第51話「脱出」

 深夜の路地裏に、剣戟の音が何度も響いた。

 【断黒だんこく】ウアバイン・ルイサイト。

 ソロで第五層を探索した伝説の冒険者は、今や貴族の犬へとなり下がり、俺たちの前に立ちはだかっていた。

 二つ名の元になった漆黒の剣は、ギフトの力で空間を裂き、全てを断ずる。

 【断黒】は、あまりの強力なギフトゆえに、無敵の異能者とも呼ばれていた。


 アミノのパイルバンカーも、【断黒】のギフトの前には切断されるべき対象に過ぎない。

 剣で受けられそうになるたびに武器を引き、斬りつけられる剣は受けることができない。

 そんな戦いはもう、尋常な戦いとは呼べなかった。

 俺もアミノもギリギリでなんとか身をかわしているものの、あちこちをそぎ取られている。

 俺の持つ剣もすでに何本も切り裂かれ、そろそろ在庫も厳しくなるころ合いだった。

 何度目かの剣戟を大きく避け、アミノは地面に転がる。

 俺が補助に入るより早く、【断黒】の剣は、とどめを刺すために振り上げられた。


「首! もらったぁ!」


 ロウリーの声が響く。

 【断黒】は、とっさに剣を構えなおし、後ろを振り返った。

 しかし、声のする場所にロウリーはいない。

 そのわずかな隙に、俺はアミノを抱きかかえ、距離をとることに成功した。


「きさ……ま!」


「へへーん、うっそだよー!」


 まったく逆の方向から、ロウリーの短剣が飛ぶ。

 それ自体は黒い鎧に難なくはじき返されたが、【断黒】の平常心を乱す役には立った。

 千載一遇。

 俺はアミノを地面に置き、背後から【断黒】に迫る。

 しかし、すぐに振り返った【断黒】の黒い剣は、まっすぐに俺を狙った。


「ベアにゃん!」


 マグリアの声。

 何度も練習した、戦闘時の連携。

 俺は身を投げ出し、マグリアは呪文を唱えた。


「カリ=ユガの閃光だにゃ!」


 もうすでに人類には忘れ去られた神の名を言霊として、詠唱を省略した光の魔法が、【断黒】の視界をふさぐ。


「ぐぉ……おぉぉぉ!!」


「ベアさん!」


 【断黒】の咆哮に、アミノの声が続いた。

 触れたものを空間ごと切断してしまう黒い剣は、めくらめっぽうに振り回されているだけでも近づくことは難しい。

 それでも俺は、アミノを信じ、その瞬間を待った。

 アミノの持つアーティファクトにより、一瞬だけ固定されたに頭をぶつけて、【断黒】はよろめく。


「今です!」


 ほんの一瞬のすきだった。

 俺は禍々しい剣へと手を伸ばし、【断黒】のギフトを物質化する。

 そして物質化したギフトをつかみ、リュックへと


 次の瞬間には、【断黒】の視界は回復し、寸分たがわず俺に向かって剣を振り下ろす。

 かわし切れない速度のその剣を、俺は幅広の剣で受け止めた。

 金属同士のぶつかる甲高い音が響く。

 【断黒】は、つばぜり合いで黒い剣を受け止める俺を、信じられないものを見る目で見降ろした。


「な……に?!」


「よし! もう【断黒】のギフトはかたづけた! アミノ!」


「はい! ベアさん!」


 単純に力の差でじりじりと押される俺の横から、アミノのパイルバンカーが突き出される。

 黒い剣が受け止めた瞬間、アミノの両目が怪しく輝いた。


「インジェクション!!」


 蒸気と共に打ち出された槍先は、黒い剣の刀身で動きを止める。

 ぐぐっと力を込め、パイルバンカーを弾き飛ばそうとする【断黒】は、黒い兜の奥でニヤリと笑った。


「いけ! アミノ!」


「イン……ジェクション!!」


 さらにもう一度、アミノのギフトが発動する。

 ガラスの表面のように滑らかな漆黒の剣にクモの巣のようなヒビが走り、次の瞬間、粉々になって吹き飛んだ。


「ぐぉぉぉ!」


 アミノのパイルバンカーや【銀翼】の両剣イカロスのように、ギフト専用武器には、尋常ではない量の魔力が込められている。

 破片となって吹き飛んだ黒い剣は、魔力の爆発を起こし、【断黒】を吹き飛ばした。

 俺はその瞬間を狙い、俺たちの方向へ来る爆発の衝撃を、物質化してリュックにしまう。

 それでも余波に少し飛ばされた俺たちは、お互いに体を支えあい、何とか息をついた。


「兄ちゃん! アミノ! やったな!」


「やったのにゃん!」


 ロウリーとマグリアが駆け寄る。

 ぼろぼろの俺たちは、みなで支えあい、笑顔をかわした。


「へへー、あいつ大したことなかったな!」


「ロウリーはすごいですね。わたくしにはとてもそんなこと言えません」


「確かにな、もう一度戦えと言われても絶対にごめんだ」


 ロウリーの軽口に、俺とアミノは呆れて笑う。

 その時、瓦礫の山がぐらりと動き、大きく崩れた。


「……どうやらまだ生きてるみたいにゃん」


 マグリアがくんくんと鼻を鳴らし、眉間にしわを寄せる。

 崩れた瓦礫の山から立ち上がった漆黒の鎧は、全ての隙間からどろりとした血液を吹き出し、俺たちを睨んだ。


「ゆる……さん! 許さんぞ……【運び屋】!」


「俺たちは国を去る。【断黒】、あんたの許しは必要ない」


 傷だらけのアミノを背中にかばう。

 マグリアは残った魔力をかき集めて詠唱の準備をし、ロウリーは懐から投げナイフを取り出した。


「ふふ……ふははは! 勝った……つもりか?! 我を倒しても、どうせ貴様らに未来は……ないぞ」


「それはどうかな?」


「言ったは……ずだ! この街にはもう、アリの這い……出る隙も……無い!」


 哄笑した【断黒】の口から、大量の血が吐かれる。

 俺はそれを冷静に見ながら、時を見る水晶で時間を確認した。


「時間だ」


 頭上に羽ばたきの音が鳴る。

 第六層アーティファクトの力により操られ、人を運ぶ翼。

 【断黒】の見上げる先には、中型のワイバーンが旋回していた。


「お待たせしました。【運び屋】さん」


「いや、時間どおりだ【静謐せいひつ】」


 ワイバーンには通常2~3人しか騎乗することはできない。

 俺はアミノ、ロウリー、マグリアをリュックに入れて、【静謐】の手を取り飛竜の背に乗った。

 飛竜の翼は力強く空気を打ち、瞬く間に上昇する。

 俺を呪う【断黒】の声が、夜の街に響いた。


「……そのリュック、三十人近くの冒険者が入っているのですよね?」


「ああ、そうだが?」


「何度見ても恐ろしいギフトですよ。【運び屋】さん」


「そうか? ポーター程度にしか役に立たないギフトだが」


「……まったく、私はあなたと敵にならなくてよかったと、心から思いますよ」


 飛竜は一路、南西のドゥムノニアへ向かう。

 俺は【静謐】の言葉に「ほめすぎだ」と答え、初めて見る空の旅の景色を心から楽しんだ。

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