第45話「一週間戦争」
発端は俺たち【運び屋】パーティが、人類の未踏の地、第六層への扉を発見したことまでさかのぼる。
例の『魔女の指ぬき』に、第六層への扉があることは、ドゥムノニアの冒険者の方が先に突き止めていたのだ。
ただ、アミノの兄の形見であるアーティファクトを持たなければガーディアンが倒せないことも同時に知れている。
ドゥムノニアは有力な商人を通じてアングリアの貴族に話を通し、数年前に紛失したアーティファクトの行方を探っていたのだ。
そんな中、俺たちがガーディアンを倒したという一報が駆け巡る。
そくざにアングリアは第六層へのアタックを行った。
「ちょっと待て、即座に?」
「ああ、ガーディアン討伐から第六層へのファーストアタックまで、一週間もなかったと聞いている」
「その情報は違う。アミノがガーディアンを倒してから、ファーストアタックが行われるまで二ヶ月近く経っていたはずだ。ドゥムノニアの冒険者があの事件を起こした日だぞ?」
「あれは二回目のアタックだろう? ファーストアタックはアングリア最強の【
まったく知らない話だ。
俺はちらりとロウリーに目をやる。
少しすると、俺の耳元に【
『その噂はこちらでも確認しています。南部派閥の貴族が【銀翼】を雇い、ギルドにさえ秘密のままファーストアタックを行ったと。試作品のキーリングも横流しされていて、その時に得たアーティファクトと第六層の地図もドゥムノニアに流れたと言われています』
ロウリーのアーティファクトの能力で、俺たちの会話は【静謐】たちにも聴こえるようにしていた。
説明が必要な場合に唇の動きを読まれないように、ロウリーは革製のマスクもしている。
ドゥムノニア側の情報の裏を取り、俺は頭を抱えた。
「そのファーストアタックについては、あくまでも噂だと思っていた」
「事実だ。その際の情報とキーリングを使用して、我々は探索部隊を組織した」
ドゥムノニア側のファーストアタックは、例の事件の二日前。
今までドゥムノニアの冒険者がどうやって第六層へ侵入したのか謎だったが、これですべて説明がついた。
「
「始末?」
「ああ、知りすぎたのだろう。そしてそのネタで【銀翼】のリーダーは貴族を
あの【銀翼】ならやりかねない。単純に俺はそう思った。
しかし、だとすればほかの冒険者たちはとばっちりを受けたことになる。
どうしてもそこだけは許せなかった。
「百歩譲って【銀翼】たちが狙われるのはわかる。それだけのことをしたんだろう。だが、ほかの冒険者たちまで巻き込んだのはなぜだ」
「なぜ? 第五層より深く潜るような冒険者は、基本的にすべて敵だからだ」
「そんなことはない。アーティファクトを巡って争うこともあるだろうが、冒険者は人類のためにモンスターへ立ち向かう仲間じゃないか」
「見解の相違だな。いや、相違もないか……あの場は手つかずの第六層アーティファクトが大量にある宝の山だ。冒険者はアーティファクトを巡って争うこともある。そうだろう?」
「そんな理屈がっ――」
「兄ちゃん!」
立ち上がろうとした俺の肩を、小さな手が押さえる。
振り返ると、眉をひそめたロウリーが、小さく首を振っていた。
「そっちのおっさんの言うとおりだ。教えてくれたのは兄ちゃんだろ? 下層に行けば行くほど、怖いのはモンスターより敵になる冒険者だって」
『落ち着いてください【運び屋】さん。ここで物別れに終わっては困ります。少なくとも最後まで情報を引き出してください』
ロウリーの後に【静謐】のささやき声が続く。
ぐっと言葉を飲み込んで、俺はゆっくりと二つ深呼吸をして、椅子に掛けなおした。
「……すまない、話を続けてくれ」
「その後の探索で、我々は第六層への直通路となりえる縦穴を発見した。その場所はここ、ウィルトシャー平原にある」
この平原は、十年ほど前まで毎年のように小競り合いがあった国境だ。
とはいえ、正式にここが国境線だと決まったラインがあるわけでもない。
そんなあいまいな土地に、縦穴はあった。
ドゥムノニアにとってもアングリアにとっても、これは世界のパワーバランスを崩しかねない発見だ。
世界で唯一第五層への直通路を持つ国、そこから発掘される第五層アーティファクトの価値により、七王国の盟主と呼ばれる立場にあるアングリアには、到底看過できるものではなかった。
「我がドゥムノニア軍が、新たなる縦穴を通路として工事していると、アングリア軍が攻撃を仕掛けた。完全な奇襲だった。宣戦布告もなく、ただ戦端は開かれた。はじめこそ奇襲に陣を崩した我々だが、第六層から発見されたアースドラゴンを操る宝石による戦車もあり、戦況は一気にひっくり返った。何年も腑抜けた訓練しかしていないアングリア軍ごときに、我が軍が負けるわけがないのだ」
反撃は追撃に、そしてやがて掃討戦になる。
国境付近の城塞都市エディントンを逆に制圧する段になって、もともと侵略する必要性を感じていないドゥムノニア軍は、そこに新たな国境線を引いた。
そこからは俺たちの知る状況と一致する。
アングリアは世界に向けて「ドゥムノニアの侵略を受けた」と喧伝し、冒険者ギルドへ増援の依頼を出した。
アルモリカの話を全て鵜呑みにすることはできないが、【静謐】の持つ情報と並べてみても、破綻のない話だった。
「そこで停戦か」
「ああ、ドゥムノニア軍にもともと侵略の意思はない。しけた城塞都市一つくらい返してやってもいいと、陛下はおっしゃっている」
「陛下? この和議にはプリスニスだけじゃなく、ドゥムノニア国王も噛んでるのか?」
「不敬だぞ! 国軍の和議に国王陛下が関わっていないはずがなかろう!」
「そうか……しかし、ますますわからん」
「なにがだ」
「ここでエディントンを返還してまで和議を結んで、ドゥムノニアに何の得がある?」
思わず素直に思っている疑問を口にしてしまい、俺は慌ててロウリーを振り返る。
澄ました顔で立っているロウリーの向こうに、あきれ顔の【静謐】の顔が浮かんで、額に浮かんだ気持ち悪い汗を拭いた。
今までそっぽを向いていたプリスニスが、思わず吹き出してこちらを見る。
彼女は昨日見たくるくると良く変わる表情を取り戻し、優しくこう答えた。
「ベゾアール・アイベックス、そなたは少し政治も学ぶとよいぞ。それに、自分の価値にも目を向けるとよい」
「どういうことだ?」
「貴殿の部隊だ、アイベックス殿。百人にも満たない部隊相手に万に近い兵を失ってはな。いずれ数で押しつぶすこともできようが、ドゥムノニアにはもともと侵略の意図はない。陛下は国民にこれ以上被害を出したくないと、そうおっしゃっているのだ」
アルモニカが先を引き継ぐ。
自分の価値に興味はないが、確かに俺たちの冒険者部隊は、ドゥムノニアにとって脅威だったのかもしれない。
もともと「無条件の停戦」以上の条件であれば、その場で受けても構わないとの言質もとっているのだ。
城塞都市エディントンの返還という譲歩をもらった今、断る理由などなかった。
こうして後に『一週間戦争』と呼ばれるウィルトシャー平原の戦いは、停戦を迎えることになった。
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