第10話 いや、トイレて……

 旧校舎にて。

 私は今、2階の数あるトイレの内の1つの前に立っている。ただ1人で。

 ………誰か誘いたかったが、得体のしれない手紙の用事に巻き込むのは、私の良心が許さなかった。

 というか、誘える人がいなかった。

 香は昨日から病みモードだし、清水は昨日あんなことあったし。

 この二人以外に私から話しかけられる人間はこの学校にはいなかった。悲しきかな。これが現実よ。

「………一応、全部のトイレをノックした方がいいのかな?」

 ポケットから、折り畳まれた例の手紙を出す。

 トイレの中のどこをノックすればいいのかは書いてあるが、そもそもの、2階のどこのトイレかは明記されていない。

 これ、ミスってるよね。書き忘れだよね。

「とりあえず、始めるか……」

 私は早速トイレに入る。

 ……臭うな。

 やはり旧校舎だからと言うべきか。汚いし、臭い。

 まぁ、だからこそ雰囲気がある。つまり、私の恐怖心を加速させている。

「………ゴクッ」

 私は入り口から2つ目の個室のドアの前で唾を飲み込む。

「………よし…!」


 コン、コン、コン、コン、コン、コン、コン、コン、コン、コン


 ………反応なし。

 10回叩いたけど、何もなし。

 これの面倒くさいところは、ただのイタズラだったのか、それとも、場所が違ったのか分からないところである。

「………はぁ…次いこ…」

 一応全部のトイレやっとかないと、気がすまないというか、安心できない。

 そのまま私は2つ目のトイレへ向かった。

 ………2つ目も反応なし。

 ………3つ目も反応なし。

 4つ目。遂に最後の2階のトイレ。

 ここを叩いて何もないのが正直一番よろしい結果だ。

 そして、私はまさにそのトイレの入り口にいる。

「………何もありませんように」

 トイレの不気味さも少し慣れてきたが、やはり最後となると祈らずにはいられない。

 私はガチャリとドアを開けて所定の位置へ向かう。

 と、私は気づいてしまった。今までのトイレとは違うところがある。

 …鍵がかかっているではないか。

 もう、やめてよ………

 誰か入ってるの?それとも、何?開かずの間的な?

 この女子校の七不思議、開かずの女子トイレみたいな?………聞いてないって。

「………ふぅ…」

 私は勇気を込めるようにグッと右手を握り締める。

 肘を曲げて拳を胸の前へ。

 大丈夫。仮に人が入ってたとしたら多分3回目くらいで返事が来るはず。

 ここをわざわざ使う生徒がいるのも何か怖い気もするが、その場合は人それぞれと割りきろう。

 ………いざっ!!

 コン。

 コン。

 コン。………返事なし。

 コン。

 コン。

 コン。

 コン。

 コン。

 コン。次で最後………!

 コン。

 カチャ。

「………!?」

 あ……ああああ…!!か、鍵が、鍵が……開いた………!?

「………開けて……」

「………!?」

 少女の声!?

 ………マジだ。マジだコレ……!!

「開けて……くれないの…?」

「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏……」

 仏よ、我を守ってくれ!!

「えぇい!!」


 ガチャン


「……………」

 トイレの中には洋式便所に座り、こちらを見つめている小さい女の子がいた。

 前髪が長すぎて目が隠れている、制服を着た女の子。

 それを見て、私はどうしたか。

 もちろん叫んだ。

「うわあああああぁぁぁぁっ!!!?」

「うぇぇぇぇぇっ!!!?」

 おい、なぜ幽霊のお前まで叫ぶんだ。

 そんな事を考える暇、私にはなかった。

「な、何で急に叫ぶの!?」

「あ、あああああ!?」

 ……南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏………!!

「ちょ、ちょっと!落ち着いて………!」

「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏………!!」

 か、体が動かない!!

 近寄らないで………!!

「南無阿弥陀仏って……私、幽霊じゃないから!失礼だよっ!ほら!」

「あああああっ!?さ、触られ………あれ?温かい」

 ブラウス越しだが腕には人の温もりが伝わってくる。幽霊は冷たいって聞いたことあるんだが………?

「ひ、人なの?幽霊じゃ……?」

「ゆ、幽霊なんているわけないでしょ!人だから!私!」

 ………確かによく顔を見ると、頬にも赤みがあり血が通ってるのが分かる。

「じゃあ、なんでこんなところに…?」

「それは………あなたに話す義理はないわ!今はそんな事よりこれを見なさい!」

 少女は小さな手でスマホの画面を私の顔の前に見せる。

 ………これは?連絡のやり取り?

「え?これがどうかしたの?」

 見ず知らずの人のやり取りを見て何を思えばいいのか。

「 あ、そうですか」くらいしか感想がない。

「まだしらを切るの?これは私と我妻清水のやり取りよ!」

 我妻清水?て、あの清水?え?知り合いなの?

 ………確かに相手の名前が書かれている部分に「我妻清水」の文字がある。

 え?それで?

 目をぱちくりさせる私の様子を察したのか、少女はため息を吐いて説明を始めた。

「彼女………『しーちゃん』からは毎日、午後9時に『舐めに行っていい?』ていう変態メッセージが届くの!なのに、昨日はそれがなかった!お、お前、しーちゃんに何したんだ!?」

 待ってください。私が何かしたとか以前に清水さんはあなたに毎日そんなメッセージを送っとるのですか?

 え?やばない?それ、やばない?

 というか、清水のあの性癖みたいなの知ってるの?どういう関係なの?

「………えーと…な、何もなかったよ?」

 清水には喋るなって言われてるし………例え知り合いでも言うべきじゃない気がするな……

「………ふーん」

 何その「私わかってるんだからね」て言いたげな顔は。腹立つな。

「……しーちゃんは昨日の昼休みにあなたのところへ行ったわよね。その時に私に『話に行ってみる』とメッセージをくれたわ。私が、休んでたしーちゃんにあなたの事を伝えた時から、しーちゃんずっとあなたに会うの楽しみにしてたんだからね!」

 ちょい待ち。

 あの誤解に誤解を生んだ説明を清水にした友達ってこいつ!?

 清水が言ってた友達ってこいつなの!?

「私はしーちゃんと家も隣だから、あなたがしーちゃんの家に入るのも、そこから出るのもしっかり見ていたわ。ここまで言ってもそんな事言える?」

「え、いや……それは……」

 まさか見られてたとは………

「しーちゃんは、やっと同じ考えを持った人に出会えたって嬉しそうだったのに……!何をしたのか言いなさい!」

 ………うーん。この状況での最適解が見つからない。

 とりあえず清水の事とか知ってるぽいし、話してみる?

「……実は…」

 私は昨日の清水との事を話す。

 彼女は驚いた声を上げた後、口をぽっかり開いて私の方をずっと見てきた。

「…やっぱり……!」

 ………やっぱり?予想はしてたの?

「と、とりあえず事情は分かったわ!今はもう時間がないから、後の事は放課後に私の家で話しましょう!私の家はしーちゃんの右隣よ!絶対に来て!」

「え?」

 少女は私の横をすり抜けてトイレを走って出ていってしまう。

 ………あの子、家に来いって言った?また、私誰かの家に行かなきゃいけないの?

「嘘でしょ………?」

 嫌な予感しかしないよ。3回目だよ?

「ていうか、今何時!?」

 私は慌てて携帯を確認する。

 HR開始3分前。

「やばっ!?」

 問題は山積みだが、とりあえず今は遅刻を回避する事を優先せねば………!!

 私は急いで教室へ向かった。




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