目の前が……暗く………?


 バタン



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