第4話 自分の臭いってあんまり自分じゃ分からないよね

 ふぅ…今日の授業はオリエンテーションみたいな感じだったからよかった。

 香は校門だろうか?教室に姿が見えない。

 校門へ向かうとやはりというか、香がいた。

 よかった。逃げたかと思った。

「あ、菜千ちゃん。こっちです」

 こちらに気がついた香が手を上げている。

「香ちゃん。話って何?」

 校門か。体育館裏とかだったらもう告白のソレだが、校門は微妙だな。

「あの、私の家に来てほしいんです」

 前言撤回。なるほど、いきなり押し倒すパターンね。

「……えっと…」

「ダメ、ですか?」

 うっ!そんな目で見ないで……!くそっ私にそんな気はないんだ…!いや、でもこんなにかわいかったら………ダメダメ!

「わかったよ…」

 入学早々ナニやってんだ、私は。

「よかったです………!」

 あぁ、なんてキレイな笑顔。こんなにもかわいいんだったら別に…

 って、まだそう決まった訳じゃないし!普通に悩み相談かもしれないじゃん!…つい最近知り合ったばかりだけど。い、意外と見知った人じゃない方が話しやすい時もあるだろうし!?

「私の家、結構近いんです。すぐ着きますから」

 私はこんがらがる頭を抱えながら香についていった。


 しばらくして。


「ここです」

 割りとすぐ近くだった。

「キレイな家だね…」

 シンプルな造りの家だった。よくあるような白い壁の二階建ての家だ。

「上がってください。………今日は親、遅くまでいないんです」

 それ言うって、もう、フラグだよね。私知ってるよ。それを言ったらナニかあるってね……

「ここ、私の部屋です。誰か入れるのは初めてなんですけど………」

 おいおい……香ちゃん。どれだけフラグを建てれば気が済むんだい?初めては私の他にも適役いるよね?

 香がガチャ、とドアをあける。

「きれいだね」

 白を基調とした清潔感溢れる部屋だ。清楚な香らしいと言えばらしい。

「好きなところに座ってください」

 そう促されて部屋の中央にある小さな丸型テーブルの側に座る。

 香もベッドに腰かけて話し始めた。

「やっぱり、菜千ちゃんには話しておくべきだと思ったんです」

 照れがあるのか、香の顔はとても赤く火照っている。しかし、膝の上で握りしめいている両手が震えているところを見ると不安と緊張があるのも間違いないだろう。

 こっちも心臓バックバクだよ。雰囲気がもう、それだもん。あぁ、もう後戻りできないのね。 私の描いた青春はこんなんじゃないんだけどな…?

「私……」

 そんな顔して見つめられたら受け入れてしまいそうな自分がいる。っていうかここまで来たら受け入れざるを得なくないか?

「実は……」

 あ~……でもまだ覚悟が………!


「あなたの『におい』をずっと探していたんですっ!!!!」


「香ちゃん、でも……………!!……今なんて言った?」

 待って。頭がちょっと遅れて理解し始めた。なんか思ってたセリフと違う?

「私が追い求めていたにおい!初めてあったとき、運命を感じました!これだって!あなたから香った内なるにおい!私の鼻は騙せませんでしたよ!この15年間あなたに出会うために生きてきたようなものだと、私の体が言っています!しかも!まさかハンカチを拾って!ポケットに!?たまりませんでした!最高です!あなたのにおいが微かに染み付いています!私、もう我慢できなくて……ついつい…!昨日一日ずっと嗅いでいました。だけど…今日嗅いだら、においが…においが私のにおいに……!せっかく洗わないでとっておいたのに………!今朝も机に広げてどうしようか、悩んでいたんです…」

「うん………」

 やっべぇ………ぜんぜんわかんねぇ…!

 この子、なに言ってるの?

 においってなに?

 運命?

