第23話 これは試練

「…そうだったんだ……」

 栄夢の前髪にはそんな理由があったのか。

「えーちゃん、そんな事とっくに忘れててただ単に髪型が気に入ってるだけなのかと思ってた……」

 まぁ確かに、ほぼ10年前の出来事を引きずってるとは清水も考えたくなかったのだろう。

 そんな事気にしなくていいと、清水が思っているからこそだろう。

「 ……でもたまに『えーちゃんはまだあの時の事を気にしてるんじゃないかな』って思うときもあった」

「し、しーちゃん……」

 本人と周りでは感じ方も、気にする度合いも大きく変わってくる。

 周りにとっては気にしなくていいと思ってることでも、本人にとっては大事な事だったりする。

 ただ本人も「そんな小さい事で悩んでいるの?」なんて思われたくないし、知られたくない。

 何より余計な心配をさせたくなかったのだろう。栄夢は前髪を伸ばし始めた明確な理由を清水には話していないみたいだし。

「だけど、もし違かったらツラい事を思い出させちゃうかもしれないし……聞けなかった…」

 ………栄夢も「あの時」の時点で清水に話していれば今の今まで気にすることなかったのかもしれないのに。

 こんなにかわいい顔をずっと隠してきたなんて私から見ればもったいないし、中学校でも印象が変わっていたに違いない。

「じゃあ、克服すればいいじゃない。トラウマだか何だか知らないけどそれで、全て解決よ」

 ………ハム先輩、話聞いてた?

 この流れでそういうこと言えちゃうあたり、あなた心臓に毛生えるどころか、釘バットみたいになってるでしょ。心臓に釘刺さってて逆に強い感じだ。

「…な……何をする気………!?」

 栄夢の顔が青ざめる。

 正しい反応だ。

 ハム先輩は容赦しない。つまり、克服すると言ったらめちゃくちゃきついメニューを課すはずだ。

「簡単よ」

 ハム先輩のその言葉に旧図書室にいる全員が首を傾げる。

 何が簡単なのか?

 ────五分後。

「無理っ!!無理だからっ!!絶対に無理っ!!お…押すな………!!」

「早く行きなさい。過去の自分と決別するのよ。私、聞いてて呆れたわ。それっぽちの事はこれだけで解決できるのよ」

「……分かったから……お…………押さない…で……!」

 ハム先輩の栄夢のトラウマ克服方法。


 その壱 前髪を上げた格好のまま、一人で学校を回る。


 以上!


 至極簡単。もちろんやれればの話だが。

 そう。

 栄夢はそれを今全力で拒んでいるのだ。

 新校舎へ繋がる連絡通路の入り口前で。

 ハム先輩に背中を押されながら。

 連絡通路の扉は開いており、そこにハム先輩が栄夢を押し込もうとしている。

 栄夢はと言うと必死に角に掴まり、体をTの字にしてハム先輩の猛攻を耐えている。

 心なしかハム先輩も栄夢も顔がにやけているように見えるが。

 いや、もう完全に笑顔だ。楽しんでるぞ、こいつら。

 需要と供給が一致しているな、これ。

「く……ぐふふふ………これくらいじゃあ……足りない…な………!!」

「あらそう。じゃあ………」

 この構え。まさか。

「ぎゃっ!?」

 栄夢は尻を勢いよく蹴られて、連絡通路に押し出された。

「行ってきなさい。帰ってこなかったら明日もやるのよ。前髪をおろすのもダメ。何か不正があればペナルティよ。いい?」

「ふ、ふぁい………」

 倒れ込んだまま栄夢は返事をした。一応意識はあるみたいだ。

「じゃあ、旧図書室でまた会いましょう」

 ハム先輩はガタンと扉を閉めた。

 ………栄夢は大丈夫だろうか。

 とりあえず、今は無事を祈ろう。

 私は旧図書室へ歩みを進める。

「………あなた何戻ろうとしてるの?」

「へ?」

 何?もしかして私にも何か課すんですか?

「私があなただけを連れてここに来た理由がわからないの?監視よ監視。早く行きなさい」

「え…監視って栄夢のですか?何で私が…」

 なぜ私が選ばれるんだ。何を基準にしやがった。

「何でって…清水ちゃん?って子は何だか深い関係がありそうだから何かと助けてあげちゃいそうじゃない?あともう一人のあなたの友達も優しそうだし。秀子ちゃんはあくまでも先生で、私はめんどくさい。つまり?」

「私しかいない……はぁっ!?」

 なんだそりゃ!私が優しくないってか!?いや、自信があるほど優しい人間とは分からないけど………あんた、めんどくさいって何なんだ!?

「じゃあ、よろしくね。くれぐれもバレないように。早く行かないと見失うわよ」

 くっそ~…!!あの生ハムめ…!!

 優雅に歩きおって!!朝の食卓に並べてやろうか!?

 ………まぁ、任されたからにはやらなければ。

 でないとあとが怖い。あの生ハムは私にもペナルティを課しかねない。

 まだ、そう遠くには行ってないはず!

 私は急いで栄夢を追った。

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