第22話 栄夢の謎

 ………しばらくして。

「意外とかわいいじゃない」

 ハム先輩は眉を上げて小さく驚いている。

「かわいいですよ!栄夢ちゃん!」

「久しぶりに見たけど……あんまり変わってないね………!」

「か、かわいい………絶対こっちの方がいいって!」

 私達の注目を一身に浴びるもの。それは前髪を一つ結びで上げて、いつもは見えないと目が見えている栄夢だ。

 なぜか必死に目をぎゅうっと瞑っているが、顔が赤くなっているのも相まって幼さに拍車をかけている。

「も、戻して……?」

 顔を見られるのが恥ずかしいのか、栄夢は震えた声を出す。

 もったいない。こんなにかわいいのに何を隠したいのか。

「ダメよ。こっちの方がよっぽど良いもの。ほら、鏡を見てみなさい」

 ハム先輩は手鏡をポケットから出し、拳をぎゅっと握りしめている栄夢の右手を手に取って手鏡を持たせる。

「……やだ」

 しかし、なぜか頑なに栄夢は鏡を見ようとしない。

 それどころか目すら開けないままだ。

 私達がそんな栄夢に手を焼いていると、誰かが旧図書室に入ってきた。

「………え!?」

 入ってきたのは小笠原先生だ。ひどく驚いている様子だ。

 まぁ、普段の栄夢を知っている人が今の栄夢を見たら、そりゃ驚きの声の一つや二つは出るだろう。それぐらいの変貌ぶりだ。

「その子…どうしたの?誰かの妹さん?………なんで制服なんか着せてるの?」

「え?」

 あれ、この反応。

 もしかして、栄夢って気づいてない…?

「秀子ちゃん。これは栄夢ちゃんよ。よく見なさい?」

「うっそ~!?羽舞音ちゃん、また私をからかってるんでしょ。先生にはもう通じないわよ!」

 自信満々に笑顔を見せる小笠原先生。まさか、その発言で恥をさらしているとは思ってもいないだろう。

 ………清水!!笑うのは堪えなさい!?

 しかし、そんな事には気づかずに小笠原先生は栄夢に歩み寄る。

「……………ん?」

 小笠原先生はしゃがみこんで栄夢の顔を覗き込む。

「ちょ、ちょっとごめんね」

 そう断って小笠原先生は栄夢の目元を手で隠した。

 ビクッとした栄夢など気にせずにその動作を繰り返している。

 ………サッ………サッ………サッ………サッ………!

「え。本当に栄夢ちゃんなの?」

 先生はスッと立ち上がってこちらを向く。

 真顔でこちらを向かないでほしい。シュール過ぎる。

「だからそう言ったじゃない」

 ハム先輩にそう言われて、小笠原先生は再度栄夢に顔を向ける。

 ………何だかそんなに驚いている様子がない。こんなこと言ってはアレかもしれないがもうちょっとリアクションがほしかった所だ。

「………栄夢ちゃん…!」

 ………どうしたのだろう?先生の様子がおかしい?


 ギュウウゥゥゥ!!


「むぐぅ!?」

「 ………はぁ!?」

「あら………」

「まぁ………!」

「え?」

 謎のあまりに声が出てしまった。

 急に先生が栄夢を抱き締めたのだ。

 ………栄夢も驚きのあまりに、必死に閉じていた目をパッチリと開いてしまっている。

「嬉しいわ!どれほど注意しても直さなかったのに!何があったかは分からないけど、良かった!友情の力かしら?……青春ね………!」

 先生の目にはキラリと光るものがあった。

 いや、何故に泣く!?

「わ、私……感動したよ……!!」

「清水!?あんたさっきまで笑ってたじゃん!?」

「ドラマみたいです……!!」

「いや、どこが!?香、あんた何に感化されたの!?」

「………パチパチパチパチ……」

「あんたは拍手すな!」

 まただ……!!また、私以外感情の起伏がおかしくなってる……!!

「せ、先生……!苦…しい……!」

「………あ!ごめんなさい!つい……!」

 小笠原先生はパッと抱擁(拘束)をやめる。

「お、おっぱいで窒息するところだった………」

 よほど苦しかったのだろう。呼吸がまだ荒い。

 恐るべし、先生の抱擁……!!

 ………と、ここで私はあることに気づいた。

「………栄夢、目の色青っぽいね」

 前に見たときは気づかなかったが、栄夢の両目は瑠璃のように深みのある色をしていた。

 とてもキレイで、目を離したくなくなる。

「はっ!」

 あ………余計な事を言ってしまったかもしれない。栄夢がまた目を瞑ってしまった。

「あぁ………そういうこと?」

 ハム先輩?

 何か分かったのだろうか。腕を組んで頷いている。

「何か分かったんですか?」

 私は思わずハム先輩に訊ねる。

 気になって仕方がない。今の一連の流れで何を知ったんだ!?

