第2話 百井香とハンカチ

 さぁ。どうしよう。いきなりボッチだ。

 と言っても私だけではない。入学式の日なんて大抵はこんなもんだろう。

 一部、知り合い同士で楽しく話しているが。

「………て、あれ?」

 ふと前を見ると見覚えのある後ろ姿があった。

 ……さっきの女子ではないか!

 なるほど同じクラスだったか。これは運がいい。ボッチ脱却のため、この彼女のハンカチをダシに仲良くなろうではないか………!

「あのー、百井さん?」

「うぇっ!?は、はい!」

 変な声を出して香は振り向く。

 先程も思ったが黒くてサラサラした長い髪、ぱっちり開いた二重の目、小さくて筋の通った鼻、主張しすぎない唇。それに小顔。

 とんでもない美少女である。これはさぞかしモテただろう。

「あの、朝の……覚えてる?」

 さすがにあそこまで凝視していたら覚えていると思うが。

「も、もちろんです!」

 なぜか興奮気味に答える香。

「良かった。その時さ、これ落としたんじゃない?」

 ポケットから彼女の物と思われるハンカチを出して香に見せる。

 するとどうしたのか、目を見開く香。口もあんぐりと上げてワナワナと震えている。

「………あ、あわわわわ……!」

「え?ごめん、ポケットに入れてたのまずかった…?」

 もしかして潔癖のソレを持つ人種だろうか。だとしたら申し訳の無いことをした。

 しかし、彼女は私の声にハッとして「そんなことないですっ!!」と慌てて反論する。

「そっか、よかった…はい、これ」

 なぜか顔を赤くしている香にハンカチを手渡す。

 香は震える親指と人差し指でそっとハンカチを掴む。

 ……やはり潔癖なのだろうか。

「あ、ありがとうございます!」

 彼女はニヤケる口を必死にハンカチで押さえている。何がおかしいのだろう。

「あ、と…私は桃井菜千っていいます。これからよろしくね!」

「わ、私は百井香です。あの、『ももい』ってもしかして菜千さんも同じ名字なんですか…?」

 よかった。食いついてきた。

 ここから仲良くなるべく話を盛り上げていこう。

「漢字が違うんだけどね。あと、敬語じゃなくていいよ。タメだし」

「そ、そうですか?じゃ、じゃあ菜千ちゃん?」

「あー、呼び方も何でもいいよ」

 香はそのまま香でいいか。

「ていうか、香ちゃん大丈夫?すごく顔赤いよ?」

「え!?」

 いや、そんな驚かんでも……割りと自分でも気づいてたでしょ。ハンカチで顔隠してるし…

「あ!こ、ここれは!違う!違うんです!じゃなくて、違うの!悪気があった訳じゃなくて…その……ついついやってしまったというか……我慢できなかったというか…」

「へ?」

 何をそんなに慌てているのか。謎に弁解しているし。

 え?なに?もしかしてクスリでも、やってんの!?

 こんな子が!?うそぉ!?

「はい、皆さん席について下さい」

 その時、チャイムとともに担任と思わしき若い先生が教室に入ってきた。

「話をやめて、静かにしてくださいね。今から入学式についての説明をします」

 そのまま先生は話し始める。

 くそ。この先生のせいで話を中断されてしまった。

 何だ。結局何だったんだ。予想の斜め上を行く返答をされてつい聞きそびれてしまった。

 今話しかけるわけにはいかないし…

 ふと香を見ると前を向いて真剣に先生の話を聞いていた。顔をハンカチで押さえて。

 うーん。やっぱりクスリをやるような子には思えない。ただ、まだ接点は少ないが、少し変わっているのは分かった。

 あと、ハンカチをやたら顔につけるのが気になる。

「それでは移動します」

 まぁ、あとのことは式が終わってからでもいいだろう。

 私は列になって教室を出た。






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