第8話 待って?それは違うぞ?

 放課後。皆が下校準備を始める。

 今日は清水に用事があるために香とはここでお別れだ。

「じゃあね、香ちゃん。また明日……」

 例によって、憂いを帯びた香はゆっくりとこちらを向く。

「私、信じてますから……」

「え?」

 そう言い残して香は足早に教室を出ていく。

 待って、香さんよ。信じるって何?

 それ、何のフラグですか?

 怖いんだけど……!?

「菜千さん。それじゃあ行こうか!」

「うわっ!あぁ…清水さん。……うん」

 ………どこに行くのだろうか。

 今はついていってみるしかないか……

 しばらくして。

「ごめんね!遠かったかな?疲れたよね」

「いや……まぁ、大丈夫」

 学校から大分歩いた先に着いた場所。それは一軒の家だ。クリームの壁色のシンプルな家。

「ここ、私の家!ほら、上がって上がって!」

 清水に促されるまま玄関を抜ける。

「お邪魔します……」

「あ、先に部屋行ってて。階段上って二つ目の部屋だから」

「あ、うん」

 言われた通りに階段を上り二つ目の部屋へ。

「ほぁー。これまた整頓されてるな……」

 シンプルというか、余計なものがないというか。机、本棚、ベッドなど、必要最低限の物が置かれている部屋だ。部屋全体がスッキリしている。

「って待って。私、何か普通について行って部屋に入れられたけど、用が何なのか聞いてないな」

 今頃気づいたが、この感じ。私は知っている………!

「汚い部屋でごめんねー。はいこれ麦茶」

 部屋の真ん中で突っ立っていると、ガチャリと清水が麦茶の入ったを持って入ってきた。

「あ、ありがとう」

「実は今日、親帰るの遅いんだ……」

 私は目線を受け取ったコップから清水に移す。

「へ?」

「話したいことがあるの。座ってくれる?」

 あれ?昼間見た笑顔と全く一緒のはずなのに、全然別物に見える。威圧感がすごい。もう、座れって顔で言ってるよね。

「う、うん……」

 私は適当に腰かける。

「ずっと言いたいことがあったの」

 なんか似たようなセリフ聞いたことあるな。ドラマか?いや、違うな。

「私さ……」

 この感じ。既視感がある。そう、これは確か……

「実はさ………」

 あ、やっべぇ……香の時と一緒じゃん!


「菜千さんと一緒なんだよ!」


「え?」

 おっと……?どういうカミングアウトですか?

 一緒とは?

「まさか私とおんなじ人に出会えるなんて……!!初めて聞いたときは心が跳び跳ねたよ!」

「えと……?」

 話が読めません。どういうことですか?

「とぼけなくていいよ。菜千さんも人の汗が好きなんだよね。私もなんだ!あ、でも私の場合汗だけに限らず、人の出した体液が好きで……!こんなこと絶対引かれるから信用してる人にしか話してないんだけどね!?それで!公衆の面前で人の脇汗を舐めた人がいるって聞いて!私、本当に嬉しかったの!これで分かりあえる友達ができるって!」

 ………この熱量。香と一緒だ。

 マジな変態だ………!!

 そして、少々誤解をしてらっしゃる。

 ここは、誤解を解くのが先決だろう。

「あの………実は……」

「今日の昼休み。私は確信したよ!!首筋から胸に滴る汗!それを私に見せつけてくるなんて!心臓がドクンて大きく鳴るのがわかったよ。あぁ、これは運命なんだって!私達は出会うべくして出会ったんだ!」

「ちょっと!?きいて!?」

 聞く耳持たないぞ、こいつ。ヤバさが香の上を行っている。

「……あ…ごめん。つい熱くなっちゃって……汗かいちゃった。………舐める?」

「いや、舐めないから!?」

 これは、ちょっと……香を受け入れた私でもレベルが高すぎるな………!!

 香の場合、あくまでも私は嗅がれるだけだし、直接手は下してこなかったからまだ大丈夫だった。

 しかし、こいつ私に自分の汗舐めるか聞いてきたぞ。

 いや、本当にただ者じゃなかった。ヤバい奴やん。

 その時、私のこめかみを一筋の冷や汗が通った。

「……………」

「え………?」

 それまで自分のベッドに腰掛けていた清水が床に四つん這いになり私に近づいてきた。

 ち、近い………!

 お互いの鼻息が顔に吹きかけられる距離だ。

 清水はそのまま私の頬に口を近づける。

「な、なにを……?」


 ペロッ


「ひっ!?」

 私はすかさず清水と距離を取る。

「あれ?」

 清水は困惑している。どうやら彼女が思っていた反応と違う反応だったらしい。

 ……いや、ごめんなさい。顔、舐められたら誰だってそうなるって。

「………あの、一つ誤解してるよ。私はあの時、脇を舐めたんじゃなくて、嗅いだの。まぁ、どっちにしろヤバいんだけど」

「………え?」

 途端に清水の目の焦点が合わなくなる。

「それともう一つ。私はあなたと同じじゃないの。私には人の汗を見て興奮する事なんてないの。ごめんね………」

「……………」

 清水は時が止まったように動かない。相当ショックなのだろう。自分と同じだと思ってた人がまさか違かったとは。

「……………そ……」

 ん?

 そ?

「そうなんだ~!私ってば勘違いしちゃったな~!いや~驚かせてごめんね!あ、今日の事はくれぐれも秘密にしてね?約束だよ?」

 ………あれ?意外と元気だ。

 ならよかった。

「………じ、じゃあ私これで帰るね」

「また明日ね!」

 私は部屋のドアをガチャンとあける。


 ゴツン


 はて?何か当たった?硬いものに当たった感覚が。

 一度ドアをバタンと閉める。

「………どうしたの?」

 急にドアを閉めた私に清水が声をかける。

「………な、何でもないよ。また明日ね………!」

 もう一度ゆっくり、ドアを開ける。

「………?」

 しっかり開いた。何にも当たることなく。

「なんだろ………?」

 私は謎を抱えたまま、清水の部屋を後にした。




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