第48話「カラ元気」

 その晩の酒盛りに、俺は参加を取りやめた。

 外聞としては「第六層へのアタックへ向けて体調を整えるため」だったが、【静謐せいひつ】たちが行動しやすくするためと言う側面が大きい。

 その後、陽動のために【運び屋】パーティとして第四層へのアタックを何度か行ったが、その間も俺たちには監視の目が光っていた。


 そして三日後の夕方。


 決行の夜を前にしても、俺たちは第四層の探索を行っていた。


「はぁ……」


「どうしたアミノ? 疲れたか?」


「いえ、ただこうあからさまに監視されると、あまり気分のいいものではないですね」


「だよなぁ。なんか増えてるし。なぁ兄ちゃん、追い払っちゃおうぜ」


「アミノにゃんは繊細ですにゃあ。でもこれだけわかりやすい監視をしてるということは、『我々は監視しているぞ』と言う符丁ですにゃ」


「うん。マグリアの言うとおり、監視していることを俺たちにわからせることが目的の尾行だ。逆に言えば監視されてる間は手出しはしてこないだろう。無視していい」


「はい。気にしないようにはしてるつもりですけど……」


「そういっても、やっぱ気になるよなぁ」


 頭の後ろで手を組んで、ロウリーは横目で通路の影に散らばる男たちをチラ見する。

 壁から半分だけ頭を出していた監視は、一応……と言った雰囲気で、ゆっくりと陰に隠れた。

 あくまでも、そこにことが仕事なのだろう。

 魔法やギフトで会話の内容まで調べている様子も見えない。

 アーティファクトの「時を計る水晶」で時間を確認し、リュックから物を取り出しながら、俺はロウリーへ合図を送った。


「少し休憩しようか」


「そうですね」


 定時連絡の時間だった。

 ロウリーのアーティファクトを使って、裏で動いてもらっている【静謐】に連絡を取る。

 すぐにつながった【静謐】は、ささやくような声で会話を始めた。


『作戦はおおむね順調です。賛同者は二十五名です。重さはともかく体積的に【運び屋】さんのギフトの限界値ギリギリかと思いますが……』


「大丈夫だ、俺のギフト能力も少しずつ強化されている。しかし、どうした? そのしゃべり方は」


『実は今日、こちらにも複数の監視が付いたのを確認しました。何らかの動きを感づかれた可能性があります』


「誰かから作戦が漏れたのか?」


『その可能性もありますが、あまり本格的な監視とも思えません。もともと仲間にも「街を出る」としか伝えていませんしね。まぁ念のためか、くぎを刺すためか、そんなところでしょう』


「……そうかもな、だったら」


『ええ、作戦に変更はありません。予定どおり2350フタサンゴーマルに街を出ます』


「わかった。そのつもりでいる」


 秘密の通話を終え、冷たい水でのどを潤した三人を見回す。

 念のためこの会話は俺にしか聞こえなくしていたが、みんな俺の表情で大体の話の推移は理解しているようだった。


「さて、の時間だ。そろそろ街へ戻ろう」


 俺の言葉の真意を理解して、アミノとロウリーは小さくうなずく。

 マグリアだけはいつものように表情は変えなかったが、彼女に関しては心配はないだろう。

 リュックを背負いなおし、立ち上がる。

 第三層レベルから第六層レベルまで、【静謐】と【豪拳ごうけん】、アミノたちに俺も含めて、冒険者三十人の運命が今夜決まる。

 同意を得て、それぞれが選択した道であるにせよ、それを先導したという責任の重さに、俺は頭から血の気が引き、体が冷えるような感覚を味わっていた。


「大丈夫ですよ。ベアさん」


 そっと、左腕に暖かい小さな手のひらが乗せられる。

 振り向けば、数か月前に出会った時からさまざまな困難を乗り越え、それでも変わらずに美しい少女の顔があった。

 手のひらのぬくもりは勇気となり、体の隅々にまで染み渡る。

 俺は自然と溢れた笑顔で、彼女の澄んだ瞳を見つめ返した。


「な~に見つめあっちゃってるにゃ~。や~らし~にゃ~」


「あ~! アミノ! 兄ちゃんのこと一人占めはずり~ぞ!」


「いやらしくもずるくもないです!」


 マグリアとロウリーの声に答えながら、アミノは笑って俺の腕を抱きかかえる。

 負けじとロウリーは俺の背中に飛び乗り、マグリアも珍しく脇腹に抱きついた。

 よろける俺を笑って、三人はきゃーきゃーと声を上げる。

 思わぬ攻撃を受け頬が火照るのを感じた俺は、照れ隠しに難しい顔をして見せた。


「お、おい。ここは第四層なんだぞ! あまり気を抜くな!」


「ふふ~ん、最初にデレデレしたのはベアにゃんですにゃ~」


「そーだそーだ!」


「ベアさんの言うとおりですよ! 二人とも離れてください!」


「アミノ~、お前が言うなよ! 最初に離れんのはどう考えてもアミノだろ!」


「わたくしはいいんです~。前衛ですから、ベアさんと並んで歩くんです」


「じゃ~あたしも~。後衛だから兄ちゃんの背中に張り付くもんね~」


「にゃーは、えっと……とにかくくっつきますにゃ!」


 三人はまったく話を聞こうとしない。

 その三人の――特に普段は外見や話し方に反して、理知的なマグリアの不自然なほどのはしゃぎように、ぬぐい切れない不安感が見え隠れしていた。

 俺は黙って背中からロウリーを下ろし、アミノ、ロウリー、マグリアを一緒に抱きしめる。


「えっ?! えっ?! 兄ちゃん?!」


「ベアさん?!」


「にゃっ?!」


 一方的にスキンシップを取ることには慣れていても、逆は想定外だったのだろう。

 今まで俺がしたことのない愛情の表現に、三人は俺以上に顔を赤くした。

 それでも、俺は三人まとめてもまだ細いその華奢な体を、かまわずに抱きしめ続ける。


「アミノ」


「はいっ」


「ロウリー」


「お、おうっ」


「マグリア」


「にゃんっ」


「お前たちのことは必ず俺が守る。なにも心配するな」


 ゆっくりと、俺の決意を告げ、三人から手を放す。

 しばらく顔を赤くしていた三人は、お互いに顔を見合わせて、同じように笑った。


「あったりまえじゃん! 最強の異能者だろっ! 兄ちゃんは!」


「そうですよ、ベアさんはわたくしたち【運び屋】パーティのリーダーですもの!」


「守ってもらわなくちゃ困るにゃん」


 最初にアミノが、俺の背中をぽんとたたく。

 次いでロウリーが、思いっきり背中ひっぱたいた。

 痛いと言う間もなく、マグリアも背中をたたく。

 しかしその手は柔らかい肉球で、ふわふわしていた。


 カラ元気だ。不安はぬぐい切れない。

 それでも四人分のカラ元気を全力で振り回せば、どんな困難だって乗り越えていける。

 背中に感じた三人の力を胸に、俺は決戦の夜へ向かい、みんなの先頭を歩き始めた。

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