第18話 ハム………

「私は2年で文芸部部長の『由理羽舞音ゆりはむね』よ。よろしく」

「ど、どうも………」

 ………羽舞音………はむね………ハムネ………ハム……?

 なぜ私がそのような発想に至ったか。

 原因は羽舞音………ハム先輩のフォルムにある。

 大分蓄えてらっしゃるご様子だ。ぽっちゃりと呼ばれる領域を遥かに凌駕している。

 ハムと言えば…青い機関車と愉快な仲間たちがいる島の鉄道局長にも同じような人がいたな…確かトッ………?

 とにかくその人の体型そっくりだ。

 まん丸な印象を持ってしまうのも仕方がない気がする。めっちゃ遠くから見れば、球体に見えなくもないかもしれない。

 というか、部長さん1人だけなのだろうか。他に人が見当たらないが………?

「えっと…?他に部員は………?」

「帰ったわ」

 帰った!?

 部活放棄!?

 まさか、不良の集い…!?

 なんで「当たり前じゃない?」みたいな顔してんの?

「だ、大丈夫ですか…それ?」

 はっ!

 ………もしかすると、今まさに自分達が探していた幽霊部活なのかもしれない。

 でも、1つ謎がある。

 だとすると部長さん、ハム先輩はなぜ帰ってないの?

 部長だから?そんなことある?………あるのか?よく分からない。

 やっぱりハム先輩以外不良で、勝手に帰ってるだけじゃ………?

 先生も「部長さん1人だけでかわいそう」って………言ってたし………それってつまり、そういうことだよね……?

「あら?知ってて来たんじゃないの?」

 どどど、どっち!?どっちなの!?私は何を知ってればよかったの!?

「私達、担任の小笠原先生に勧められて来たんです。ですから文芸部の事をあまりよく存じ上げてなくて………」

 1人困惑する私の様子を察したのか、代わりに香が答えてくれた。

 ありがとう、香。やっぱあんた天使だよ。

「あぁ……秀子しゅうこちゃんか……別に大丈夫って言ったんだけどな……」

 部長は何か思い当たる節があるらしく、視線を逸らして呟いた。

 秀子とは小笠原先生の下の名前だが。

 あれ?先生ナメられてない?それとも高校ってどこもこんな感じなの?

 少なくとも、私の中学校ではそんな呼び方出来なかったが。

「じゃあ、文芸部の実態は知らないのね。説明するわ」

「お、お願いします……」

 私はゴクリと唾を飲み込む。

「ここ、文芸部なんだけど、ほぼないのと同じなのよね。名ばかりの文芸部。だから部活に入りたくない人とかが入部してるの」

 その言葉を聞いてこの桃井菜千、安心しました。

 でも1つ謎が残る。ハム先輩の事だ。

 ハム先輩も部活に入りたくない人だとしたら、部室に残っている理由が分からない。普通帰るんじゃない?

 あ、もしかして部活動勧誘期間だから残らないといけないとか?だとしたら納得できる。

「昔は俳句だか川柳だかの大会とかにも出るくらいに活発だったらしいんだけど、今じゃこの廃れ様よ。この図書室と一緒ね。中身がないの」

 ハム先輩は図書室を見渡す。夕陽に照らされたその顔はどことなく悲しい印象を感じさせる。

 あくまで印象だから、ハム先輩が本当はどう思ってるのかは分からないが。

 まぁ、確かにノスタルジックな場所ではある。

 旧図書室の中は最早図書室などの面影はなく、本どころか棚すらない。回りには使われない机などが積まれていて、物置部屋状態だ。

「……じゃあ後は好きに見学でもしなさい。この旧図書室とは別に文芸部部室も隣にあるからそこも自由に見ていっていいわ。そこの扉から行けるから」

「あ、ありがとうございます……」

 ハム先輩はそう言って窓際に置かれた机に向かっていく。

「変わってるけどいい人そうだね!」

 清水さん!?何で遠くにも行ってないのにそういうこと言えちゃうの!?KY!?わかった、KYだあんた!!

 あと、あなたの言える事ではない!!

 私は慌ててハム先輩の方を向く。どうやら電話をしていて清水の爆弾発言は耳に届いてないらしい。

「あ、アネエ?パッキー(お菓子の商品名)持ってきて。………そう、旧図書室。………え?……わかった、じゃあそのピリッツ(お菓子の商品名)でいいや。………はーい待ってるー」

 アネエって誰だろう。友達の名前?誰にしろパシりに使ってるの……!?

 と、その時だった。


 ガララッ!!


「お、お待たせ……!はぁはぁ……!」

 お待たせって、まさかパシられてた人!?嘘でしょ!?さっき電話切ってたよね!?待たせてないよ!?

 ……プロじゃん……パシりのプロ……早すぎるのレベル超えてるよ……!

 って、あれ?この人……?

「保健室の先生ですよね………?」

 私と同じ事を思ったのか香がみんなに聞いてきた。

 入ってきたのは養護教諭の先生だ。でも、名前アネエだっけ……?

 ていうかまさかとは思うけど、ハム先輩、先生をパシったの?

 そ、そんなわけ………!!

 しかし、その疑惑は遂に確信へと変わる。

 養護教諭が右手に持っていたもの。それが全てを物語っていた。

「パッ………パッキー………!」

 小さい箱形のパッケージには見慣れたデザイン。そう、パッキーだ。

「あ、アネエありがとう」

 ハム先輩が声をかけながら先生に近づく。

「あぁ……はーちゃ、ん……」

 下を向き、膝に手をついて呼吸を整えていた「アネエ」先生が顔を上げた。

 そして私達を見るなり、戸惑いの声をあげる。

「ちょ、ちょっと、はーちゃん!?1人じゃなかったの!?」

 おっと。どうやらこの先生にとって私達がここにいるのは想定外だったらしい。

「私ピリッツ頼んだだけだけど?」

 しかし、ハム先輩にはそんな事どうでもいいらしく「早く寄越せ」と言わんばかりに右の手の平を出している。

 心なしかニヤケてるように見えるだけど。

「で、でも……あくまでも先生と生徒なんだよ?こういう事は隠れてしないと……」

 ど、どういう関係……?

