第25話 賢者栄夢

「ハム先……羽舞音先輩。戻ってきましたけど………本当に意味あったんですか?」

 こちらの気苦労など知りもせずに、優雅に椅子に座っているハムに訊ねる。

 あれくらいで長年のトラウマが解決出来るものなのだろうか。しかもリタイアしちゃったし。

「さぁね。ま、すべては心の持ちようよ。今やった事で少しでも変化があれば上出来よ」

 まじか。そんな軽い気持ちで栄夢にあんな拷問を。

「ち、ちなみに栄夢は何か変わりある?」

 まぁ、これで栄夢に何かプラスになる変化があれば良いのだが。

「何もない」

「いや、そんな真顔で答えないでよ……」

 感情どこ行ったっていうくらいのスンとした顔だ。

 もしや………これが世に聞く賢者タイムというものか!?

 さっきのやつでエクスタシーを感じすぎたが故に悟りを開いたの!?

「で、でも!結果は明日分かるんじゃないですか?ほら、お家で何か心に変化があったりなかったり……するんじゃ……ナイデスカ」

 香!!自信をもって!!負けないで!!

 でも、確かに香の言うとおりだ。今は悟りを開いてる(?)状態だし、家に帰って落ち着いたら何か心変わりがあるかもしれない。

「えーちゃん、大丈夫………?」

 いかにも様子がおかしい栄夢に清水が心配そうに声をかける。

 無理もないだろう。友達がトラウマの象徴をさらけ出して戻ってきたと思ったら、虚空を見つめているのだ。

「大丈夫。何も変わってない」

 ロボットのようにプログラムされた言葉を喋っているようだ。

 こう言われたらこう返すみたいな?

 もしかして、悟りを開いたんじゃなくて、魂が抜けたとか?

 ありえるぞ……?どこかに落としてきたのでは?

「どうしたの。顔に何かついてる?」

「いや、別に………」

 結局その日、栄夢が元に戻ることはなかった。

 ───次の日。

「え、栄夢…!?」

 清水と共に登校してきた栄夢に明らかな変化が。

 片目は出して、もう片方の目は前髪で隠すスタイルに髪型をチェンジしていた。

「ほら、やっぱりこっちの方が皆驚いてくれるでしょ?」

 やっぱり?

 清水が意味ありげな言葉を口にした。

「やっぱりって?」

 何がやっぱりなのか。元々は違かったのだろうか。

「ん?あー……えーちゃんね、朝迎えに行った時は両目とも隠してたんだよ。何か前よりも目が透けて見えるかな~ぐらいに」

 ほう……どうやら栄夢は昨日のあれで少しは心の持ちようが変わっていたみたいだ。

 ……嘘でしょ!?あれで!?どうみても失敗だったのに!?

「でもでも、やっぱりイメチェンならこっちの方が分かりやすいんじゃないかな~て思って。えーちゃん曰く少なくとも目は隠したいらしいから片目だけ、みたいなね」

「私は落ち着かないけど……しーちゃんがそうした方がいいっていうなら我慢する」

 栄夢はそわそわと前髪をいじる。

 やはり、約十年ぶりに目をだすのはさすがに心が落ち着かないのだろう。

 正直言えば、私はこっちの方が目立つし青い目も引き立つ気がすると思うんですが。

 目を隠していたいという気持ちが逆に目を引き立たせているという、なんとも皮肉な状態である。

「と、とりあえずは解決なのかな?………解決か?これ」

「じゃあ、一応羽舞音さんにも判断してもらえばいいんじゃないですか?」

「そっか………そうだね。ハム……ね先輩が事の発端だし。あの人が満足するならそれでいい気がしてきた」

 放課後、旧図書室に行ってみよう。

「っていうか、やっぱりみんなざわつき始めてるね」

 ザワザワザワザワ………。

『………ねえ、あの子だれ?』

『転校生!?こんな時期に!?』

『待って、あの子どこかで見たような』

『栄夢………て言ったっけ?あの、前髪ボーボーの』

『イメチェン?』

 やはり、前髪で顔を隠しているという強烈な個性により、栄夢の存在は少なくとも「前髪の人」として知れ渡っていたみたいだ。

 その「前髪の人」が遂に片目だけだが目を出した。ちょっとしたニュースではあるだろう。

「ほら、えーちゃん!!今、クラスの中はえーちゃんの話題で持ちきりだよ!」

「いや、別に嬉しくない………」

 目立ちたい人にとっては噂話は嬉しい以外の何者でもないと思うが、栄夢のような普段大人しい人種には苦痛というか拷問の様なものなのだろう。

 その日一日、クラスの中では「代永栄夢は呪いの儀式の代償として前髪を失った」という世にも奇妙な噂話で持ちきりだった。

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