第14話 屋上と告白
次の日の放課後。
私は屋上の手すりに捕まり、校庭を眺めながら人を待っていた。
ガチャ コツコツコツ………
しばらくして、屋上の扉が開くとともに足音が聞こえてきた。
どうやら来たみたいだ。
「……話って何ですか?」
来てくれたのは香だ。2日前から目に光が無くなった、あの香。
「ごめんね、急に呼び出して。それと悪いんだけどもう少し待ってくれるかな?……」
私は振り返って香にお願いをする。
「はぁ………」
香は頷きながらも疑問を抱いているようだ。
確かに呼び出しておいて、来た途端に「待っていてくれ」というのも、おかしな話だろう。
もちろん、待っていてもらう理由はある。
ちょうどその理由となる人物達が屋上へ到着したようだ。
「みんなを集めてどうしたの?」
「……私だけじゃなかった」
私が香以外にも呼び出していた二人がそれぞれの疑問を口にする。
まぁ、自分以外に呼ばれた人間がいる事に疑問を抱くのも仕方がない。
私が香を待たせた理由。それは他にも人を二人───清水と栄夢を同じように屋上へ呼び出していたからだ。
「………私以外にも呼んでいたんですか」
香は納得したように二人を見る。
私はあくまでも1人ずつ誘い、他にも人がいることを伝えていなかった。ちなみに、これには特に意味はない。たまたまだ。
そんなことよりも。
役者は揃った!
後は私が話をするだけだ!
やば……緊張してきた………!!
「わ、わた……う゛う゛ん!!……私が皆を呼び出したのは他でもない。3人全員にお話があったからです」
私は手を後ろで組み、何となく社長のように話し始める。
「「 「………」」」
皆……そんな「分かりきってるよ」みたいな顔しないでよ……一応説明したんだよ?一応……。
私は思わず固まってしまう。
………いや、この空気に負けるな、桃井菜千!変わるって決めただろう!
気を取り直して私は話を続けた。
「………私はこの入学してからの一週間で短い間ながらとんでもなく色々なことがありました」
「「「……………」」」
みんな一緒に無言だと、本当にちょっと怖くなってくるな……!!
何?もしかして、少しでも雰囲気を出すために敬語を使ってるのがダメな感じ……?
………くっ!誤算だった……!!
今からでも戻そ。
「あー……それで!私的に、色々あったのはあなた達と関わったことと私の意思の弱さが原因ではないかと考えたの。あ!別に3人が悪いって意味じゃないからね!?あくまでも事実としてだから!色んな誤解とか偶然の産物だし………」
「「「………?」」」
いや、何でみんな仲良く首を同じ方向に傾げてんの!?当事者よ、君達!!
他人事みたいな反応!?
まぁ、いいや。大事なのは次の事だし。
「……そこで!!私は非常に自分勝手ながらあなた達に利用されることにします!!」
ババーン!!(私の心の声)
「え?」
「は?」
「ん?」
3人とも私の言葉を聞いて「何を言っているのかよく分からない」という顔をしている。気持ちは分かる。私も3人と同じ立場だったら、意味がわからない。
「……どういう事か説明するために、まず私の『誰にも言えない自分のしたいこと』を話す。3人とも私に秘密を教えてくれたしフェアじゃないからね」
まぁ、この3人は別に私が知りたがる訳でもなく、一方的に秘密をべらべら喋ってきたから私にフェア精神を守る義務はないと思うが。それでも言うべきだろう。
………いやいや、なんで3人とも「まさか………?」ていう感じの目をしている?
いや、別に私3人と同じで変態的な部分があるとかじゃないからね!?
