第10話 もぐむぐ

 夏希が俺のズボンを脱がしてきた。

 ズボンを戻そうとする俺。

 それを防ぐためにしゃがみ、ズボンを下げてくる夏希。


 そんな攻防を繰り広げていると、不意に試着室のカーテンが開いた。


「…………」

「…………」

「…………」


 無言の三人。

 夏希だけきょとんとしている。

 しかしこの状況、傍目はためから見ると、女の子の目の前でズボンを脱ぐ男っていう感じで……。


「ご退店、願います」

「はい……」


 ニッコリ笑顔でそう言われた。



 *



「災難だった……」

「ボク男なのに……」


 とぼとぼと大通りを歩く。


「その恰好で、なんで男だってことは譲らないんだ?」

「誤解されたままなのは嫌だからね」


 すこし不満げな顔の夏希。

 あの後、誤解を解こうと努力した。

 しかしあの店員、夏希が男だということをまったく信じてくれなかった。


「疲れた……」

「どこかで休むかい?」

「そうしよう……」


 さっきのこともあり、心身はすでに疲れきっている。

 どこかで涼みつつ休みたい。

 近くのファストフード店へ向かった。



 *



 やはり休日。

 どの店も賑わっているのだろう。


「んぐもぐ……」

「……」


 注文を終え、テーブルへ着いたのだが……。


「どうしたんだい? もぐ急に黙ってもぐ」

「食べながら喋るな」

「もうひむぐない」


 たぶん、「申しわけない」って言ったと思う。

 小さなテーブルを挟むように座る俺ら。

 俺はハンバーガーやポテト、ジュースなどのセットを頼んだが……。


 夏希のトレーには、山のようにハンバーガーが置いている。

 周囲がザワつくぐらい。

 何個あるんだあれ……。


「そんなにハンバーガー、好きなのか?」

「好き!」


 元気。


「にしては、多くね? なんでそんな食えんの?」

「なぜかはわからないけど、みょうにお腹が空くんだよね」


 むぐむぐとハンバーガーをほおばる夏希。

 その食いっぷりに惚れぼれする。

 こんな細いのにどこに入っていくんだ……?


「そういえばコウくん、留年した理由、詳しく教えてくれないかい?」


 次にポテトをはむはむ食べながら聞いてくる。


「出席日数が……」

「ちがうちがう。なんで休んだんだい?」

「それは……」

「それは?」

「…………」


 本来なら、あまり言いたくはない。

 けどなぜか、夏希になら言ってもいいのでは。

 そう思ってしまう。


「昔の話だぞ……」

「いいよ。最後まで、聞くから」


 食べる手を止め、聞く姿勢をとる夏希。


「小学五年生のころ――」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る