第6話 あの、急すぎません?

「菜千ちゃん!ご飯一緒に食べましょ?」

 昼休みになった瞬間、香が話しかけてきた。

「はいはい………」

 入学してから約一週間。今のところ友達と言える人間は香だけだ。

 それも、一連の騒動後、なぜか私達の仲を邪魔してはいけないという謎の暗黙ルールが出来たからである。

 私としてはあくまでも友達としての仲を保っているつもりなのだが、回りはそうは思ってないらしい。それ以上だと思っているようだ。

 屋上ではたくさんの生徒が昼飯を食べている。私もそんな中の一人だ。

「………はぁ……」

 この屋上も私達への視線を感じる。ここに来るまでの廊下でも同じような感じだ。

 なぜだ?こんなはずではなかったのに。

「………どうしたんですか?」

 顔付近で箸を持っている香が訊ねる。

 ………やっぱり問題はこの美少女にあるのではないか?

 何をやるにしても絵になってしまう。早い話、見とれてしまうのだ。性別に関係なく。

 そんな少女が起こした一連の騒動。脇の臭いを嗅ぐだけであんなに大事になるとは、私は思いもしませんでしたよ。

「何でもない」

 私はそう言って何もかけられていない白米を一口、口に詰め込む。

「……でもやっぱり、お外だと他の臭いも薄くて、菜千ちゃん臭がハッキリわかります!ふふ…」

 香は左手を左頬に当てて幸せそうにしている。

「それはよかったよ……」

 彼女の変態的においフェチも、もう慣れた。というか、どうでもよくなってきた。

 あの騒動の噂によるとどうやら変態とされているのは、他ならぬ私らしい。

 最初はバカなと思った。しかし、思い返してみると脇を嗅いだのは私だし、端から見れば私が脇を嗅がせることを強要した風に見えていてもおかしくない。

 ……終わった。私の華やかな青春ストーリーは幕を開くことなく、燃え尽きた。

 せめて、手にいれた一輪の花くらい愛でないでどうしろというのか。

「ははは……」

 思わず笑う。いや、もうこれ笑うしかない。

 ふと香を見るとニコッと笑ってくれた。

 ……かわいい。これで変態じゃなければな……せめて。

「桃井菜千さんと百井香さんだよね?」

「………………へ?」

 ん?私は今、誰かから声をかけられたのか?まさか。

 声の方向には、スラリと背の高いキレイな人が立っていた。

 ……これまた美人なこった。切れ長で大きな目が印象的だ。

 髪型はポニーテールで前髪は目にかからないよう切り揃えられている。

 小顔なのも相まって元よりも背が高く見える。

 というか、あの日から私に話し掛けてくる人間なんて香以外にいなかったから反応が遅れてしまった。

 ちょ?え?

「そうですけど……あなたは?」

 口を開けて固まっている私の代わりに香が答えてくれた。

「あぁ、ごめんね。私は我妻清水わがつましみずっていうんだ。よろしくね」

「は、はぁ……」

 笑顔がキレイだ。まさに清い水って感じがする。

 先輩だろうか。雰囲気的にお姉さん感がすごい。

「……そんなかしこまらないでよ(笑)同じクラスなんだし仲良くしよ?」

「あっ、そうな……はぁ!?同じクラス!?」

 え?留年したの?

 というかクラスにいた?こんなキレイな人、いたら気づくんだけど?

「……ビックリした…!……でもそっか。驚くのも仕方ないよね」

 え?なに?もしかして前世で私と因縁でもあったパターン?

「あの時、殺したはずなのにね」みたいな!?

 まさか、そんなわけ……いや、この完璧過ぎる見た目、ワンチャンあるな。

「あぁ、もしかして……」

 香が思い出したかのように呟いた。

 何か知っているのですか!?そんな意味深な発言はやめてくれませんか??

「ごめんなさい……誰ですか?」

 私の知らないところで物事を動き始めている。

 謎の人物。美少女に挟まれる私。私が男であれば……!!世の冴えない男子よ、この席譲ってやりたい……!

「あれ?菜千ちゃん、分からないんですか?あれですよ、ずっと休んでた人…」

 え?休んでた人?

 ………そういえば確かにそんな人いたな。というか私の隣の席の人だな、それ。

「そうそう!いや~インフルかかっちゃってさ…今日学校初めてなんだよ。しかも、何だか行きにくくてさ……?大遅刻!あ~あ~入学式も出たかったな~!ほんと参っちゃうよ………!」

 いや、入学式出れなかったって結構ショックな出来事じゃない?

 笑って話せるとかメンタルばり強いな。

「ははは……」

 いや~暑い暑い。変な汗かいとるがな。

 私はブラウスのボタンを少し開ける。そしてブラウスを摘まみパタパタと空気を服の中に流し込む。

「………あぁ……!」

 うん?何か言いましたか?

 私は声のした方向、清水の方向を向く。

 ……何でそんなに目を輝かせてるのかしら?清水さん?

 あれ?これどっかで見たことあるような…

「あ?あぁ……!ごめん!……いや、でもすごいね。聞いたよ?そちらの彼女の汗ばむ脇を公衆の面々に晒して、挙げ句の果てに舐め回したんだって!?いやー早く会いたくてたまらなかったよ!」

 ………ちょっと誇張されてるな。その友達とやらにはそう見えていたのか。なるほどな。私は変態らしい。

 そして、それに話しかけてくるメンタル。我妻清水よ。そなた、ただ者じゃないな。

「……まぁ!!私達はそんな風に噂されてるのですか!?」

 香が両手を口の前にやって驚きのポーズを取る。

 心なしか嬉しそうだ。

 え?なに?Mなの?

「それで、なんだけど……今日の放課後、空いてるかな?」

 清水は急にモジモジしだした。

 え?なに?

「空いてるけど……」

 いつもなら、帰る方向が同じ香と途中まで一緒に帰るが、別にそれは用事には入らないだろう。

「よかった!じゃあ、放課後待ってるからね!」

 清水はスタスタと行ってしまった。

「何だったんだ…?あ、そうだ。香ちゃんそういうことだから、今日は帰る時別々ね」

「はい」

 お、おぉ!?急に空気が重くなっている……なぜだ?

 香は虚空を見つめてチビチビと弁当を食べ進めている。さっきまで一口大きかったじゃん!

「か、香ちゃ……」

「………はい?」

 こちらを向いた香の目は憂いがかっている。光がない。

 結局、昼休みが終わっても香の目の曇りは消えなかった。


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