第12話 なるほど。わからん。

 栄夢の部屋に来てしばらく。

 私が携帯をいじっているとドドドドと誰かが走ってくる音がしてきた。

「………?」


 バタンッ!


「た、ただいま……!」

「お、おかえり?」

 なぜ私が迎えているんだ。

「まさか、はぁはぁ………私より早く家に着くなんて…」

 栄夢はゼェゼェ激しく呼吸している。全力で走ってきたのだろう。汗がすごい。髪もボッサボサだ。

「ごめん……私自転車で来たから……」

 前、というか昨日こっちの方に来たときよりも、全然早くついてしまった。

「ビックリした……帰ってる途中にお姉ちゃんから友達が来てるって連絡が来て、ダッシュで向かってきたの……!!」

 それは見たら何となく分かります。何なら私もあなたより早く着いたことに驚いてました。

「お姉ちゃんには絶対に部屋から出てこないでって言ったのに……!!はぁ……見た?」

 前髪の隙間から見える目は私を睨んでいるようだ。

「み、見たけど……い、いいお姉さんだったよ?」

 見た目は何にしろ、私を出迎えてくれたし。

「嘘仰い!」

 ちょっ!?声でかいって!聞こえるって!お姉さんの部屋、隣よ!?

 その時だった。ガチャンと部屋のドアが開いた。栄夢の姉だ。

「お取り込み中ごめんね~。私、お買い物行ってくるから~!何か買ってほしいものある~?」

 栄夢の姉は開けたドアに寄りかかりながら話しかけてきた。

「……ハンバーグ」

 あ、ちゃんと答えるのね。

「わかった!そっちは?」

 え?私?

「あ、私は大丈夫です……」

 さすがに申し訳ない。

「え~?遠慮しなくていいのに~!ま、いいや……じゃあ行ってきまーす!ごゆっくり~!」


 バタン


 栄夢の姉はそのままドアを閉めて行ってしまった。

 ………ん?待って?まさか、その格好のままでいくの!?ユルユルTシャツにダボダボジーパンのまま!?

「ほ、ほら、優しいお姉さんじゃん…?」

 見た目はともかく、ハンバーグ買ってきてくれるってよ!よかったじゃん!栄夢!

「……………」

 栄夢は首をゆっくりと右に曲げる

 前髪が垂れて、隠れていた左目が現れる。その目は見開いていた。

 意外ときれいな目をしているが、今はそれが逆に怖い。

「お、落ち着いて。本当だから」

 私がそう言うと栄夢はゆっくりと首を戻した。

「……………」

 ちょい、無言で近づいてこないで……!

 いや、怖いって。殺す気ですか?殺気がすごいよ?

 引きつった顔をしている私の目の前に、見下げるように栄夢が立っている。

 とても小さいはずの栄夢の体が今はとても大きく見えた。

「……………でしょ……」

「え?」

 私は栄夢の言葉を聞き取れずに聞き返す。

 その途端、栄夢は突然腕を横にピンと伸ばしたかと思えば、自分を抱き締めるように、両手で自分の肩を抱き始めた。

「そ、そんな事を言って、私を安心させて後で辱しめるつもりでしょ!!」

 ……はい?

「と、とんだドSね!私には分かるんだから!私が安心しきったところを狙って、私の秘密をみんなに言いふらす気だわ!そして私の絶望する顔を見てひどく卑しい笑顔を私に見せるのよ………!!あぁ……!!」

 栄夢は体をクネクネさせながら顔を赤らめる。

「あの……それはどういう…?」

 発想についていけません。どうしたらそんな発想にたどり着くのですか?

「あなたはやっぱり人を辱しめるのが好きなのね!みんなの前で百井さんの脇を舐めて、恥ずかしがる彼女を見て楽しんでたのよね!それに何度も舐めて、挙げ句に『結婚してください』なんて言わせるまでに屈服させて!」

 うーん。違う、違うな………!!

 というか、あなたのその誤解が全ての元凶ですね。その誤解がさらに誤解を生んで、私は昨日頬を舐められました。ほぼ初対面の人に。

「あの、違うんですけ……」

「あなたが、しーちゃんとは違うって聞いて確信したわ!やっぱりあなたは私の思った通りの人間だったんだわ!あぁ……あんな大胆な事する人は初めて!どうか、どうか私にもその矛先を向けてっ!!」

「何でそうなるのっ!?」

 急すぎた。香と清水は段階を踏んでいたが、栄夢は急にきた。

 予兆もなかったぞ。いや、さっきのやつがそうなのかもしれない。私が恐怖してて気づけなかっただけで。

 というかスイッチが入るのが急だった。

 こうなるって分かってたはずなのに……!

 不意を突かれた………!

 栄夢を見ると大の字に両手両足を広げ、やや上を向いて目を瞑っている。

 何かを期待して待っているようだ。

「栄夢ちゃん?」

 ごめんよ、私には君の求めていることがわからないです……!!

「さぁ……!!どうぞお好きに……!!」

「いや、何もしないからね!?」

 私がそう言うと栄夢は「え?」とこちらを見つめてくる。

「まさか…ほ、放置プレイ!?私だけを舞い上がらせて置いて何もしない!?そ、そんな……!!あぁ……!!」

「と、止まらない……!?」

 おかしい。香の時も清水の時も、あるところまで行ったら我に返っていたのに……!

「あぁ……!!ひどい、ひどいよ……!私にここまでさせておいて……!!うふふふふふふ……!!」

 むしろ加速してる……!!

 ヤバさが加速してるよ……!!

 ていうか、私何もしてないし!そちらで勝手に処理されてるだけなんですけど!?

「………あ、あ!!よ、よよ用事を思い出した~!今日のところはもう帰るね~!!」

 私は急いで立ち上がりカバンを持って部屋を出る。

「………こ、このまま置いていくの!?あ、でもそれはそれで………」

 何も聞こえなかった。いい?桃井菜千。何も聞こえなかったのよ。変態の声なんて!

 階段を駆け降りて、玄関へ。

「お、お邪魔しましたーっ!!」

 家を出たらカバンを自転車のかごにぶちこみ、ライドオン。

 私は家へ向かって全力でペダルを漕いだ。

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