「………私は友達がほしいの。何でも、自分の秘密だって話せる友達が。相談できる友達が」
そう。私の本当にしたいこと。それは、本当の意味での友達を作ること。そして、その友達と毎日を楽しく過ごしたい。
3人は私の話を真面目な顔で真剣に聞いてくれている。そうしてくれるとこちらとしてもありがたい。
「長くなるんだけど、私さ、色々あって……男の人が苦手なんだ。だからこそ女子校を選んだんだけど。でも、中学校は共学でさ………男子と話せない分、女子とはどうしても仲良くないと男子と関わるときに逃げ道がなくなるんだ。だから、私必死に自分を作ってみんなと仲良くなれるように頑張った。時には相手に合わせたりもして、とにかくどこにでも『友達』がいるようにしたの」
ふとあの頃の事が頭をよぎる。
いつも笑顔でいることを心がけて、相手に嫌な気持ちをさせないように自分を作っていた。嫌われないように。
「でも、あくまでも私の考えだけど、友達って作るんじゃなくて自然と出来てるものなんだよね。だからこそお互い分かり合ってるっていうかさ。それに、私の場合、みんなにとっての『友達』ていうのはあくまでも作られた方の私で本当の私じゃない。私は何でもかんでも友達を作りに行ったからみんなの求めてる『私』じゃないと成立しないんだよね。友達として。だから、私って何でも話せる友達がいなかったんだ。皆と仲良くしてたのは本当の私じゃなかったから」
初めて誰かに話した。私の本当の秘密を。
中学校では、あくまでも友達がいることに執着していた。
変な話、よくやりきったと思う。面白くなくても笑って、周りの目を一々気にして。
正直、やりきったと思うくらいにはきつかった。自分を偽るのは。
だからこそ、高校では本当の意味での友達を作ろうって決めた。
「高校に入学したら絶対に変わって、本当の友達を作るって決めたの。でも、今までずっと友達がいることが普通だったから急にまた1人になるのが怖くなって。いつの間にかまた友達を必死に作ろうとしてた。そもそもに友達がどうやって出来てたのか分からなかったし。だからね、香のハンカチを拾ったとき、『これをきっかけに友達になろう』て思った。本当の友達がほしいって、自然とできるものだって言う割には『ぼっち』が嫌だったんだね。恥ずかしいや………」
私は「あはは」と自虐的に笑う。もう、情けなくて笑って誤魔化したくなった。
そんな私を見て、いつの間にか病みモードではなくなっていた香が言葉をかけてきた。
「そ、そんなこと………友達を作ろうとするのは普通ですよ………!!」
香は優しいな。………変態だけど。
「香の脇嗅いだときあったでしょ?あのときだって周りに流されちゃったし。何故か回りが私に嗅ぐことを期待してたから、みんなに合わせて嗅いだ。でも、皮肉なことに、嫌われたくないがためにみんなに合わせた結果、避けられる事になっちゃたし」
まぁ、みんな悪い意味では避けてないらしいが、結果的に避けられている事実は変わらない。
「で、でも!わた、私はあの時とてつもない快感を感じましたよ………!?嗅ぐことはあっても嗅がれた事はなかったから…!!だから、私は嗅いで正解だったと思います!!」
………うん、ありがとう。フォローの仕方がちょっとズレてるけど。
「それがきっかけで清水にも誤解させて、何か悪いことしちゃったし」
「え?あ…べ、別に………!!」
清水は急に話題を振られて困惑している。
清水にも誤解とはいえ、期待をさせておきながら結果裏切る形になってしまった。
………でも、舐められるとは思わなんだ。
「栄夢は………」
栄夢に悪いことしたっけ?私………えーと………?
「なんかごめん………」
「………私だけ雑じゃない?」
栄夢は不満をぶつける割に、なぜか嬉しそうだ。
「最初に言った事に戻るけど…利用されるっていうのは、つまるところ私と友達になってほしいの。今すぐじゃなくていいから」
そう。私は3人に友達になってほしい。たしかに変態的な部分があるが、悪い人らではない。と思う。
それに、似た者同士だと思った。
自分の本当の事を喋れる人が身近にいなかった。
わかってくれる人がいなかった。
自分の気持ちを初めて誰かに言って、確信を持った。
私達には互いを受け入れてくれる人が必要なんだと。
「私はみんなの事を受け止めるよ。だから何でも言って。今まで人に言えなかったことも。私が受け止めるから。それでいいと思ったら………」
「ダメですよ」
香が口を挟んできた。
「………そっか…」
やっぱり………ダメか。
要は私を好きに使っていいから気に入ったら側にいさせて、みたいな奴隷的な関係だもんな。さすがに気持ち悪かったか………
ふと香を見ると落ち込む私に反して微笑んでいた。
香?もしかして私を嘲笑っているのですか?
