第32話「アーティファクト」

「はっはは! やっぱすげぇよ! 第六層の遺品アーティファクト!」


 鑑定が終わっての帰路。

 上機嫌なロウリーは、魔力の込められた宝石いしを移植してもらったピアスを嬉しそうになでていた。

 アミノも右手の中指につけた指輪を夕日に透かして眺めている。

 しかし、マグリアと俺は微妙な表情で二人を眺めていた。


 第六層のアーティファクトは、これまでの第一層から第五層で見つかったものとは、明らかに性質が変わっていた。

 正直に言うと、俺やマグリアは今までのアーティファクトの上位互換の品を想像していた。

 わかり易い例で言えば、武器の切れ味が何倍にもなる指輪や、運動能力を飛躍的に高めてくれるブレスレット、毒や呪いを完全に防ぐアミュレットなどだ。

 だが今回のアーティファクトは、空間や現象に作用するという、今までにない特性を持っているものが多い。

 例えば、ロウリーのもつアーティファクトは、空気の振動をある程度自由に制御できるというものだ。

 研究者である主席鑑定官は興奮気味にこれがどれほどすごいものなのかを説明してくれたが、俺やマグリアには今ひとつピンとこなかった。

 ていに言えば、冒険での使い所がわからない。

 そんなアーティファクトばかりだった。


「どうしたのですかベアさん。あまり嬉しそうには見えませんけど……やっぱりイソニアさんやエゼルリックさんのことが?」


「あぁいや、嬉しくないわけじゃない。イソニアやエゼルリックのことも……まぁ仕方ないとは納得してる。ただ俺のアーティファクトの使いみちを考えていてな」


「ベアにゃんもですかにゃ。にやーもちょっと悩んでいるのにゃん」


 マグリアは首に下げたアミュレットをちょっと触り、首をかしげた。

 俺も右手に付けた指輪を触る。

 アミノは自分の指輪と俺の指輪を見比べ、ちょっと笑った。


「ベアさんはわたくしの指輪にも良い使い道を見つけてくれたじゃないですか。大丈夫、すぐに見つかります」


「まぁ……そうだな」


 アミノの指輪については、最初に説明を聞いた瞬間に使い道がひらめいた。

 普段から彼女の戦いをつぶさに見てきたせいだろう。

 その『一秒にも満たないわずかな時間だけ、空間を固定する』という謎の能力は、アミノの異能ギフトの弱点を補ってくれるものだと思った。

 第五層以降、皮膚の硬いナチュラルアーマーを持った敵が増えている。彼女のギフトで射出されるパイルバンカーは、その反動を幼いアミノの体にすべて弾き返すのだ。

 そのため、パイルバンカーの石づきを何かに固定する必要がある。

 この指輪の能力をギフトと同時に発動させることで、寸分の狂いもなく空中に固定されたパイルバンカーは、百%の力を敵に向けて射出できるようになるはずだった。

 しかし、アミノの場合とは違い、俺には強みと言えるギフトも能力もない。無いからこそ、補うべき弱点も、補強すべき強みもすぐには見つからないのだ。


「ほんと、ベアにゃんの『物理現象を十秒だけ物質化する』も、にゃーの『物質の状態を十秒だけ巻き戻す』も、すごそうなのにどう使っていいかわからないにゃん」


「はっはは! じゃあ兄ちゃんとマグリアのはだな!」


 なんの気なしにかけられたロウリーの言葉が胸に痛い。

 ハズレギフトの名前は、いつのまにか俺のトラウマになっていた。普段は気にならないのだが、時々こうして心に刺さる。

 いやな汗をかきながら、俺はロウリーに反撃した。


「一番最初に選んでたが、ロウリーのピアスだって『空気の振動を制御する』って能力だろ? 一体何の役に立つんだ?」


「っかぁ~?! 兄ちゃんやっぱバカなの? あたしにピッタリ! これ以上のアーティファクトなんかなかなか見つかんないぜ?」


「だから、どう使うんだよ」


「イチからか? イチから説明しないとだめか?」


 そう言いつつ、見せびらかしたいロウリーは、突然ギフトの力により気配を遮断する。

 目の前で、いくら体が小さいとはいえ人一人が夕暮れに溶けるように消えるのは、何度見ても驚きに満ちた光景だった。


「こういうときに使うんだよ!」


 突然、元気のいいロウリーの声が俺の耳元で叫ぶ。

 びっくりして耳を抑えたが、不思議なことに俺以外のメンバーには何も聞こえていないようだった。


「あたしの声を、兄ちゃんの耳元でだけ振動させてるかんな。他の人には聞こえないよ。それから――」


――ガンッ! ガラガラ……。


 右前方のなにもない道路の上で、レンガが砕けて崩れ落ちる音がする。

 それもロウリーが空気の振動を制御し、俺たちの背後でレンガを割った音を任意の場所に発生させたものだった。


「……どうよ?」


 気配遮断を終え、姿を表したロウリーはドヤ顔で俺により掛かる。

 ここまで見事に使いこなされては何も言えない。

 俺は心から感心して頭を下げた。


「まいった。確かにこれはロウリー専用のアーティファクトだ」


「だろぉ~? あたし、説明聞く前から『コイツだっ!』って思ったんだよね。運命感じちゃったんだ」


「ロウリーさん、こんな使い方考えてたんですか?! すごいです!」


「ロウリーにゃん、にゃーはびっくりしたにゃん。すごいにゃん」


「へっへ~。ほめろほめろ~」


 俺のお腹のあたりにぎゅっとしがみつき、破顔したロウリーは頭をグリグリと胸板にこすりつける。たぶん『なでろ』ということなのだろう。俺は黙ってきれいな金髪をなでた。

 そのまま歩きながら、もう一つの問題へと思考を移す。

 イソニアとエゼルリックには申し訳ないが、とりあえずの分け前として、俺の取り分から金貨三分の一ずつを支払おうと決めていた。

 それでも第五層パーティが数日かけて得るくらいの金額だ。金には代えられない第六層アーティファクトではあったが、そこは我慢してもらうしかなかった。


 そして、最後の問題。

 リュックに無造作に突っ込んでいた襟章えりしょうだ。

 どうやらこれは、ドゥムノニアの高級将校のものらしい。鑑定官は、魔法の力や骨董品については詳しいが、こういうものには疎かった。

 ドゥムノニア王家の紋章に近い意匠が施されているので、もしかするとかなり身分の高い人間の持ち物かもしれない。

 あの場で死んだにせよ、生きて帰ったにせよ、できればコレは持ち主か遺族へ返してやりたかった。


「……でもまぁ、今は時期が悪いか」


 先日の奇襲からまだほんの半月程度なのだ。アングリアの国民感情を考えても、のこのこ返しに行く空気でもない。

 仕方なくもう一度リュックに放り込む。

 もともと軽く小さな金属は、リュックの中に入ると、全く重さを感じなくなり、やがて俺はその存在すらも忘れてしまった。

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