冒険者部隊
第38話「軍議」
戦況は、思った以上に悪かった。
ほとんどの兵がどこかしらにケガを負っていて、部隊の規模に対して馬や物資の数も少ない。
万雷の拍手とともに迎えられた俺たち冒険者部隊は、悪化している現状に、すぐ気づくことになった。
「失礼します。ベゾアール・アイベックスどのにも軍議にご参加願いたいと、閣下からのお達しです」
「あ? なんで俺が?」
「さぁ……あ、いや自分は理由を聞いておりません」
軍の上層部と第五層レベル冒険者のみが参加している軍議の席から、第三層レベルの俺に声がかかったのは、与えられた幕舎で荷物の整理をしていた時のことだった。
伝令に来た若い兵士も、俺の問いかけに困惑している。
俺はそれ以上に困惑していたが、とりあえずアミノたちに背中を押されて立ち上がった。
「はっはっ、兄ちゃん何やらかしたんだ?」
「まぁまぁ、こっちは任せて行ってくるのにゃん」
「……そうだな。まぁ情報を直接聞けるのは悪くない。行ってくる」
「はい。片づけはわたくしたちがやっておきます」
それぞれに送り出してくれる仲間に背中で手を振り、兵士に続いて陣の中央、大きな本部テントへと向かう。
槍を構える兵士の横をとおってテントへ入ると、十人以上もいる軍属と冒険者の視線が、俺に集まった。
「ベゾアール・アイベックスどの、到着いたしました」
「おう、来たな【運び屋】! こっち来て座れや」
兵士のふれに、笑った【
俺は用意された席に着いたが、その間も、軍属の視線はずっとこちらに向けられていた。
「……私がウィルトシャー方面軍司令官、ウーベ・ラグナルソンである。改めて、冒険者諸氏の
勇猛さで名高いラグナルソン辺境伯が、まっすぐに俺を見ながらうなずく。
俺は慌てて腰を浮かし、頭を下げた。
伯の横で、副官が俺に席に着くようにと指示する。
緊張しながらもう一度席に座ると、【豪拳】は涙がにじむほど笑いながら、俺の背中をバンバンとたたいた。
「――レドワルド、続きを」
伯に
テーブルの上に広げられた大きな地図には、チェスの駒があちこちに並べられていた。
副官の説明に従って、駒が少しずつ動かされる。
流れるように説明された作戦は、しかし、ある一点でぴたりと止まった。
大量の黒いポーン。そしてアース・ドラゴンを示すであろう五つの黒いナイト。
遺跡を陣代わりにしたであろうそこには、ただ一つ、白のクィーンが対峙していた。
「諸君には、この左翼の陣を相手してもらう」
副官の説明に、もう一度地図へ視線を戻す。
何度見てもそこにあるのはクィーンの駒一つ。それは、この地図上にある最大の敵戦力へ、俺たち冒険者だけで挑まねばならないことを示しているのだと分かった。
「斥候の情報によれば、左翼の規模は歩兵一万五千。魔術兵百五十。弓兵三千。……そして、戦車五機だ」
歴戦の第五層レベル冒険者たちにざわめきが広がった。
冒険者部隊、その数百名あまり。対するドゥムノニア兵は一万八千以上である。アース・ドラゴンの戦車五機に搭乗する兵士を数えれば、その差はもっと増えるだろう。
戦力差百八十倍。
それは、通常ならば「死ね」と部下に命令するような作戦だった。
「残念ながら、冒険者部隊以外で敵戦車と渡り合える兵力はわが軍にはない。また、北西のウレキオン・マゴンサエテ両王国との国境線に不穏な動きが認められるため、兵員の補充も望めん」
「つまり、祖国のために死んでくれと?」
口元にかすかな笑みを浮かべ、青い髪の【
副官は言葉に詰まったが、ラグナルソン辺境伯は動じず、立派な口髭の前で指を組んだ。
「繰り返すが、アース・ドラゴンの戦車に対抗できる戦力はそなたらしか居ないのだ。それに、いくら一騎当千とはいえ、百名の別動隊で敵の最大戦力を討てとは言っておらん」
伯の鋭い眼光に、冒険者のざわめきが止まる。
場が静まるのを待って、伯は錫杖を持ち上げて地図の中央付近にあった別の黒い駒を蹴散らし、白の駒をクィーンと対峙している黒い駒の背後へと滑らせた。
「四日だ。最長で四日目の朝まで左翼の敵をくぎ付けにできれば、中央を破った我が精鋭部隊が背後へ抜ける」
それは逆に言うと、俺たち冒険者部隊が左翼の敵を食い止めることができなければ、主力部隊が合流した敵に逆襲を受ける。
ラグナルソン辺境伯は傭兵のような俺たちに、全兵力の命運を託した。
つまりはそういうことだった。
「……まぁなんだ、俺らが一人につきドゥムノニア兵を二百くらい倒しゃいいってことだろ?」
今まで指を折って何かを考えていた【豪拳】が、ぱっと顔を上げる。
そのあまりにも絶望的な数字と、数字からは考えられない【豪拳】のにこやかな表情に、俺は頭を抱えた。
「なんだ? 計算違ってたか?」
「いいえ、合ってますよ」
「だぁろぉ?! なんだよ、難しく考えて損したぜ! 行けんだろ、そんくらい!」
【静謐】の賛同を得て、【豪拳】は豪快に笑う。
ラグナルソン辺境伯は副官と顔を見合わせ、頼もしく思っているような呆れているような、複雑な表情で軍議の終了を宣言した。
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