第39話「最強の運び屋」
眼前に広がる緩やかな丘陵地帯は、ドゥムノニアの旗で埋め尽くされていた。
まだ戦端が開かれるような距離ではない。弓も魔法もこの距離では遠く、騎馬での突撃でも、一息に駆け抜ける距離ではない。
それでも視界を埋め尽くす青地の旗は、無言のプレッシャーとなって俺になだれ込んでくるようだった。
身を隠すもの一つすらない草原を、俺と【
すでにドゥムノニアの斥候には見られているのを知っていながら、俺たちは小さな活断層のある場所まで、無言で進んだ。
「……よし、この辺にしよう」
「そうだな。いい加減散歩も飽きたぜ」
そう言って【豪拳】は、背中に背負っていたバカでかいリュックを地面に下ろす。
俺はリュックの口に手を突っ込み、時間と空間の捻じ曲がる感覚を感じながら、一気に荷物を引っ張り出した。
姿を現したのは、鉄で補強された巨大な
【豪拳】と一緒に移動しながら、活断層に沿って馬防柵をいくつも並べると、そこには小さな村ほどの結界ができあがった。
さらにもう一度、リュックに手を突っ込む。小さいながらも見張り台を備えたやぐらを一気に引き出していると、後方から仲間の冒険者たちが、ロウリーのアーティファクトに守られ、音もなく現れた。
「さすがの手際ですね【運び屋】さん」
青い髪の【
【豪拳】が、太い杭でやぐらを固定し終わるころには、ドゥムノニア兵が反応する間もないまま、立派な陣が出来上がっていた。
「よっしゃあ! 陣もできたし、さっそく
空っぽになった俺のリュックをぽんと放って、【豪拳】が手のひらを拳で打つ。
何人かはそれに同調し、それぞれに武器を抜いた。
「いや、すまないが【豪拳】にはもう一度俺に付き合ってもらうぞ」
「あ~?! なんでだよ!」
「最初に説明しただろう。今から百人四日分の物資を運ぶんだ。いくら俺のギフトでも、それだけの量になると俺が持ち上げられない」
「ちっ……めんどくせぇ。この俺様が荷物運びとはよ!」
確かに、戦闘力としてもトップレベルの【豪拳】を荷物運びに使うのは申し訳ない。
もう少し俺のギフト能力か筋力が高ければ迷惑をかけることもなかったのだが。
謝りかけた俺の肩に、【豪拳】の太い腕がのしかかる。
頭一つほども背の高い彼を見上げると、アングリア王国最強レベルの冒険者は、歯を見せて笑った。
「でもまぁ、ほかでもねぇ最強の【運び屋】に頼まれちゃあ断れねぇな!」
「そうですよ【豪拳】さん。
やぐらの上から【静謐】の涼やかな声がかけられる。
がははと笑い「ちげぇねぇ!」と締めくくった【豪拳】は、俺の手からリュックを受け取り、歩き始めた。
最強? リーダー?
ハズれギフトしか持っていない、第五層パーティを追放された俺が?
「ちょっと待ってくれ。俺は第五層レベル冒険者をまとめるリーダーなんかやれる器じゃない。それと、信頼してくれるのは嬉しいが、最強なんて呼ばれると恥ずかしいだけだ。やめてくれ」
【豪拳】の筋肉質な背中を追いかけ、俺はそう頼み込む。
振り返った彼は、「あぁ?!」と眉根を寄せた。
「おい【運び屋】よぉ。お前それ本気で言ってんのか? 謙遜も度が過ぎると嫌味だぜ!」
「いや、俺のギフトは、冒険者のサポートをする程度のハズれギフトだ。知ってるだろ?」
「ばぁか! お前以外のやつがどうやってこんなもん作れるよ?! 俺たちが一人も欠けずにここにいるのは、全部お前の指示とギフトの力だぜ! しゃんとしろ! しゃんと!」
あり得ない言葉を次々と聞いた俺が呆然としていると、背中にどんとマグリアが乗っかった。
「にゃはは! そうそう、うちのパーティリーダーは最強の二つ名持ちなのですにゃ!」
頬をこすりつけ、ネコのように喉を鳴らす。
どうしていいかわからない俺に、左右から小さな少女が肩を並べた。
腰に回された手が背中を押す。
不敵に笑ったアミノとロウリーは、それぞれの武器を掲げた。
「やろうぜ、兄ちゃん! 最初の攻撃はあたしらに任せときなよ!」
「そうですよ! でもベアさんが戻るころには、わたくしたちが敵を全滅させているかもしれませんけどね!」
いたずらっぽく輝く瞳は、アミノを年齢相応のかわいらしさで飾る。
彼女たちの肌のぬくもりは、戦場の前線にあってもなお、俺の心を落ち着かせた。
俺の目に平常心が戻るのを待ち、アミノ、ロウリー、マグリアが、息を合わせて声を上げる。
「「さぁ! リーダー! 作戦開始の指示を!」」
冒険者部隊全員の視線が、俺に集中する中、俺は指示の声を上げた。
「事前の打ち合わせ通り、攻撃、防御、支援、休息の部隊に分かれて作戦に当たってくれ! 四日間この戦線を維持すれば俺たちの勝ちとなる。一人も欠けることなく、五日目の朝を迎えよう!」
アミノとロウリー、そしてマグリアが「おー!」と声を上げる。『新世代の英雄』のかわいらしくも頼もしいその姿に、冒険者部隊の士気も上がる。
次々と持ち場に走る仲間たちを見ながら、俺はアミノとロウリーの肩に手を置いた。
「アミノ、ロウリー。俺はやっぱり子どもが戦争をするってのはよくないと思う。相手はモンスターじゃない。俺たちと同じ、血肉を持ち、家族も友もいる人間なんだ。この戦いは負けなければいい戦いだ。それをよく考えて、判断してくれ」
「ベアさん……」
「心配すんなって兄ちゃん! あたしらだってもう一人前の冒険者だ、わかってるよ」
駆けだすロウリーに手を引かれて、何かを言いかけたアミノは前線へ赴く。
まだ背中に乗っていたマグリアは、とんと地面に降り、その後を追った。
「任せるのにゃん。にゃーがうまくやって見せるにゃん」
振り返りながら笑うマグリアを見送って、俺は物資の補給へと向かう。
隣を歩く【豪拳】は「いいパーティだな」と笑い、俺も「ああ」と笑った。
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