第33話「お人好し」

「インジェクションッ!」


 大迷宮の第三層に、美しい少女の声が響いた。

 身長の倍もある巨大な武器『パイルバンカー』は、アミノの異能ギフトを受けて稲妻をまとう。

 同時に、石突きの辺りの空間が半透明のブロックのように輝き、恐ろしく重い武器の質量を完全に固定した。

 硬い外骨格に覆われた大ムカデの頭部にポイントされた先端が、魔力によって一メートル以上も突き出される。

 一瞬前まで頭部があった場所から黄土色の体液が噴水のように吹き出し、ムカデは動きを止めた。


「にゃはは、相変わらずの威力にゃん」


「ほんと、アミノは容赦ねぇよなー」


 マグリアとロウリーは構えていた武器をおろす。俺は周囲に別の敵の気配がないかを確かめた後、やっと力を抜いた。

 我がアングリア王国が新たなる人類の最果て『第六層』への道を手に入れてから、もう一月ほども経っていた。

 ドゥムノニア王国の冒険者の策略により、鉄化てっかされてしまった大迷宮ギルドの冒険者なかまたちも、全員回復し、そのほとんどは冒険を再開している。

 俺たちも、鉄化された仲間たちを回収した功績と、その後の冒険の実績を評価され、結成から二ヵ月足らずで第三層レベルの認定を受け、日々新たな冒険に勤しんでいた。

 今日もすでに第四層への扉がある部屋の脇を抜け、俺の地図にはまだ記されていない、新たな通路を開拓している。

 地図の空白に、今通ってきた通路と遭遇したモンスターを書き加えた後、俺はリュックからいくつかのポーションと携帯食料や水を取り出し、みんなに配った。


「戦利品の確認をするから、みんなは少し休んでおいてくれ。アミノはパイルバンカーの手入れもしておけよ」


「はい、ベアさん」


「きったねぇムカデ汁ついてるもんな」


「もう! ロウリーったら!」


「いや、大ムカデの体液には毒性もある。ロウリーの言う通り念入りに拭いておけ。……そうそう、後ろから見ていたが、さっきロウリーにも体液がはねてたぞ」


 アミノをからかっていたロウリーが、慌てて自分の衣服を確認し始める。

 実際のところムカデの体液はロウリーの素早い身のこなしには届いていなかったのだが、戦闘の後、自分の状態を念入りに確認するのは冒険者の基本だ。気にしすぎる必要もないが、確認自体は悪いことではない。

 ふと目を上げると、ニヤニヤとこちらを見ているマグリアと目が合った。思わず笑いそうになるのをこらえ、俺はドロップアイテムを探して周囲を歩いた。


 ◇ ◇ ◇


 その日の冒険を終え、ギルドの酒場に戻ったのは、だいぶ長くなった日がもう山の端をオレンジ色に染めているころだった。

 アミノやロウリーの元気は全く衰えず、「もうちょっとだけ先まで」と何度もお願いされた挙句のこの時間だった。

 本来、適正な時間を超えての探索行は推奨されない。欲を出し「もうちょっと先まで」進んだせいで、全滅の憂き目にあったパーティーの話は枚挙にいとまがないのだ。

 それでも、第三層という危険な場所であるにも関わらず、予定時間を過ぎてもまだまだ余裕があるように見える彼女たちに、俺は続行の判断を下した。

 そしてその判断は間違っていなかったと言えるだろう。

 ギルドや商人に買い取ってもらったアーティファクトの代金は、第三層での一日の稼ぎの記録を破り、結果としてアミノとロウリー『新世代の英雄』は、また一つ新しい伝説を作ったのだから。


「にゃはー。この金貨の量は、まるで第五層パーティのテーブルみたいですにゃあ」


「あぁ、打撃強化の指輪と射撃強化の指輪二つも手に入ったし、本当に上々の成果だ」


 テーブルに着くなり大きな金貨の袋を真ん中に置き、いつもより上等な酒と料理を注文する。

周囲のパーティから好奇の視線が向けられるが、最近はそれもあまり気にならなくなっていた。

 なにしろ俺のパーティには英雄がいるのだ。それにもし英雄でないとしても、アミノの美しさは人目を引く。美しき英雄たちに酒とジュースで乾杯し、俺はガラにもなく上機嫌になっていた。


「よぉ【運び屋】! 景気良さそうじゃないか! おめでとう」


「今度俺たちのパーティにも、第三層の稼ぎがよさそうな場所教えてくれよ!」


 第三層での記録のうわさを聞きつけて、何人かの顔見知りから祝福を受ける。

 久しぶりに心の底から笑い、うまい酒を飲んでいると、酒場の扉から見知った顔がのぞいた。


「……アルシン!」


 思わず、声が出た。第六層から引き揚げた【銀翼ぎんよく】と最後に対面したのは、彼がまだ鉄の像と化している時だった。不幸な行き違いで険悪な関係になってはいたが、やはり知人の無事な姿を見られるのは嬉しいものだ。

 しかし当のアルシンは振り返った瞬間、苦虫を噛み潰したような顔を見せた。


「なんだよ」


「なん……いや、無事鉄化てっかの魔法が解けたようでなによりだ。回復したなら連絡をくれれば――」


「――連絡? なんだよ、礼でも言えってのか?」


 思わず駆け寄ろうとした俺の言葉を、アルシンは遮る。

 言葉とともに、俺の足も止まる。ざわざわとにぎやかだった酒場は、水を打ったように静まり返った。


「誰もそんなことは……」


「そういうことだろうが! いい気になるんじゃねぇぞ【運び屋】よぉ! 涙でも流してありがたがれってか? 今まですまなかったと改心しろってか? はっ! 馬鹿にすんじゃねぇ! 俺はてめぇが何もしなくても数日後には復活したんだよ! 破魔はまのタリスマンを身に着けてたからな!」


 懐から護符タリスマンを取り出し、これ見よがしに見せつける。

 魔術師でも鑑定士でもない俺には、見た目だけではどんな魔力を持つものなのか判断はできなかったが、確かに、第五層パーティの中でも有数の彼のことだ、そんなマジックアイテムを持っていても不思議はなかった。


「そうか……余計なことをした……な」


「あぁそうだよ! このハズれギフト野郎!」


 捨て台詞を残し、【銀翼】アルシンは酒場を後にする。呆然と立ち尽くした俺は、いつの間にか隣に来ていたアミノに手を引かれ、テーブルに戻った。

 その後、ほかの冒険者から聞いた情報によれば、復活はしたものの、右腕ともいうべきムッシモールを失った、【銀翼】パーティは事実上解散したような状態だということだ。

 その後、同じく鉄の像からの復活を果たしたシアンも、第五層への探索を望めない【銀翼】を見限って他のパーティへと移籍してしまう。

 プライドの高いアルシンは、それでも第四層以下へのアタックを良しとせず、自分自身以外のパーティへ参加することも選択していないということだった。


「なんだよ兄ちゃん! あんなのざまぁみろって感じだろ! 湿気たツラすんなよ!」


「だめですよロウリー。ベアさんがそんなこと思う人じゃないのはわかってるでしょう」


「そうにゃ。ベアにゃんが最高レベルのお人好しだってにゃーも知ってるにゃん」


 そんなにお人好しのつもりはない。しかし俺が否定する前に、周囲の冒険者たちがこぞって同意し始める。

 酒場の給仕やギルドの職員まで参加した「【運び屋】お人好しエピソード披露会」は、アミノたちが笑いすぎて涙を流すほど続いたが、急に酒場のドアを開けたギルド上級職員によって唐突に途切れた。

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