第46話「凱旋」

 我々冒険者部隊が街へ戻ると、人々は英雄たちの凱旋を一目見ようと、道を埋め尽くした。

 わずか百名足らずの部隊がドゥムノニアの軍数万を相手に戦い、敵軍の制圧下にあった城塞都市エディントンを取り戻したのだ。

 その物語には尾ひれがつき、もうすでに何人もの吟遊詩人が歌に謳っていた。


「兄ちゃん! 見なよ! すごいぜ!」


「ベアさん、見てください! みんなあんなに手を振って……」


 新世代の英雄であるアミノとロウリーに対する称賛は中でも桁違いに大きい。

 舞い上がって大きく手を振り返す二人と違い、母国であるアングリアの闇を知ってしまった俺やマグリア、それに【静謐せいひつ】を含めた大半の冒険者は、素直に喜ぶこともできず、あいまいな笑顔で手を振った。

 ギルドの馬車着き場でやっと群衆から解放され、俺たちはぞろぞろとカウンターへと進む。

 今回のギルド報酬の手続きをしようと並んでいた俺の前に、上級ギルド職員が顔を出した。


「ギルド長がお呼びです。【運び屋】ベゾアール・アイベックス、【静謐】アンティミル・イソライト。両名は奥の会議室へ」


 俺と【静謐】は顔を見合わせる。

 このタイミングだ、話は例の件に関するものだろう。

 重い足取りで普段は使われない重い扉を抜けると、そこにはいつもどおり恰幅のいいギルド長と、見たことのない貴族が座っていた。

 とはいえ、その顔は夜会にでも着けていくようなマスクで隠され、血色の悪い薄い唇と、細い顎先しか見ることはできない。

 上級職員が頭を下げて部屋を出る。

 扉が閉まると、流れることもできなくなった空気が、重くのしかかった。


「まぁ座り給え、アイベックスくん、イソライトくん」


 促されるままに、扉に近い椅子に座る。

 ギルド長はちらちらと貴族の様子をうかがいながら、どう切り出したものかと悩んでいる様子だ。

 その視線を完全に無視した貴族は、テーブルの上で指を組み、ほんの少し身を乗り出した。


「名乗らぬ無礼は許せよ、【運び屋】に【静謐】。此度こたびの働きは見事だった」


 こちらが何の返事もしない間に、貴族はギルド長へと顎先をしゃくる。

 普段ふんぞり返っているギルド長は、その合図にそそくさと立ち上がり、奥の棚から二つの小さな箱を、俺たちの前に持ってきた。

 ごてごてと宝石で飾られた悪趣味な箱だと俺は思う。

 目を見れば、【静謐】の感想も同じのようだった。


「お前たち二人には、特にこれを取らす。我がアングリア王国はお前たちの――を――高く評価しておるのだ」


 忠義という言葉にわざとらしいくらいに力を込めて、貴族は体を引く。椅子に深く背中を預け、マスクに開けられた穴から、俺たちを値踏みするように見下ろした。

 俺も【静謐】も箱に手を伸ばさない。

 時間が止まってしまったかのように、俺たちと貴族はにらみ合った。


「ここここれ、失礼だぞアイベックスくん、イソライトくん。おおおお礼を言い給え」


 それでも身動き一つせず見つめていると、貴族は酷薄そうな唇をゆがめ、笑ったようだった。

 それを合図に、背後に恐ろしい殺気を感じる。

 俺と【静謐】が同時に立ち上がると、すぐ背後に黒ずくめの板金鎧フルプレートを身に着けた大男が剣を片手に立っていた。


「あぁ、驚かせてしまったか? それは私の護衛だ。気にするな」


 あからさまに「くっくっ」と笑って、貴族は立ち上がる。

 ギルド長と俺たちに軽く手を挙げて挨拶のようなものをすると、黒鎧を引き連れて扉へ向かった。

 黒鎧が扉を開ける。

 それを待つ間、貴族は思い出したように振り返った。


「あぁそうそう。私は才能に対して出し惜しみをしない性分でな。才能があり忠義を誓うものにはそれなりの報酬と地位を与える用意はいつでもできている。お前たちが私の部下になりたいのなら歓迎するぞ。その気になったらそこのギルド長を通して連絡をするがいい」


 貴族は扉を抜け、黒鎧は扉を閉める。

 その間、全身を覆う真っ黒な金属鎧からは、衣擦れほどの音も聞こえなかった。

 扉が閉まるまでずっと頭を下げていたギルド長が、ふらふらと自分の椅子に腰を下ろす。

 その重たい音に、俺たちはやっと呼吸を取り戻した。


「なんだあの黒鎧の男は……」


「私も……全く気配を感じることができませんでした」


 俺はともかく、世界でも屈指の冒険者である【静謐】の言葉に、俺は今更ながら嫌な汗が背中を伝うのを感じる。

 ガラスのデキャンタからワインをごくごくと飲んだギルド長は、やっと人心地ついたらしく、いつもの横柄さをとりもどしてふんぞり返った。


「当たり前だ! 黒仮面卿の護衛は元第五層冒険者の【断黒だんこく】ウアバイン・ルイサイトだぞ! きみたちが束になってかかっても勝てるものか!」


「あぁ、あれが【断黒】ですか。――ということは、黒仮面卿と呼ばれるあの人物の正体はジエキメルラン侯爵……」


「ききききみ! 黒仮面卿は黒仮面卿だ! おおお憶測でものをいうものじゃない!」


「侯爵?」


「ええ、例の南方派閥のトップですよ。まさかトップが直々に表れるとは」


「それだけ、今回の情報は外に出したくないってことだな」


「そうですね。それなりの地位に取り立てるとまで言いましたし、かなり本気なのでしょう」


 慌てるギルド長をしり目に、落ち着きを取り戻した俺たちは談笑しながら扉へ向かう。

 例の箱について止められたが、俺たちは「返しておいてください」と言い置いて、ギルド長を残して扉を抜けた。


「それで、これからどうします?」


「どうするって?」


「賄賂を断ったんです。このままと言う訳にはいかないでしょう」


「……確かにな」


 そこまで深く考えていなかった。

 単純に賄賂と言うものに嫌悪感を抱いて、断っただけだった。

 こうなれば、アミノやロウリー、マグリアたちにも危害が及ぶかもしれない。

 そう考えると、俺は自分の軽率な行動に頭を抱えた。


「とにかく、もうここで安穏と冒険者なんかやってられないな」


「でしょうね」


「国を出る……ドゥムノニアにでも行くか」


 冗談のつもりで口に出したそんな軽口に、【静謐】は青い髪を揺らして「いいですね」と笑った。

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