第40話「奮戦」

「二番隊帰還! 三番隊出陣した!」


「被害報告を!」


「重症二名、負傷者多数! 死者ゼロ!」


「すぐに回復を! ポーションは回復職ヒーラーへ優先的に回してくれ!」


「了解だ!」


 作戦指令のための伝令や回復組を除き、約二十名ずつで編成された部隊は、もう六時間近く奮戦していた。

 第五層レベル冒険者をリーダーとした四~五人のパーティで、数万の敵をかく乱し続けている。

 二つ名持ち異能者が一騎当千の猛者であることを差し引いても、これは信じられない成果と言えた。

 それでも、じり貧の戦いであることには変わりがない。回復魔法やポーションでも回復できない疲労とケガは、少しずつ俺たちの戦力を削っていった。


「放せ! 治療はもういい! すぐに出る!」


 幕舎の外で騒ぐ声が聞こえる。

 その声は、ここ数日で聞きなれた【豪拳ごうけん】のものだった。


「どうした?」


 テントの外へ出る。

 声をかけると、そこでは血と砂にまみれた【豪拳】が、仲間の制止を振り払って、三番隊の後を追おうとしているところだった。


「あぁ【運び屋】さん、いいところへ。【豪拳】さんを止めてください」


「うるせぇ! 三番隊は前回の出陣でケガ人が多い! 兵の補充ができねぇんなら、俺が出るしかねぇだろ!」


「落ち着いてくれ。あんたは今遊撃から戻ったばかりじゃないか」


「だからどうした!」


「二番隊は休息をとる順番だ。そのあとには一番隊と変わって迎撃に回ってもらわなきゃいけない。今【豪拳】に抜けられるわけにはいかない。わかるだろ? 戦闘は始まったばかりなんだ。無理はしないでくれ」


「馬鹿野郎! 全滅しちまったら無理もへったくれもねぇだろうが!」


 もともと無理のある兵力差なのだ。【豪拳】のもっともな言葉に、言い返すこともできなくなる。

 しかし、ここで例外を認めてしまえば、戦術レベルの指揮系統が崩壊するのは目に見えていた。

 俺は、筋肉の山のような【豪拳】の手首を握り、引き留めた。


「……何のつもりだ? 放せよ」


 猛獣の唸り声のような言葉が俺の体をすくませる。

 それでも俺は、ありったけの勇気を振り絞って、鋭い目を見つめ返した。


「あんたは休め【豪拳】。足りない分の兵力には俺がなる」


 夕闇迫る混戦の戦場だ。いつものクロスボウは使えない。

 リュックから使い慣れないショートソードを取り出して、俺は陣の外へと走り出した。


「えっ?! 【運び屋】さん! 無茶だ!」


 無茶は承知の上だ。

 元々が無茶な作戦なのだから、誰かが予定以上の働きをしなければ話にならない。

 しかしそれは、戦闘の柱となる【剛拳】や、戦術面でのかなめとなる【静謐せいひつ】の役目ではない。

 防衛線を超え、ドゥムノニア兵が槍衾やりぶすまを抱える集団へ向かって俺は飛んだ。

 何百人ものドゥムノニア兵の塊に向かって剣ごと突っ込む。

 何度か剣を交え、やっと一人目の敵を切り伏せたところで周囲を見回すと、俺はいつの間にか、敵の真っただ中に孤立していることを知った。

 剣を振る。

 周囲から何本もの槍が俺の皮鎧に突き刺さる。

 二人目のドゥムノニア兵を切り伏せ、体ごと吹き飛ばすと、足をもつれさせた敵の一角がぽっかりと空いた。

 夢中でその隙間に飛び込む。正面をふさぐように立った大柄な敵に向け、体の勢いそのままにショートソードを突き立てた。

 鎧ごと脇腹を抜けた剣が、根元から折れる。

 周囲のドゥムノニア兵は、武器を失った俺に殺到した。


「なめるなっ!」


 言い放ちざま、リュックに手を入れ、新しいショートソードを抜く。

 三人目を切り捨てた俺の背中にまた、何本もの槍が突き刺さった。

 足元がふらつく。敵の剣が頭をかすめた。血。視界が赤く染まる。

 左手にリュックから取り出したもう一本の剣を構え、俺はやみくもに武器を振り回して、ドゥムノニア兵の間を走った。


――大した時間戦っていたわけではなかったと思う。


 気が付けば小さな茂みに突っ込んで、俺は気を失っていた。

 手元には柄から折れたショートソードが三本転がっている。遠くでドゥムノニアの陣太鼓が退却を告げた。

 すでに日はとっぷりと暮れ、周囲には血の匂いと冷たい空気が広がっていた。

 震える手をリュックに突っ込み、小さなポーションを取り出す。

 オレンジ色の毒々しい液体を飲み下すと、なんとか立ち上がるだけの力が四肢に戻った。

 帰れる。

 暗闇のウィルトシャー平原に赤く輝く仲間たちのかがり火を頼りに、俺はゆっくりと足を引きずった。

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