第21話 躊躇ねぇ……!
「………別にここは文芸部の管轄じゃないわよ。流れで文芸部のものみたいになってるだけ。あなた達が使いたいなら勝手に使いなさい」
「やった!ありがとうございます!」
交渉していた清水は心底嬉しそうだ。
くるりとハム先輩に背中を向けて、こちらにガッツポーズをしている。
私も何だかんだでほっとしている。
ハム先輩が割りと融通聞く人で良かった。
姉の優しさにつけこんでこき使う人ような人だ。正直絶対無理だと思っていた。
「ただ、私も好きにさせてもらうから。そこに文句は言わないでね?」
「もちろんです!」
………何だろう。今のハム先輩の言葉、ものすごく裏があるような気がしてならない。気のせいだといいが。
しかし、私のその本能的な直感はすぐに正しかったと証明された。
「………あなた、名前なんて言うんだっけ?」
唐突にハム先輩が指をさす。その先にいたのは……香だ。
「え?私ですか?……百井香です」
しかし、なぜかハム先輩は顔をしかめて首を横に振る。
「違う。あなたじゃないわ。その後ろにいる子よ」
後ろにいる子……?
確かに、香の背中にピッタリとくっついて、隠れるようにハム先輩を見つめている人物がいる。
栄夢だ。
「………え?わ、私!?」
突如として指名をされた栄夢はひどく戸惑っている。
無理もない。栄夢は清水の交渉中からずっと香の後ろにおり、覗き込むようにして立っていたからだ。
目立たないように影を潜めていたのに、急にロックオン。
急にどうしたんだ、ハム先輩。もしかして、「実はロリっ子が大好き!」とか?
……なわけないか。
「……代永栄夢です…」
栄夢はそっぽを向いて、ボソボソと答える。
なぜかは分からないが、栄夢はハム先輩と関わりたくないようだ。
「栄夢ちゃん、ね。それで、私昨日から気になってたんけど、あなた前髪長すぎじゃない?正直、不気味よ?」
「うぉふぉ!?」
思わず変な声を出してしまった。
まさか、まさかそこに斬り込んでくるとは……!?
私も気になってたけど敢えてつっこんでなかったのに……!!個性だそうとしてるのかもって、つっこんでなかったのに……!!
「……ふ、ふぁ、ファッションです…!」
栄夢は恥ずかしいのか悔しいのかは分からないが、前髪を押さえてヒュンと香の背中にすっぽり隠れる。
「あー………?」
「えーと………?」
清水も香も困惑している。栄夢の前髪については誰も、清水でさえも触れていなかったのだろう。
それをまさか真正面から喉元を切りにかかるとは。
「……ちょっと待ちなさい」
そう言ってハム先輩は二つ結びにしていた髪をほどき、結いゴムを手に持つ。
「勇気を持ちなさい?時には大胆なイメチェンも必要よ……?」
ハム先輩は隠れている栄夢に向かって歩き出す。
………な、何を!?
「く、来るな………!!」
その異様な雰囲気を感じ取ったのか、はたまた足音で感ずいたのか。
ハム先輩が見えていないはずの栄夢は大声を上げる。
しかし、ハム先輩は止まらない。
栄夢との距離、約二メートル。大分ゆっくりだ。焦らしプレイのつもりですか?
「き、来たら噛む!噛むから!」
いや、子供か。
待てよ。この場合、ネズミの方がしっくり来るな。猫(羽舞音)に追い詰められたネズミ。
「大人しくしなさい」
ハム先輩の放ったその言葉には多少の楽しみを含んでいるように聞こえた。
あ、悪魔だ………!!こいつ、笑ってやがるよ………!!
「だ、誰か助け………!!」
悲しきかな。その言葉は私達には届かない。清水でさえも。壁となっている香でさえも。もちろん私も。
………ここは、一人の犠牲で事を済ますのが最善だ。
ごめん栄夢、生け贄はあんたよ………
「な!?み、みんな………!?」
ハム先輩と栄夢の距離、約90センチ。
…………60……20………!!
「ギャアアァァァァァ!!」
カァー……カァー……
放課後。誰も使わなくなった図書室で、小さな少女の叫び声が木霊した。
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