第25話 火種

 改めて自己紹介をした後、フェイさんに勧められ、ミニエイル王国騎士団に仮入団した。

 通常の訓練の合間にフェイさんとの個人訓練。最初は突然入団した夏樹に対して周囲の騎士から良からぬ噂が絶えず、煙たがられていた。しかし、ほとんど休まず、がむしゃらに訓練し続ける夏樹を見て、徐々に周囲の騎士は認めていき、仲間として受け入れてくれた。


ーーー入団してから1年が経過した。


 ミニエイル王国騎士団の所有するコロシアム状になっている訓練場にて、見学席に集まった騎士達に囲まれながら中央で夏樹とフェイが対峙していた。


「さぁ、今日で入団1年だ。 ナツキ君、君の成長を見せてくれ」

「はい……全力で行きます」


 示し合わせたかのように訓練場が静まり返る。

 それを合図にフェイが滑り込むように切迫し剣を抜き放つ。

 夏樹は距離感を惑わすような踏み込みに対しても動揺せず、紙一重で躱す。さらに、空ぶった剣を指で摘み、ほんの少し軌道をズラすだけでフェイの態勢を崩した。そのまま、右拳がフェイの顎を捉える。


「……ぐっ!」


 平衡感覚が狂ったフェイの足を払い、乗しかかるようにして地面に押し倒す。眼前に拳を突きつけチェックメイト。


「……参った、僕の負けだ」


 静まり返っていた訓練場が歓声に包まれる。


「フェイさん本気じゃないでしょう」

「ふふふ……どうかな?」


 恐らく、顎を捉えた拳もその後の足払いもフェイさんが本気なら対応出来たはずだ。それでも、最後だから僕に花を持たせてくれたのだろう。


「ふぅ……全てフェイさんのおかげです。 1年前、フェイさんに出会わなかったら間違いなく腐ってた。 あなたが俺を救ってくれた、ありがとうございます」

「僕は大した事はしてないよ。 決意したのも、1歩踏み出したのも君だ。 ステータスは変わっていないけど、あえて言わせてもらう。 君は強いよ、誰よりも」


 フェイに礼を言い、抱き合う。


「……? フェイさん、胸になんか入ってます?」

「……!! あ、えっと……あぁ、そうか。 夏樹君は眼が見えないんだったね。 はぁ、何ともまぁ、今更というか何というか。 夏樹君、君はね、大きな勘違いをしているよ」

「勘違い?」

「僕は女だ」

「……えぇぇぇえええっ!!」

「ふふふ……驚きすぎじゃない? ちょっと流石にその反応は傷つくなぁ。 ……怒るよ?」


 フェイから凄まじい殺気を感じて後ずさる。


「すいませんでしたぁぁあ!!」


 謝りながら逃げる夏樹をフェイが追っていく。

 笑いに包まれる訓練場を後にして。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 燃える炎の中で募らせる。

 いつの間に、こんなにも溜まっていたんだろう。

 噴火寸前の溶岩のようにボコボコと煮えたぎる感情が渦を巻く。


 桁外れに強い相手と対峙しても、なんとか退けることが出来た。けど、その後が最悪と言っていいだろう。力を失った彼が、あんなにも取り乱すなんて思っていなかった。勇者という力に縋り付いていたこと、依存していたことに気付いていたはずなのに、気付かないフリをした私が悪い。


 王都襲撃から回復した時も彼の感情は爆発した……今回も同じ。私は忘れていた、彼は異世界召喚という不条理に出会した普通の青年であるということ。不安定になるのは必然だった。


『俺が勇者だったから一緒に旅をしていたんだろう?』

『俺はもう勇者じゃない、エインが一緒にいる意味、いや、義務はもう無くなったぞ、良かったな』


 違う、勇者だったから一緒にいたんじゃない。夏樹さんだから一緒にいたいと思った。義務なんてものに縛られていたわけじゃない。


『私決めました。 もっと強くなります。 夏樹さんを護れるぐらいに強くなります。』

 あの日の誓いが火種となり、心に淀む全てを燃やし、心を満たす業炎へと変わる。


「そうだ、夏樹さんを守るために。 私は強くならなきゃいけない、失わないためにもっと強く」


 燃える炎の行き着く先は……。

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