第50話「断黒」

 暗闇の裂け目から、【断黒だんこく】の禍々しい鎧が姿を現した。

 元第五層レベル冒険者。引退するまでは王国最強……つまり、世界最強の名をほしいままにしていた、ソロ冒険者だ。

 その剣は、ギフト能力で空間をバターのように断ち斬る。

 アーティファクトの力で音を消し、ギフト能力で空間の裂け目に姿を消すこの男は、全てのモンスターを不意打ちで切り裂き、殺してきた。

 それでもその殺気だけは、同じようなギフトを持つロウリーには、真夜中に光を放つランタンのように、ハッキリとした目印となっていた。


「アミノ!」


「はいっ!」


 パイルバンカーをアミノへと放り投げ、俺は立ち上がる。

 【断黒】の背後に姿を現したロウリーがナイフを滑らせたが、黒い鎧には傷一つついていなかった。

 もう一度、ロウリーは気配遮断で掻き消える。

 真っ黒な鎧の中の目が、一瞬その方向へ向いたすきを窺って、アミノは突進した。


「インジェクションッ!」


 初手から最強の技を出す。

 固定された空間から、高圧の蒸気で射出されたパイルバンカーは、【断黒】の黒い剣で迎撃された。

 どんなに巨大な剣のつばぜり合いでも、インジェクションは抑え切れない。

 そう判断したアミノはパイルバンカーを引かず、さらに押し込んだ。


「?!」


 ずるりと、パイルバンカーが横滑りした。

 そのまま突っ込みそうになったアミノは、一瞬の判断でアーティファクトによる固定空間を作り、それを蹴って横に飛ぶ。

 巨大なパイルバンカーをぐるんと回して着地したアミノは、その切っ先を見て驚愕した。

 今まで、どんなものでも貫いてきた強靭なパイルバンカーの切っ先が、手のひらほどの長さで斜めにそがれている。

 ぐにゃりと曲がった切っ先では、もうパイルバンカーは武器として役に立たないように見えた。

 そがれた切っ先の金属が、【断黒】の足元でがらんと音を立てる。


「空間を斬る……闇の剣。我に……斬れぬもの……なし」


 黒い鎧がガチャリと音を立てるのと同時に、【断黒】が初めて口をきいた。

 アーティファクトの「音を消す」能力を解除したのだろう。

 勝ち誇り、肩を揺らして笑う【断黒】。

 しかしその時、俺たちのもとへもう一人の仲間が姿を現した。


「アミノにゃん! ロウリーにゃん! パイルバンカーをこっちによこすのにゃ!」


 路地裏から、ネコのようにしなやかにマグリアが駆け寄る。

 同時に【断黒】の足元をかすめて走ったロウリーは、パイルバンカーの破片をつかみ、放り投げた。

 空中で破片をつかんだマグリアが、そのままパイルバンカーの切っ先に手を這わせる。

 第六層で見つけたマグリアのアーティファクトが輝き、次の瞬間、アミノのパイルバンカーは、の状態に巻き戻った。


「にゃはは、初めて役に立ったにゃん」


「マグリアさん! ありがとうございます!」


「なんのなんの~……あ? ふにゃぁ~、このアーティファクト……いっぱい魔力を消費するにゃ……」


 ふらふらとよろめくマグリアを、俺は慌てて抱える。

 冒険者の、しかも魔術師の中でもかなり上位の魔力量を持つマグリアですらこれだ。

 このアーティファクトは確かにマグリアにしか使えない。

 上級鑑定員がマグリアを名指ししたのもうなずける話だった。


「ちょっとしばらく魔法は使えそうにないにゃん」


「ああ、充分だ。休んでいろ」


「そうさせてもらうにゃん」


 マグリアを背中に隠し、俺はリュックから取り出した幅広の剣を【断黒】へ向ける。

 ちらりと時間を確認すると、もう23時40分を少し過ぎていた。

 あと10分。


「時……間が、気になる……か?」


 俺たちの窮地が楽しくて仕方がないとでもいうように、【断黒】がまた笑う。

 その言葉と笑いは、俺たちの作戦が時間まで漏れていることを示していた。


「街の……まわり……は、軍が固めて……いるぞ。我以外の……元第五層冒険者の……率いる軍が……な」


「元第五層冒険者だと? 街のまわりをそんな人数の軍が? いや、そもそもジエキメルラン侯爵の一存で、軍が街を包囲するなどできるわけがない」


「アン……グリア王国のかなめたる……二つ名持ちの流出は……国も捨て置けぬ。もう……アリの這い出る……隙もない……あきらめろ」


 うかつだった。

 離脱する冒険者の名前まで漏れていたとは想定外だった。

 今回アングリア王国を脱出すると決めた冒険者三十名のうち、俺を含めて十八名は二つ名持ちだ。

 つまり第五、第六層冒険者の中でも、ほぼトップに居るものすべてと言うことになる。

 あのドゥムノニアによる鉄化事件の被害者である彼らのほとんどは、――【銀翼】たちをのぞく全員はと言い換えてもいい。【静謐せいひつ】を含め、みな俺に恩義を感じ、そして賛同もしてくれていたのだ。

 確かに二つ名持ち十八名に加え、将来有望な第三層~第五層冒険者複数名、加えて「次世代の英雄」の離脱は、王国の痛手になりうる。

 だとすれば、いかに自由な気風のアングリア王国とはいえ、手を下したとしても不思議はなかった。

 だが――。


「――あきらめるわけにはいかない。なにしろ俺の肩には、三十人からの命が預けられているもんでな」


「いい……だろう。あがけ。我は……貴様の命を……絶つのみ」


 ガチャリ、ガチャリ。

 対峙した状態からでは不意打ちもできない。

 【断黒】はフルプレートを高らかにならしながら、剣を構え、近づいた。

 俺も剣を構え、前に出る。

 時間を確認すると、まだ作戦の時間まで七分もあった。

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