第27話「第六層」

 一面のジギタリス。

 紫色が溢れ返り、地下の淀んだ大気を満たしているようだった。

 第六層アタックのために、新たな解毒の魔力が込められた『指輪』を手に、俺たちは第六層へと続く扉にたどり着いた。


「ジギタリスの毒はちゃんと中和されてるみたいだにゃん」


 すんすんと匂いをかぎながら、マグリアは俺の指輪をつつく。

 これを無くしでもしたら大事だ。以前の二の舞になる。マグリアから出来る限り指輪をはなして、その指輪の魔力に反応したドアに手をかけた。

 ひんやりとした風が、第六層から吹き上がる。周囲の気温が急に何度か下がったように感じ、俺はマントの留め具を引き締めた。


「準備はいいか?」


 階下からはなんの音も聞こえない。もちろん光も見えず、匂いもしない。

 魔法元素マナにも、ざわめいたり重くなったりしている気配はなく、つまり、有り体に言うと敵の気配はまったくなかった。

 ドゥムノニアの冒険者も、成果を上げてもう帰路についているのかもしれない。未知の第六層で、もう全滅してしまった可能性だってある。

 ただ俺の予測としては、未だ第六層へのアタックは継続中で、帰路につくドゥムノニアの冒険者と、すぐにも出くわす可能性が高いと思っていた。


 躊躇しているヒマはない。

 アミノたちがうなずくのを待って、カンテラのシャッターを細める。

 急に真っ暗になった階段を、俺とエゼルリックが先頭になって、ゆっくりと進んだ。


 緩やかにカーブした階段の先に第六層の床が見えはじめる。

 カンテラのシャッターを完全に閉め、階段を何段か降りた先で、後ろについているアミノに触れて停止を指示した。

 全員が足を止め、しばらく先を伺うが、やはり物音はしない。

 足元から小石を拾い上げ、第六層へ向けて放り投げた。


――カッ……カッ……カラカラ。


 床で何度か跳ねた小石が転がってゆく。それでも反応のない部屋へ向かって、ロウリーが一歩前に出た。

 異能ギフト、気配遮断。

 間近で見ていたはずの俺たちからですら、ロウリーの姿は闇に溶け、消え去った。

 じりじりと、彼女の報告を待つ。

 永遠にも感じられる数十秒の後、階下からロウリーの明るい声が響いた。


「いいよ、兄ちゃん。誰もいない」


 カンテラのシャッターを開け、最後の数段を下りる。

 目の前に広がったのは、先ほど目にしたジギタリスの花園にも負けない、広大な部屋だった。

 五メートルほどもある高い天井。重厚な意匠の施された幾本もの石の柱。第六層は、今までの階層とは違い、至るところに文明の残り香が漂う空間だ。

 その部屋の中央に、血にまみれた冒険者の像が立ち並んでいる。

 足早に近づいた俺は、その中に見知った顔をいくつも見つけた。


「アルシン、シアン……ん? ムッシモールの姿が見えないな」


「ムッシモールさんは、鉄化てっかの魔法にレジストしたんです。私は遅れて後ろから見ていました」


 なるほど。俺はイソニアの説明に納得して周囲を見回す。さすがは【蒼煉そうれん】ムッシモールだ。魔術に特化したギフトを持つ彼には、異国の術式である鉄化の魔法も効かなかったのだろう。

 だが、ということは。

 アルシンの鉄像にべっとりとついた血糊を指先で拭い、俺はイソニアへと視線を向けた。


「……ええ、直後に襲ってきた攻撃部隊を、遺品アーティファクトに用意してあった魔術で何人も倒していたんですが、詠唱する時間も取れない波状攻撃の前にはなすすべもなく」


 小さく震えているイソニアをアミノたちにあずけ、俺は体の小さな鉄像から、順番にリュックへ詰めてゆく。

 なるべく多くの鉄像を一度に運ぶために、中にはいっていた攻城兵器バリスタは、部屋の隅に放置することにした。

 これで、帰路の戦闘では俺の秘密兵器が使えなくなった。

 それでも、そのことで一人でも多くの冒険者なかまを助けられるのであれば、悩む必要もない選択だった。


「初回はこの程度か……」


 なるべく体積の少ない冒険者四人分の鉄像を入れたところで、リュックはパンパンになった。

 残り二十六人の鉄像の目が、恨みがましく俺を見ているようだ。しかし物理的な限界はいかんともしがたく、俺は大柄なアルシン像の肩をぽんと叩き、立ち上がった。


「次は連れ帰ってやるからな」


 背中に担ぐとリュックが肩に食い込む。詰め込んだ鉄像の重さは、ぜんぶで三トン近くなるだろう。体に食い込むその重さは、ギフト【運び屋】の能力で、今はだいたい八十キロ前後くらいに感じられる。

 最近ギフトの能力が少し向上しているので持ち上げられたが、以前の計算ならもう二~三十キロほどは重く、一人分は置いていかなければならなかったところだった。

 この状況では一番大切な『逃げる』と言う選択肢が難しいことを改めて仲間たちに説明して、俺はもうすでにうっすらかき始めた汗をそのままに、階段へ向かって一歩目を踏み出した。


 ブーツが石の床を踏みしめる。

 同じような足音が次々と響いたのは、その時だった。


 第六層の奥。俺たちの目指す第五層とは逆の方向。

 五~六人ほどのその足音は、もっと重く、地響きをも伴った足音を一緒に連れてきていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る