第58話「それぞれの戦い」

 王国間会議まで数時間。

 【運び屋】たちが【銀翼ぎんよく】アルシンと【断黒だんこく】ウアバイン・ルイサイトという最強の敵と戦っているまさにその時間に、七王国の国王が集まる王国間会議の会場には、続々と各国の軍が集結しようとしていた。

 ウィルトシャー平原に打ち捨てられた古城だった。

 先の一週間戦争で、一時的にアングリアの軍が使用した際に外壁は補修され、今回の会議に先立って清掃が行われている。

 わずかばかりの城下町をたくさんの騎馬が行き交い、そこにはまるで過去の喧騒が舞い戻ったかのようだった。


「ん~悪いけど、お姫さまには静かにしててもらう。ん~会議が終わるまで」


 城下町にある娼館の一室。

 長く使われていない埃だらけの部屋で、【六指むつゆび】シアンは、未だに残るぼろきれのような分厚いカーテンを持ち上げて、外を覗いていた。

 言葉のむけられた先には、縛り上げられたプリスニスの姿がある。

 彼女を守るはずの聖堂騎士団の姿はあたりになく、プリスニスはまっすぐに【六指】を見据えていた。


「ん~そう睨むな。暴れなきゃ殺さない」


 黒い眼帯の奥で、面白そうに目が笑う。

 時を見る水晶に視線を落とした【六指】は、約束の時間を確認した。

 八番目の王国の代表者たる、かの【聖王女】プリスニス・ロシュ=ベルナールを足止めする。

 彼女の請け負った仕事はそれだけだった。

 霧に紛れ、【六指】のギフトで自由に動くワイヤーを使って、プリスニスを馬車の中からかどわかす。

 あとはこの娼館に隠れて、時間の経つのを待つだけ。

 それだけで、命がけの第五層探索数十回分の金が手に入る。

 【銀翼】のパーティが解散したのは惜しかったが、今となっては幸運だった。

 あの外れギフト野郎に感謝だ。

 そう思うと、【六指】はまた、くっくと肩をゆすって笑った。


「ん~お姫さまはおとなしいな?」


 機嫌よさそうにプリスニスへと歩み寄り、ワイヤーが建物の基礎にしっかりと固定されていることを確認して、【六指】は部屋の隅にあるベッドにごろんと横になる。

 街中では、手下が何人も周囲の警戒をしているし、そもそもアーティファクトによる隠匿の効果が発揮されているここが見つかることはないだろう。

 死んだ【蒼炎そうえん】の魔法と違って、魔力マナ感知の力からも隠匿されるこのアーティファクトは、大迷宮でキャンプを張るときにも活躍してくれた。

 これからは今回のような使い方で活躍を続けてくれるだろう。

 パーティが解散するときに、餞別代りにと勝手に【銀翼】の荷物からぶん捕ってきたものだが、判断は間違っていなかった。

 【六指】はワインを革袋からごくりと飲み、満足げに目をつむった。


 ◇ ◇ ◇


 さらに同時刻、場所は王国会議の開催される、古城である。

 【聖王女】プリスニス・ロシュ=ベルナールは、【静謐せいひつ】と、近衛たる聖堂騎士団と共に軍議室へと足を踏み入れた。

 周囲にざわめきが走る。

 特にアングリア王国とドゥムノニア王国の家臣団からは、大きな驚きの声があがった。


「プリスニス」


「兄王……いえ、ドゥムノニア国王ヴォーディガン二世どの、ご機嫌麗しく」


 家臣団の中から姿を現したドゥムノニア国王に、プリスニスは自国の王としてではなく、他国の対等な統治者同士としての挨拶を返した。

 その瞳は厳しく、決意にあふれている。

 ヴォーディガン二世王はそれ以上言葉をかけることなく、上座側へと踵を返した。


「……失礼、ヴォーディガン二世王陛下、これは何の余興ですかな?」


 声をかけたのは、アングリア王国ジエキメルランだった。

 王族でないものが、直接王族に声をかける、しかも他国の。

 その無礼を咎めようと色めき立ったドゥムノニアの家臣たちを、ヴォーディガン二世は軽く手を上げて下がらせた。


「何のことだ?」


「神聖なる七王国の王国間会議に、王族とはいえ政治に関係のない王女殿下をお連れでしたので」


「……そのものは余とは関係ない。たった今、縁を切った」


「ほう、かの【聖王女】と縁を切ると――」


「そのほうがごときにはあずかり知らぬことだ。わきまえよ」


 重ねて嫌味を言おうとするジエキメルラン伯爵を、ヴォーディガン二世はぴしゃりと遮る。

 自らを今回の王国間会議のだと考えていた伯爵は、その迫力に慌てて頭を下げ、よろめくように脇へ下がった。


「……プリスニス。聞いた通りだ。今後ロシュ=ベルナールを名乗ること、まかりならぬ」


「はい。もとよりそのつもりです」


「……はげめよ」


 振り返りもせず、ドゥムノニアの王は席へと向かう。

 プリスニスは一つ大きく頭を下げ、唇を引き結んで顔を上げると、下座側へと向かった。


 ◇ ◇ ◇


「さて、もう頃合いだろう」


 王国間会議開始のラッパが鳴り響くころ、娼館のプリスニスが立ち上がった。

 ごろごろしていた【六指】が、抜け目なくナイフを構え、ぴょんと跳ね起きる。

 プリスニスにしっかりとワイヤーが巻き付いていることを確認し、念のためギフトの力で強く締めなおすと、納得したようにうなずいた。


「ん~なんだ? ん~確かに王国間会議は始まったころだけど、ん~もうお姫さまには関係ない」


「うるせぇ、もともとそんなもん関係ねぇんだよ!」


 突然の口汚い言葉に、【六指】は目を白黒させる。

 プリスニスはキツく縛られた腕に力を込め、ぐっと身をかがめた。

 ワイヤーがミシミシと音を立てる。


「ん~無理だ。第五層冒険者でも、ん~そのワイヤーは切れない」


「効くかぁ! こんなもん!」


 断言する【六指】にちらっと視線を向けたプリスニスは、次の瞬間、両手を広げてブチブチとワイヤーを切断した。

 【聖王女】と謳われたプリスニスの美しい姿は、見る見るうちに巨大な筋肉ダルマに姿を変える。

 ギフトとアーティファクトの力で姿を変えていたのは、あの【豪拳】だった。

 立ち上がった【豪拳】は、【六指】に襲い掛かる。


「んお~! あぶない」


「くっそ! 逃げんじゃねぇ!」


 吠える【豪拳】をものともせず、身をかわした【六指】が窓から飛び出す。

 追いかけ、窓から顔を出した【豪拳】は、しかし、彼女の姿をとらえることはできなかった。

 ちっと舌打ちをして、古城へと視線を向ける。


「逃がしちまったか……。まぁいいやな。俺の仕事はこんなもんだろ!」


 がははと笑った【豪拳】は、ベッドの脇に【六指】の残したワインを見つけてごくごくと飲み干す。

 ぷはぁっと息を吐き、丸太のような腕で口を拭くと、満足した様子で鼻歌を歌い、町へと向かうのだった。

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