第16話 歪み

ーーーそれは記憶、覚えていたはずの、遠い日の記憶。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 は妹の由美の手を引いて、境内で遊んでいた年の近い友達の所へ連れていった。人見知りの由美は始めは大人しかったが、花一匁はないちもんめやかくれんぼをしている内に打ち解けて、明るい笑顔で笑うようになった。

 楽しい時間は、あっという間に過ぎて、夕日が山の間に隠れていく。門限があり、友達は先に帰った。


 夜の境内の隅、ちいさな泉のほとりで、残った由美と一緒に花火を楽しんでいる。

「この神社はね、眼の神様を祭っているんだって。天眼現神あめのうつしかみっていうの」

 由美が友達から教えてもらった知識を披露する。

「この神様はね、元々は眼が見えなかったんだって。 でもね、なんか良いことをしたご褒美に視えるようになったんだって」

「誰からご褒美もらったの?」

 由美はうろ覚えな話に突っ込まれたことで拗ねてしまう。

「んー、分かんない。 もっと上の神様とかかな! そうだよ、きっとそう!」


 最後の閃光花火が落ちたと同時に、周囲がやけに静かなことに気づく。

「何でこんなに静かなんだろう、虫の声ぐらい聞こえててもおかしくないよね?」

 由美の疑問に首を傾げる僕。


ーーーざわざわ


「ーーーっ! 何今の」

 由美が僕に抱きつき震えている。

 泉の水面が小さく波打つ。

 水面上の空間が歪み、は現れた。


「我は天眼現神あめのうつしかみ。 主が忌子か……」

 突如、出現した1つ目の化物が指を指差しながら、そう言った。

「忌子には罰を……主は少しばかり影響が大きい」

 化物が由美に手を伸ばす。由美を背に隠し、化物の前に出る。

「なんだよ、忌子って。 なんだよ、罰って。 いきなり出てきて訳分かんねぇこと言うな、由美には指一本触れさせねぇぞ」

「では、汝が代わりに罰を受けるか……それも良いだろう。 どちらも災いになり得る」

「お兄ちゃんっ!」

 後ろから泣き叫ぶ由美の声がする。

 化物の手が顔の前にかざされた直後、

「が……あぁ……あぁああ!」

 両眼に焼きつくような痛みが出現し、

「眼が……眼が見えない? なんだよ、これ」

で物を視ろ、人を視ろ、世界を視ろ。 それが汝の罰であり役目である」

 そう言い残し、再び歪んだ空間へと消えていった。


 は俯瞰した視点から、記憶を見つめる。

「なんだ、これは……。 確か、花火が終わった後の帰宅途中に俺は。 あんな化物知らない……。 いや、そもそも俺の記憶が……」

 意識の暗転と共に疑問は闇へと溶けていく。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「キサマ、ハナンダ」

 ゴブリン・エンペラーが砕けた左腕を垂らしたまま、立ち上がった男の青い眼を指し問う。

「コタエヌカ、ナラバ、……ッ!!」

 瞬きの一瞬で目の前に現れた夏樹を見て、言葉が途切れる。

 腰に下げていた剣を抜き、夏樹を逆袈裟斬りにしようと振るうが、ノーモーションで突き出された剣先を見て身を翻す。

「グ……キサマ……!」

 背後から殺気を感じとるが、無理な態勢のため避けられない。

「ーーー腐食コロージョン

 ゴブリン・エンペラーは口から黄緑色の息を放つ。

「ーーーーー!」

 至近距離で避けられない夏樹は、聞いた事のない言葉で何かを詠んだ。直後、魔法の吐息ごとゴブリン・エンペラーを弾き飛ばす。

「マホウガ、キカヌカ、ナラバ!」

 お互い同時に距離を詰め切り結ぶ。

 絶え間ない斬撃がそれぞれの身体に傷を増やしていくが、長くは続かない。

 お互いに示し合わせたかのように、飛び退く。

 再度構え直して、

「ガアァァァァァアアッ!!」

「ーーーーーーーーーっ!!」

 剣がお互いの腹部を貫く。

「グ、ゴフッ……グゥウ……」

 ゴブリン・エンペラーが先に下がり、

「ココマデダ……」

 そう言い残し、飛び去っていく。


 静まり返る戦場。遠くで戦う音がする、まだゴブリン達と戦っているのだろう。

 夏樹はふらつきながら、倒れているエインのもとへ向かう。


「う……うぅ……」

 奇跡的にまだ息がある。

 虫の息となっているエインに向けて夏樹は


ーーーキィィン!


「何やってんだ、お前えぇええ!!」

 飛び込んできたガハルドの剣に弾かれ、体勢を崩した夏樹の腹に重い蹴りが炸裂する。

 飛んでいった夏樹は空中で体勢を立て直し着地する。


「はぁ……はぁ……何だよ、俺達のいない間に仲間割れか? それにしてもやり過ぎだろう!? 一体、何が……夏樹、その眼……いや、違う、お前は誰だ」

 ガハルドの視線が鋭く夏樹を射抜く。

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