第53話「兄ちゃん王国の野望」
アングリアの南西部を所領とするジエキメルラン侯爵が伯爵へと格上げになり、ウィルトシャー平原を含めた一体をアングリア王国領のウィルトシャー自由都市として治める。
どこから出た情報なのか、噂はその一点に集約していた。
「自由都市?」
「ええ、まぁ言ってみれば王国内に存在する別の国といったようなものです」
俺の疑問に、【
その答えはわかりやすく完結な答えであったが、俺には、それがいいことなのか悪いことなのか、俺達にどんな影響を及ぼすのか、まったく判断できなかった。
アミノやロウリー、それにマグリアまでも、俺と同じようく不安げに顔を見合わせた。
「それは、俺達にとって有利なのか? 不利なのか?」
「そうですね……最悪ではない……と言ったところでしょうか」
アングリア王国に所有権が認められ、我々冒険者が第六層へアタックできなくなるほど悪くもなく、七王国共通の土地として、料金さえ支払えば誰でもアタックできるほど良くもない。
自由都市圏となれば、第六層直通の入り口には都市が作られ、ジエキメルラン伯爵の裁量次第ではあるものの、各国の冒険者がアングリアへ料金を支払い、出入りする場所になるだろう。
問題になるのは、我々がアングリアに追われる身であるということと、治めるのがあのジエキメルランであること、そして基本的な法はアングリアのものが使われるだろうということだった。
「お尋ね者は変わらず……か。しかし、そんな条件で本当に話はまとまるのか?」
「ドゥムノニアとしては、内通者であるジエキメルラン伯が自治すると言うだけで、ここは良しとするのかもしれません。もちろん今後、ドゥムノニアの息のかかった官僚や婚姻相手を送り込むことで、実効支配を強めていくことにはなるでしょうが」
とにかく、アングリア王族の直接支配から抜け出すというのは大きいのだと、【静謐】は語った。
七王国会議の思惑としても、アングリアの領土という体面を守りながら、その力を削ぎ、かつ、他の王国の冒険者がある程度自由に使えるその条約は、最善ではないが次善の策ではある。
そんな、どの勢力もギリギリのところで一歩ずつ譲歩した、その末の落とし所なのだろう。
しかし。
「アングリア王国に追われる身である俺たちは、冒険者を続けられるのか?」
「ジエキメルラン伯爵の胸先三寸……でしょうね」
「……俺が頭を下げる程度でいいなら、いくらでも下げるが」
「もしそれで恩赦を受けることができたとしても、アングリアへ所属を戻せば、どのような扱いを受けるかは自明でしょう」
「しかし、ドゥムノニアとジエキメルランがつながっていることもわかっているんだ。ドゥムノニアに所属しても同じじゃないか? ならいっそ別の国のほうが……」
「他の国へ籍を移したとしても、アングリアへの体面上、行動はかなり自粛せざるを得ないでしょう。やはり当初よりの契約がある分、ドゥムノニアに身を置くのが一番得策ではあると思います」
いくら天才的な頭脳を持っているとは言え、やはり【静謐】も冒険者なのだ。
普段から政略のみを目的としている者たちの暗さには太刀打ちができない。
しかしまた、それだからこそ、俺は【静謐】のことを信用できた。
「もうさぁ、面倒だから兄ちゃんが国作っちゃえばいいじゃん」
おかわりのエールを運んできたアミノの後ろから、ロウリーが無責任に言い放つ。
苦笑いを返した俺は、アミノから受け取った冷たいエールを胃に流し込んだ。
「話はそう簡単じゃないんだ、ロウリー」
「なんでだよー。どうせどの国の土地かも決まってない場所だろ? そこに『兄ちゃん王国』を作ったって、誰にも文句言われる筋合いはねーじゃん」
「くすっ、ロウリー『兄ちゃん王国』って」
思わずアミノが吹き出す。
不満げなロウリーは、ちゃっかり俺の隣に座ったアミノのお尻に割り込み、テーブルの上のナッツをぽいと口に入れた。
「なんだよ、いいだろ『兄ちゃん王国』」
「にゃはは、せめて『アイベックス王国』とかにしてあげてほしいにゃん」
「いやそもそも俺が王ってところが間違ってるぞ」
「……いや、いいかもしれませんね」
わいわいと無駄なことを話していた俺たちの間で、【静謐】がぱっと顔を上げる。
その視線は俺を通り過ぎ、ロウリーの前で止まった。
仲間を得て、ロウリーが、これみよがしにない胸を張る。
「だろう? わかってんじゃんアンティ! いいよな! 『兄ちゃん王国』!」
「いえ、名前のことではなく。あの土地を先に実効支配してしまうのは悪くない手だと思いますよ、ロウリーさん」
【静謐】の本名を呼ぶロウリーを気に止めもせず、【静謐】の視線はもう一度俺に戻った。
「ただ、もう一つ。大義名分と言うか、お題目がほしい。あの土地を正式に治めるに足る何かがあれば、王国間会議の始まる前に情勢を決めてしまえる……」
物騒な話だ。
まだあーだこーだと国の名前を考えているロウリーたちと、一人思索にふける【静謐】のどちらにも参加できない俺は、もう一口エールを煽った。
そこに現れたのは、昨日のドゥムノニア兵。
彼は昨日とは打って変わって、晴れ晴れとした表情で俺たちに来客を告げた。
「申し訳ないが【運び屋】ベゾアール・アイベックスどの、貴殿に足を運んでいただきたい」
来客の名前も告げず、わざわざ別の宿での面会を求める。
俺は【静謐】と顔を見合わせ、ゆっくりと立ち上がった。
「出向くのは構わないが、【静謐】もいっしょでいいんだろう?」
「はっ……【運び屋】どの以外との面会については何も……」
「俺一人でここにいる全員の運命に関わる話を決めることはできないんだ」
頭を悩ませるドゥムノニア兵をよそに、アミノとロウリー、マグリアまでもが、いそいそと外出の準備を初めていた。
【静謐】も笑ってケープを肩にかける。
「まぁ何も聞いていないのであればここで考えても仕方ありません。とにかく行ってみて、そこで改めて話をすればいいでしょう」
「そうだぜ! 兄ちゃんもドゥムノニアのおっちゃんも、無駄に悩みすぎだよ」
「ええ、そのとおりです。行きましょう!」
アミノとロウリーが先陣を切り、俺達は酒場を出る。
太陽は頂点近くにさんさんと輝き、俺たちはダンジョンから生還した直後のように目を細めた。
思わず足を止めた俺に、【静謐】が顔を寄せる。
「大義名分が……来てくれたようですね」
その言葉に俺は、太陽が三倍にも膨れ上がったかのような眩しさを感じ、思わず【静謐】を振り返った。
彼は俺の肩にぽんぽんと手を載せ、そのままアミノたちの後を追う。
一人残された俺は、ロウリーに大声で名前を呼ばれ、慌ててその後ろへと駆け寄った。
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