「菜千ちゃん?」

「え?」

 気づくと目の前に香の顔が。

「………」

 なんだろう。いろんな感情が混ざりあって頭の中がぐちゃぐちゃだ。心臓も逆に止まるんじゃないかってくらいにバクバク鳴っている。

「大丈夫ですか?顔が赤いですよ?」

 ち、近い…!鼻息がすごいよ?香さん?

「やっぱりいいにおいです…!」

 香は長い黒髪を耳に掛けて、赤くなった頬を緩ませている。目を細めており、顔全体を見るととても艶っぽい。

「………だ、大丈夫!大丈夫だから!」

 思わず後ずさる。このままだと彼女の世界に引き込まれてしまいそうだ。それになんだか怖い。

「あ…ご、ごごごめんなさい!つい興奮しちゃって……引きましたよね……」

 香は私の前にペタンと座り込んだ。

「いや、それは……」

 確かに圧倒された。この感覚は「引いた」という気持ちに等しいものなのかもしれない。しかし、そんなに悲しい顔されると、言いにくい。というか言えない。私は安易に人を傷つけたくないのだ。

「いいんです。中学校でだってみんな引いちゃって離れてしまったから………」

「……そうなの?」

 まぁ、正直こういう状況に陥った友達がいたとするのならば、遠ざかるのも仕方がない気がする。

「……私、中学生になって初めて自分が周りと違うことに気づきました。においに敏感なんですよね、私」

 ……なるほど、極度のにおいフェチみたいな感じか。

 どうりで興奮気味だったんだ。

「……最初は隠してたんですけど…ある日の理科の実験で発生した気体がすごい臭いを発してて。友達も、その後はその話題で持ちきりで。私も今まで嗅いだことの無いにおいを嗅いで、話に熱が入っちゃったんです」

 ………まさか今の感じで?さすがに友達も堪えたでしょ、それ……。

「そこからはみんな引いちゃって。そこから危ない人扱いされて、いつも一人でした」

 経緯は何にせよ、つらい経験をしたのだろう。思い出すのが辛そうだ。

「高校でもあんな思いをするくらいなら、人と関わるのは極力避けようと思ってました」

 俯き加減で話していた香は一変、キラキラと目を輝かせて私を見る。

「だけど、あなたとぶつかった時、感じたんです!いくら探しても見つけられなかった私の好きな『におい』が!全身を、快感みたいなものが駆け抜けたんです!運命を感じました!」

 おや?さっきとテンションがまるで違うけど?そんなに嬉しかったの?

 わっかんない………

「その時、私は決めたんです。この人についていこうって」

「は?」

 待って。違う違う。話が飛んでるよ、香さん?

 まさか、あの時私を見つめてたのは運命を感じてたから?んなバカな。

「そう思った矢先、まさかあなたから声をかけてくれるなんて……!それにハンカチ!神様が私達を引き合わせてくれたと思いました…!」

 仮に神様がいるなら私は言おう。絶対引き合わせちゃダメだって……!彼女おかしくなっちゃったよ!?

「だから、改めてこれからよろしくお願いします!」

「ごめん。一つだけいいかな」

 本当は一つには収まらないがこの空間に長居してはいけないと私の本能が叫んでいる。

 聞きたいこと。それは女子として、人として、傷つかないために。

「私って臭うの?」

 さっきから当たり前のように連呼してるんだけど、においって私特有のものなんだよね。

 私も一応臭いケアはしているのですが。周りに不快な思いをさせないよう。

 それを通過するほど臭ってるの?私が気づいてないだけで、

「あ!大丈夫ですよ!私だけにしか臭いが届いてない時が多いですから!菜千ちゃんがどうかは分からないですけど」

「あ、分からないんだ」

 最後見捨てたよね。臭ってる可能性アリってことだよね。一応女子だよ?気にするよ?

「ごめん。とりあえず今日は寄るところが出来たから帰るね…」

 私はそう言い残して香に見送られながら彼女の家を出る。

 その足で向かった先は、ドラッグストアの臭い消しスプレーのコーナーだった。





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