「この子、他人に自分の目を見せたくないから前髪をバカみたいに伸ばしてたのね。自分の目の色がみんなと違うから」

「え!?」

 真っ先に反応したのは清水だった。何か思い当たる節があるのだろうか。

「えーちゃん、まさかあの時の事……?」

 何やら事件があったのか。

「……………」

 栄夢は何も言わない。図星なのだろうか。

「あ……と、何かあったの……?」

 先生は不安の表情を浮かべる。

「実は………」

 清水は「あの時」の事を話し始めた。

 ──────────────

「えーちゃん!学校行こ!」

 小学校二年生。家が隣の私とえーちゃんはいつも一緒に学校に行っていた。

 えーちゃんの家の前でいつものように二分ばかり待つ。

「………しーちゃん!ごめんね、いっつも待たせて……」

 大急ぎで出てきたようだ。左の靴はちゃんと履けておらず、踵部分を踏んでしまっている。

「いいよ。早く行こ!」

 私は走り出す。

「ま、待って………靴……!!」

 えーちゃんは右足でをしながら靴を履いている。

 落ち着いて履けばいいのに。

「はーやーくー」

 急かしても仕方がないが、言わずにはいられない。

 早く学校に行かなければ男子にボールを取られてしまう。

 そうなってはまずい。

「……ごめんね!行こっ!」

 靴を履き終えたえーちゃんが、少し離れた私に走りよってくる。

 私達は走って学校へ向かった。

 ここまではいつもと一緒。何ら変わりない日常だった。

 問題が起きたのは昼休み。

 その頃、「見つめ合って笑った方が負け」みたいな謎のゲームが流行っており、ヤンチャな男子は急に女子の目を見つめてゲームを始めたりしていた

「……………」

 一人の男子がある女子の目を急に見つめる。

「………?……プフッ……!」

 女子の方は何故に見つめてくるのか分からず、思わず吹き出す。

「いぇーいっ!俺これで7ポイント~!」

 男子は謎に盛り上がる。

 確か、見つめて笑わなかった方に1ポイントが加算され、そのポイントの量で優劣を競い合うんだ。

 もちろん、何でもいいからただ1位を取りたい幼さ故の遊びである。

 私も何回もやられたが、返り討ちにしてやった。

 問題はしーちゃんだった。

「……………」

 例によってある男子がしーちゃんを見つめ始める。

「………?」

 困惑しているしーちゃん。ここでどちらかが笑ってしまっていれば事は大きくならなかったかもしれない。

「………ん?」

 男子はあることに気づいてしまった。

「あれ!?お前、みんなと目の色違う!?何で!?」

「え?」

 えーちゃんは驚いていた。自分の目の色の事なんて気にしたことなかったんだと思う。

 みんなと違うなんて知るはずもなかった。

 そこで留まれば良いものを、こういう年頃は何かとで追い詰める傾向がある。

 この男子もそんな中の一人だった。

「病気だー!!近づくと感染するぞ!!」

「………え?…え?」

 しーちゃんは困惑していた。急に病原菌扱いされたらさすがに無理もないだろう。

 隣で見ていた私はもちろん反論した。

「ねぇ!!そういうこと言っちゃダメなんだよ!」

 しかし、私の言葉は届かない。

 男子は騒ぎ立てながら他のターゲットを探しに行ってしまった。

「……………」

 えーちゃんは相当ショックだったのか、俯いて黙り込んでしまっていた。

「………えーちゃん?」

 私が声をかけるとえーちゃんは顔を上げてこちらを見てくれた。

「………しーちゃん。私って目の色違うの?目の病気なの?」

 私はえーちゃんに見つめられる。

 何度も見てきた目だけど、気にして見ると確かに目の色が違う。

 その時の私には目の色が違う理由なんて分からなかったから「大丈夫」くらいしか言えなかった。

 ………結局えーちゃんの病原菌扱いはそこから1週間続いた。えーちゃんのそれは男子間で広がっていき、大多数がえーちゃんを避けるようになった。

 暴力的ないじめではなかったけれど、悪く言われっぱなしのえーちゃんは深く傷ついただろう。

 1週間経って、誰かが先生にその事を言ったことで問題が発覚。

 言い出しっぺの男子とその周りの男子が大号泣しながらえーちゃんに謝ったことにより表面上の問題は収まった。

 しかし、えーちゃんには異変が起こっていた。

 私がそれに気づいたのは3週間後。

「えーちゃん、髪長くなったね。切らないの?」

 朝の登校時にふと気になった。いつもショートカットのえーちゃん

「私、髪伸ばすことにしたの」

「そっか!きっと似合うよ!」

 まだその時はあまり違和感がなかったからさほど気にしなかった。

 だけど、そこからえーちゃんは異様なほどに前髪を伸ばし始めた。

 えーちゃんは髪を伸ばしては注意され、その度に髪を切る事になる。

 小学校ではそんな事が繰り返された。

 中学校に入っても、前髪を伸ばし続けて注意される日々。だけど、えーちゃんは前髪を切らなくなった。

 幽霊と気味悪がられても、ネクラとバカにされても絶対に切らない。最早意地にも似た感じだ。

 でも、えーちゃんは陸上で県大会入賞とかして、一目置かれてたからいじめとかにはならなかった。

「えーちゃん………何読んでるの?」

「………『あなたもこれでマスター!拘束大全~ロープ一本で人は縛れます~』だよ?読む?」

 ………もしかしたら、危ないから近づかない方が良いって思われてたのかもしれない。もしかしたらだけどね。

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