陰謀の王国

第47話「第六層レベル冒険者」

 ギルドの会議室で黒仮面卿とやらにあった翌日から、俺たちは毎日のように酒盛りを開いた。

 冒険者ギルドからの報奨金は、しばらくどんちゃん騒ぎを続けても減る様子も見えない。

 しかし、最初は喜んで飲み食いしていたアミノやロウリー、マグリアも、さすがに一週間も酒盛りが続いたあくる日、不満げに宿舎のドアをたたいた。


「あー、なんだこんな朝っぱらから……」


 アルコールの抜けきらない頭で、あくびをかみ殺しながらドアを開ける。

 三人は俺を押し込めるようにして部屋に入り、窓のない部屋に明かりをつけた。


「うっわ、部屋の中まで酒臭いぞ、兄ちゃん!」


「ほんとですよ。さぁベアさん、顔を洗ってください」


 アミノが俺の手を引いて、小さな桶に入った水とタオルをよこす。

 その間に、ロウリーはテーブルを引っ張り出し、うっすらと積もったほこりを拭いていた。

 冷たい水で顔を洗い、テーブルに着く。

 テーブルに並んでいたのは、熱いスープとリンゴが一つ。パンには刻んだピクルスが山盛り乗っていた。


「……なんだこれ?」


「二日酔いに効くんですよ」


「酒場のおばちゃんに聞いたから間違いないよ」


「にゃはは、かいがいしいですにゃあ」


 ベッドに腰を下ろして俺たちを眺めていたマグリアが、笑って茶化す。

 俺はぶぜんとした顔のまま、ピクルスの漬け汁がしみ込んでめちゃくちゃ酸っぱいパンを食べた。


「ベアさん、わたしたちついにの探索許可が出たんですよ」


 熱いスープで口をすすぐ俺に、楽し気な顔を近づけたアミノがそう切り出す。

 思わず「なんだって?」と聞き返した俺に、笑顔を交わしたアミノとロウリーは口をそろえた。


「第六層冒険者ですよ! ベアさん!」


「あたしらついに第六層冒険者になったんだよ!」


「いや、ちょっと待て。だと? それは間違いないのか?」


「間違いないにゃん。今回の戦功と戦いの実績を持って、【運び屋】パーティは特例として第四、第五層を飛び越えて第六層パーティになったのですにゃ」


 また特例だ。

 しかも特例中の特例と言えるだろう。

 この短期間でこれだけ冒険者レベルを上げたことも、途中の階層の実績を飛び越えることも、過去に例がない。

 そもそも第六層レベルの認定を受けているパーティ自体が少ないのだ。

 俺はそのあまりにも急なレベルアップに、何か嫌な雰囲気を感じた。


「それで? 今日はその報告に来たのか?」


「ふっふ~ん。ちがうんだなぁそれが」


「そうです。それだけじゃないんです」


 めずらしく、ロウリーのノリに合わせてアミノが話をもったいぶる。

 ニコニコと笑うアミノは相変わらずかわいらしいのだが、俺は話の先をマグリアに促した。


「じつは、さすがに最初の第六層探索には、ギルドから助っ人を手配されることになったにゃん」


「あー! マグリア! 言うなよ~!」


「そうですよ! 酔っぱらいのベアさんには、もう少しじらしたかったのに」


「助っ人?」


 きゃーきゃーとかしましい二人は置いといて、俺はマグリアに続きを聞く。

 続きを話しかけたマグリアをさえぎって、アミノとロウリーは、我先に続きを話した。


「すごいですよ! 伝説の元ソロ第五層冒険者の――」


「あの【断黒だんこく】が力を貸してくれるんだって!」


「しかもその費用はギルドが負担してくださるそうで」


「見つけたアーティファクトも全部あたしらの取り分にしていいって!」


「わたしたちの準備ができ次第出発できるそうです!」


「だからさ、兄ちゃん!」


「早く酔いを醒まして、今日にでも出発しましょう!」


「……と言うことですにゃ」


 戦争から帰った日の出来事を、俺はアミノたちに話していなかった。

 その口から【断黒】の名を聞いた俺は、めまいを感じてテーブルに肘をつく。

 俺のその姿を見て、盛り上がっていたアミノたちは、心配そうに顔を覗き込んだ。


「大丈夫ですか?」


「だらしないなぁ! しっかりしろよ兄ちゃん!」


「……いやすまん。だが、さすがに第六層へのアタックだ、今日明日と言うわけにはいかないな」


 わざと大声でそこまで話すと俺は立ち上がり、今まで開け放していたドアから廊下を見回す。

 首を伸ばしてこちらを見ていた管理人兼護衛コンシェルジュと目が合うと、彼は気まずそうに顔をそむけた。

 ギルド宿舎のコンシェルジュ。いつも顔は見ているはずだし、何人かが交代で務めているのは知っているが、あんな顔の男がいただろうか?

 そっとドアを閉め、席に戻った俺は、マグリアに耳打ちした。

 マグリアは、いつもどおりのネコのような笑顔を変えないまま、即座に探査魔法を唱える。

 天井、床下、隣の部屋、廊下。

 周囲すべての探査を行うと、彼女は小さくうなずいた。


だれもいないにゃん。それから盗聴系の魔法も感じられないにゃ」


「よし、それなら……」


 次にアーティファクトの「時を計る水晶」で時間を確認。

 事前に【静謐せいひつ】と打ち合わせていた時間ごとに決めたいくつかの予定座標へ、ロウリーに合図の音を飛ばしてもらった。

 三つ目の地点で、すぐに返答がある。

 よほどのことがない限りこの連絡手段は使わない予定だったため、【静謐】の声はすでに緊迫していた。

 不思議そうに俺を見ているロウリーたちにはあとで説明することにする。

 今はとにかく現状を【静謐】に告げた。


『先手を打たれましたね……すみません、わたしの予想より向こうの動きが速い』


「いや、これも俺が何も考えずに賄賂を突っ返したせいだろう」


『……受け取っていても別の面倒に巻き込まれたでしょう。とにかく、今夜の酒盛りで、信用できる冒険者には全員声をかけ終えます。第六層探索については、できる限り引き延ばしてください』


「わかった。例の計画は――」


『三日後に』


「――大丈夫か? そんなに前倒しにして」


『万全とは行かないでしょうが、冒険とはそんなものでしょう』


「……そうだな。苦労をかける」


 そういった俺の声に、【静謐】は小さな笑い声で答えた。

 会話を終え、通話を終える。

 アミノ、ロウリー、マグリアは、三者三様の表情で俺を見ていた。

 停戦のあの日から、俺と【静謐】が中心になって進めていた計画を、三人に話す。

 話し終えたあとに帰ってきた表情は、皆同じだった。

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