 生徒と教師の禁断の主従関係………?

 んなバカな………!?

「あ、あの………」

 どうすればいいか分からず、とりあえず声をかける。

 これは………見てはいけないものを見てしまったのか?内容が薄いが。

「………こ、この事は秘密にお願いね!?はーちゃん、はいピリッツ!あ、あと私の分もあげるから!み、みんなに分けるんだよ!?」

 養護教諭はハム先輩にピリッツを二箱渡したあとせっせと旧図書室を出ていった。

 何だったんだろう。夢?

「………保健室の先生、いい汗かいてたな……」

 清水さん?そこですか?絶対そこより気になるべき点があるよね?

 ハム先輩がこちらを向く。

「言っておくけど、別に弱みを握って……とかじゃないからね。あれは私のお姉ちゃんだから」

「お姉ちゃん!?」

 いや、確かに「アネエ」とか言ってたな。アネエは「姉」の呼び方か。

 養護教諭と生徒が姉妹って事にも驚きだけど、それよりも二人が全然似てない!

 体型の問題かもしれないけど、姉の方はあんなに美人で白衣の上からでも分かる抜群のプロポーションを持っているのに、この妹ときたら!

 上からボンッ、ボンッ、ボンだよ。胸とお尻だけじゃなくて顔と腹にも余計なお肉ついちゃってるよ……!

 でも、確かにハム先輩の顔をよーく見ると、何となく痩せたら先生に似てる気がする……いや、しなくもない?

 というかもっと根本的な問題があった。

「………でも、いくらお姉さんだとしても、パシりは……」

 倫理的にどうなの?

 さすがにその言葉までは紡げなかった。

「問題ないわ。アネエは甘やかしたがりなの。口癖は『しょうがないなぁ~』よ。むしろ、あっち側の欲求も満たしているんじゃないかしら」

「は、はぁ……」

 そんなわけないと重いながらも何となく理解できる気がする。

 確かに嫌がっていたら、あのスピードでは駆けつけてこないか。あの人の「甘やかしたい」精神があそこまでの早さを生み出しているのかもしれない。

「それと、これはアネエからの口止め料よ。ありがたく頂きなさい」

 ハム先輩はそう言って私にピリッツをくれた。

 …………その日の帰り道。

「羽舞音さんは面白い方でしたね。それに、何だか内なるにおいを感じました……!」

 香は何だか嬉しそうだ。

「そ、それは良かったけど……どうしても抱きつかなきゃダメ?」

 正直、香が後ろから抱きついて来るためものすごく歩きにくい。自転車を清水に押してもらってるために多少は楽だが。

「いいじゃないですか?私はお別れが早いんですし。それに、こうすればにおいも直で嗅げますし……!うふふ……」

 ……あれ?なぜか寒気が。おかしな事もあるもんだ。

「でも、清水に悪いよ」

 それに今に限った事ではないが、背中の乳圧がすごい。着痩せでもしてるのか、見た目よりも大きく感じる。

 ……あれ?なぜか涙が。おかしな事もあるもんだ。

 決して私の胸が小さいからではない。決して………決して!!

「いいよいいよ!私も後で抱きつくし!」

 そうだったね。私は毎日美女二人に抱きつかれて帰ってるんだった。

 世の男子よ、羨ましいか?

 なぜか私は心がいたいよ。

 ………しばらくして。

「………いいね……この蒸れた感じ?あぁ、やっぱり堪らないよ……!!それに抱きつかれてたから尚いいよ!あ~!ありがたいな~!私は幸せ者だよ!!えへへへ……」

清水は栄夢に自転車を任せて私に抱きついている。

「そう……それは良かった……」

 背中から感じる乳圧。

 脳内に聞こえてくるよ。君の爆乳と私の背中が奏でる幻のセッションが。


 ムニュウゥッ!


 ……あれ?何だろうこの気持ち。沸々と煮えたぎるように心に熱が帯びているようだ。

 どうしたどうした。

 別に気にすることないじゃないか。

 世の中にはでかいのが苦手な人もいるだろう。

 それに、まだ胸だけ成長期が遅れている可能性だってある。何を諦めてるんだ、桃井菜千。

「私の至福の時だよ~スリスリスリ」

 清水は頬を私の背中でスリスリと擦る。

 清水の身長は高いので恐らく姿勢を曲げているのだろう。

 そのせいか、清水の爆乳は私の背中とのセッションをやめ、ソロで旋律を奏で始めた。頬を擦るのと合わせて。


 プルン、プルン、プルン……


 あぁ………聞こえてくるよ、脳内に。私だけに聞こえる爆乳の演奏が。

 ………裁きか!?これは神の裁きなのか!?

 なぜ、我に試練を課すのです……我が主よ?

 私は何となく胸に手を当てる。


 ムニ……(ペタ……)


 ドクンドクンと心臓の音が聞こえてきた。

 あぁ、私は生きてるんだな。

 胸がでかいとこうして楽に心臓の音も聞けないのだろう。そうだ。そうだよ。

 私は生きてることを実感できるんじゃないか。

「あはは……」

 夕焼けがきれいだなぁ。

 ほら、何だか泣けてきた。







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