八王国

第52話「誰の筋書きでもなく」

 ドゥムノニア国境の街、商業都市エディントン。

 先の一週間戦争で、一時はドゥムノニアの支配下にあったこの街は、もうすでに平時の活気を取り戻していた。

 俺を含め三十二人の冒険者は宿を一つ借り切り、酒を酌み交わしている。

 しかしその表情は、一様に浮かないものだった。


「約束が違うじゃねぇか」


 めんどくさそうにジョッキの酒を飲みほした【豪拳ごうけん】が、目の前のドゥムノニア兵を睨む。

 相手はただ恐縮して頭を下げるばかりだった。


「殿下におかれましては、約束どおり貴殿らを迎える準備を我々に命じておられました。しかし、どこからか情報が洩れ、陛下より勅が下されてしまったのです」


「ちょく?」


「王様の命令だにゃん」


 ロウリーの疑問にマグリアが答える。

 ドゥムノニア兵はうなずき、話をつづけた。


「停戦中につき、アングリア王国との間に波風を立てるようなことはまかりならぬ……と。殿下も正論である陛下のお言葉を無碍むげにすることもできず、貴殿らにはひとまずこの街で待機してほしいとの仰せでした」


「ひとまずここに居てどうなるよ。俺たちゃもうアングリアじゃお尋ねもんなんだぜ?」


 あいかわらず【豪拳】の舌鋒は鋭い。

 俺はとりあえず彼をなだめて、ドゥムノニア兵へと向き直った。


「プリスニスの状況は分かった。しかし、ひとまずとはどのくらいだ? 【豪拳】の言うとおり、俺たちもあまりアングリア国内に長居はできないんだが」


「数日のうちに、ここより南のウィルトシャー平原について、両国が正式に国境を決めることになっています。少なくともそれまで、ドゥムノニアの不利になるようなことは控えよとのことです」


 その後も色々と話し合いはあったが、結局のところそれ以上の情報は何もつかめなかった。

 ドゥムノニア兵の退去後、俺や【静謐せいひつ】へ文句を言うこともできない冒険者たちは、三三五五部屋へ戻る。

 最後には、俺たちのパーティと【静謐】だけが残った。


「はめられましたね」


「そうとも限らんだろう。ドゥムノニア国王の言葉も正論だ」


「それはそうでしょう。はじめからこうなるように仕向けたのでしょうから」


「……どういうことだ?」


 【静謐】の説明はこうだった。

 国境の問題は、第六層へ直通できる大迷宮への新たなる入り口に尽きる。

 もともと国境線のあいまいな場所であるとはいえ、慣習的にウィルトシャー平原はアングリア王国の領土として扱われることが多かった。

 今度の王国間会議でも、七王国から派遣される立会人は基本的にアングリアの国土として権利を認めるだろう。

 しかし、それはアングリアに強力な武力があるからと言う側面が強い。


「ですが、今回は第六層への直通路が関連します。世界で唯一第五層への直通路を持つアングリアが、第六層への直通路まで手に入れてしまうことは、他国も認めたくはないはずです」


 そこで、アングリアから、少なくとも王国間会議の間だけでも、最強の武力を引きはがす必要があった。


「最強の武力?」


「そう。つまり、我々冒険者です」


 南方派閥、つまりドゥムノニアとのつながりのあるジエキメルラン侯爵の号令の元、我々は追い詰められ、国を出ることを決める。

 そう考えれば、あの性急すぎる対応も納得のいくものだった。


「あくまでもドゥムノニアが引き抜いたのではなく、冒険者が自分の意思で国を出るのが理想的な展開でしょう。あのプリスニスと言う【聖王女】もなかなか食わせ物だ」


「まて、プリスニスは関係ないだろう?」


「どうですかね。どこからが政略で、どこまでが偶然かなど、神ならぬ私たちには想像もつきません」


「あいつは正直だ。自分の臣下や名誉を本当に大切にしている。そんなだまし討ちのようなことはしないはずだ」


「臣下を大切にするからこそですよ。……【運び屋】さんは人がよすぎる」


 やがて【静謐】は立ち上がり、ワインを一つ持って部屋へ下がった。

 酒場に残され、大きくため息をつく。

 背中にどっと疲れが押し寄せ、俺は小さくうめき声を上げた。


「くそ……ぜんぶ俺の責任だ。みんなを連れてきたのは俺だし、プリスニスと連絡を取っていたのも俺だからな」


「ベアにゃんの責任? なにも問題はないにゃん」


「そーだよ、なんも問題ないだろ?」


「そうですよ。気にする必要はないと思います」


 マグリアの言葉に、ロウリーとアミノが追従する。

 慰めてくれるのは嬉しいが、ここで責任を放棄するわけにはいかない。

 俺は首を振った。


「責任はあるさ。みんなを連れ出したのは俺だ。安心して冒険者をつづけられる場所まで無事に連れて行く責任がある」


「だから、問題ないにゃん。現状がドゥムノニア派の思惑通りなら、ジエキメルラン侯爵領のここにいる限り、にゃーたちは安全にゃん。王国間会議が終われば、ドゥムノニアでも二つ名持ちは欲しいから、きっと受け入れられるにゃん」


「そーだよ、少し予定より遅れるってだけだろ」


 言われてみればそのとおりだ。

 だが、何となく引っ掛かりがあって、俺は素直にうなずけなかった。

 にっこりと笑って、アミノが俺の手に手を重ねる。


「ベアさんは、みんなを政略に巻き込んでしまったと考えてるんですよね?」


 アミノの美しい瞳を見て、俺は納得する。

 そうだ、そこが引っ掛かっていたんだ。

 俺の考える冒険者は、政治の闇なんかに関わっちゃいけない。

 みんながどう考えているかはわからないが、俺は仲間の冒険者を汚してしまった、そんな気持ちになっていたのだ。


「でも、それはベアさんの勘違いです。ベアさんはみんなを助けたんですよ。それに……」


「それに?」


「わたくしたちは自由な冒険者です。ここにいるのも、全部自分で選んだ道です。それぞれの決断にまでベアさんが責任を持とうというのは、ベアさんの理想とする冒険者を責任も取れないような子ども扱いするようなものです」


「そうだぞ、兄ちゃん。あたしらはみんな、兄ちゃんのことが好きでついて来てんだかんな」


「そうにゃ。ベアにゃんは考えすぎにゃ」


 三人に笑顔と元気をもらい、俺はやっとうなずくことができた。

 部屋へ戻り、久しぶりに監視のつかない夜を過ごす。

 次の日、昼近くに目を覚ますと、街は王国間会議のうわさで持ちきりだった。

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