第9話 視線

 店に入ると同時に、店員の快活なあいさつが店内に響く。

 賑わってはいるが客も店員も女性しかいない。


「……帰るか」


 あいさつしてきた女性店員。

 俺を見て一瞬驚き、すぐにスマイルに戻り、立ち去った。


「さっきから思うんだが、なんでそこまで自分に自信がないんだい?」

「……別にいいだろ。そういうやつだっているんだよ」

「ふーん……まぁ、自信はこれからつけていくといいさ」


 手近な服をみつくろいながら言う夏希。


「なにしてんの?」

「はい」


 また服を渡された。

 デニムのショートパンツと白無地半そでのシャツ。


「よくわからんけどかわいいんじゃね?」


 というか、夏希はなに着ても似合いそうだ。


「よし、じゃあ試着室へ行こう」


 本日は荷物持ちとして頑張りたい所存。

 試着室前に到着。


「はい」


 服を手渡す。


「はやく着替えなよ」


 あ、なるほど俺が着替えるのね。

 試着室のカーテンを開け、中へ入って……。


「って、なんで俺が!?」


 自然に着替えそうになったわ。


「似合うから大丈夫!」


 夏希はグッと親指をたてる。

 ぜったい似合うという自信に満ちあふれているようだ。


「ムリムリ」

「なにごとも挑戦しなければ変わらないぞ?」

「てかもうこれ単位うんぬん関係なくね?」

「……」

「急に黙るなよ!? 怖いわ!」


 無言で、しかもにらんできた。こわひ。


「安心しなよ。生まれてから今日まで、このように過ごしたボクが選んだ服だ。かならず似合うさ」


 またなんか言ってる……。

 誇らしげに胸を張る夏希。

 ところどころの仕草がかわいい。


 そして夏希もなぜか試着室へ入って、カーテンを閉じた。


「なにしてんの?」

「ボクが見守っててあげるから。さ、はやく」

「いやです」

「……えいっ」



 *



「いらっしゃいませー」


 疲れきった体にムチを打ち、声を出す。

 この店に務めて七年。

 二十五歳でも土曜出勤は辛い。


 まぁ、時おり客に話しかけ、うまいこと買わせる。

 レジは新人に任せておけばいいでしょう。


 今日も店員としてがんばろう。

 ほら、また新しい客だ。


「いらっしゃいま……」


 うわ、カップルだ……。

 高校生かな?

 中の下くらいの男と……うわなんだこの金髪美少女。


 ふざけんな。生まれてから今日まで彼氏できたことないのに。

 とりあえずいつものスマイルに戻り、あいさつを終え、すこし離れたところで動向をうかがう。


 最近のカップルってどんな感じなのか。

 あ、なんか服押しつけてる。


 拒否する男。

 あ、しぶしぶ了承してる。


 試着室へ……ってなんで女の子の方も試着室へ入ってんだよ!?


 こっそり近くへ……声が聞こえる。


「……えいっ」

「あ、おまえなにやってんだ!?」

「ズボンを脱がしました」


 なんで女子の方が脱がしてんだよ!?


「……うぉぉ、ぜったい着ないぞ俺は!」


 あの服おまえが着るの!?

 それはそれで問題では!?


 正義感からか、店員として試着室のカーテンを開けた。

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