え、泣きそう………
香はそんな私を見ながらコツコツと私の目の前に来て、話し始める。
「それじゃあ、『フェア』じゃないです。菜千ちゃんが言ったんですよ?」
「え……?」
俯いていた私は、思わず顔を上げる。
それを見て香はニコッと笑った。
「利用されるなんて悲しいこと言わないでください。私にとって菜千ちゃんは『いつの間にか出来ていたお友達』ですよ?菜千ちゃんは作ろうとしなくていいんです。だって、もう私とお友達なんですから………!!」
ぎゅっと香が私を抱き締める。
「それにしても残念です……私は本当の事を話せた初めての友達だと思っていたのに、菜千ちゃんは違ったんですか?まさか、私が、においを嗅ぐためだけに一緒にいたと思ってるんですか?」
「違うの……?」
泣きそうになりながら、私はくぐもった声で訊ねる。
「きっかけは『におい』でしたけど、一番の理由は本当の私を知っても一緒にいてくれた菜千ちゃんの事が嬉しかったからですよ?仕方がなくだったかもしれなかったかもしれないけど、それでも私から離れることはしなかった。私はそれだけで十分嬉しかったんですよ?」
………!!
もう我慢できなかった。
涙のダムは決壊。私の顔面は大洪水だ。
香の制服も濡らしてしまっている。
しかし、そんな事を気にせず、香は話を続けた。
「だからこそ、菜千ちゃんが清水さんからのお誘いを受けたときは、私から離れていってしまうんじゃないかって不安で……つい素っ気ない態度を取ってしまいました。……ごめんなさい」
「ぞ、ぞんなごど……!!」
優しすぎるよ………香!!
「………私はこう思ってましたけど、お二人はどうなんですか?」
落ち着き始めた私を見て、香はそっと私から離れて振り返る。
その視線の先にはもちろん清水と栄夢がいる。
「………ほ、本当に私なんかでいいの?」
先に口を開いてくれたのは清水だった。
「私……あの通り引かれる事したんだよ?あり得ない勘違いして………気持ち悪がられたと思って……不快にさせないように避けてたんだけど……」
………避けていたのはあくまでも私のためだったと。
私は少し笑ってしまう。同じフェチじゃないから避けてるのかと思ってた。
「ふふ………確かに引いちゃったかもしれないけど……私も人の事言えないし…それに、1人になった時は恥ずかしいけど寂しかったから………」
ぼっちが私にはとても寂しかった。あくまでも私には、ずっと、少なからず人が側にいたから。
「ほ、本当に………私で……いい…の……?」
清水の頬にはツゥーと透明な線が出来ている。
こらえていたものが私と同じように溢れてしまったらしい。
でも……なんで?
「………しーちゃんは一見強そうに見えるけど、とっても繊細でデリケートなの。いっつも明るくしてる分、悲しくても元気なフリしちゃうのよね。もっと丁重に扱いなさい!!そしてその分私をいじめなさい!!」
私の気持ちが伝わったのか、栄夢が説明をしてくれる。
………最後の一言は友達になってくれると言ってくれてるのだろう。多分。
「ほら、私たちはもう友達です。ムリしなくたって出来てるじゃないですか」
………この子、においに関してのアレがなかったら天使じゃない?いや、今でも十分天使なんだけど。
「………ありがと」
少し照れ臭くてツンとしたお礼を言ってしまった。
………その後。私達は連絡交換をして、お互いの呼び方を決めた。
高校に入って初めて手に入れた携帯の連絡先には新しい友達の名前が載っている。
私が夜にそれを見てニヤけていると、ピコンと四人のグループの連絡にメッセージが届いた。
────舐めに行ってもいい?
時刻は午後9時。
もしかしてだけど、私の携帯には毎日これが届くの?
「………私、大丈夫か?」
そんな不安を抱えつつも、その夜は何故か、今までに無いくらいにぐっすりと眠れた。
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