第六層

第26話「第五層レベル」

 第五層『魔女の指抜き』までの道程は、さして難しいものではなかった。

 俺たちのパーティに、経験豊富な攻撃職アタッカーエゼルリックが加わり、前線の安定感が格段に上がっている。

 さらに、回復職ヒーラーも加わっているのだ、簡単などとは口が裂けても言えないが、だいぶ余裕を持って戦うことができていた。


「ロウリー、左から撹乱かくらんしてくれ、その間にエゼルリック、一度回復を」


「いや、俺はまだ行ける! 嬢ちゃん一人じゃまだ無理だ!」


「いいえ、エゼルリックさん! あまりわたくしたちを甘く見ないでいただけませんか!」


「そうだ! いいからおっさんは一度下がれよ! あたしがモンスターを引きつける!」


 言うが早いか、ロウリーは巨大な不死の鎧であるドラウグルに向かって、短剣を四本飛ばした。

 黒い剣をもつ腕の不潔な手甲ガントレットに、四本のうち三本は弾き返される。しかし残りの一本は鎧の隙間に命中し、どす黒い体液を吹き出させた。

 ギリギリときしみながら、うつろな眼窩がんかがロウリーを見据える。

 そのすきに、アミノはパイルバンカーを正面に突き刺した。


射出インジェクション!」


 さらにもう一段、槍の先が不死の鎧を突き刺す。

 貫くことはできなかったが、黒い鎧はへこみ、潰れ、ドラウグルは壁際まで吹き飛んで、たたらを踏んだ。


「汝の忠実なるしもべ、イソニアが願い奉ります。ここに神の奇跡を発現し、このものを癒やし給え。……回復ヒーリング


 ドラウグルの咆哮に紛れて、イソニアの詠唱が響く。暖かな光が一瞬でエゼルリックの傷を癒やした。

 俺もただ指示を出すだけでは終われない。リュックに手を突っ込み、攻城兵器バリスタを引き出す。馬ほどもある巨大なクロスボウには、大人の腕ほどもある鉄の槍がつがえてあった。


「アミノ! ロウリー! 射線確保!」


「はいっ!」

「おうっ!」


 元気のいい返事とともに、二人が左右に飛ぶ。俺とドラウグルの間には、道を塞ぐものは何一つなかった。

 鉄製の重いレバーを気合とともに引く。巨大な城門をも砕く槍が一直線に飛んだ。


――ごんっ。ばきゃっ!


 滑稽こっけいにも聞こえる音を立て、槍はドラウグルの右肩を吹き飛ばす。

 そのまま腐った体を突き抜け、鎧の一部を壁に縫い付けた。


「よしっ! 今だ!」


 治療を終えたエゼルリック、体勢を立て直したアミノが一斉に襲いかかる。

 しかし、ドラウグルの胴体を駆け上ったロウリーが、短剣で首を薙ぐほうが一瞬早かった。

 トーンと跳躍し、アミノの背後に着地する。

 ぐらりと揺れたドラウグルの体を、アミノが突き刺し、エゼルリックが切り裂いた。


「へへーん! あたしの勝ちぃ!」


「かっ、勝ち負けなんてありません! これはわたくしたちみんなの勝利ですっ!」


「あるよー! なぁ兄ちゃん、今回はあたしの勝ちだよな?」


 返答に困る。俺はアミノに治療を受けるように言って、ロウリーの頭をなで、戦利品の確認に向かった。

 治療を受けながらもにぎやかに話している二人に、俺まで楽しい気分になってしまいそうになる。

 しかし、ここは第五層なのだと思い直し、気を引き締めた。


「にゃー、勝ち負けで言ったらにゃーが敗者ですにゃー。人数が増えたから、魔法を打ち込むスペースが見つからなかったにゃん」


 ドラウグルの周辺で腰をかがめる俺にのしかかり、マグリアが大きなため息をつく。そういえば、今回はアタッカーに余裕があったせいで、彼女の魔法を使う展開になっていなかった。

 戦闘の指示を出していたのは俺なのだ。

 つまり、マグリアの詠唱が無駄になったのは、俺のせいだと言えた。


「いや、すまない。でもまぁ魔力は温存しておくに越したことはないだろ?」


「あー、取ってつけたようですにゃー。傷つきますにゃー」


 普段にもまして絡んでくるマグリアに辟易へきえきしつつ、俺は戦利品の回収を終え、アミノたちのところへ戻る。

 アミノの頭をなでていると、すでに治療を終えたイソニアがニコニコと俺を見ているのに気づいた。


「……なにかおかしいか?」


「え? なんです?」


「いや、笑ってるから」


「あぁ、いえごめんなさい。楽しそうだなぁって思っていたらつい」


 肩をすくめてぺろりと舌を出す。

 そんなイソニアの表情は初めて見た俺は、そういえば【銀翼ぎんよく】のパーティでは笑ったことなどなかったなと思い出した。


「イソニアはどうなんだ?」


「なにがです?」


「うん、ほら【銀翼】のところはどうだ?」


「……あいかわらずです」


「そうか」


「そうです」


 それきり会話は途切れる。頭をなでている手が止まったことに気づいて、上目遣いに俺を見たアミノが、急に立ち上がった。

 頬をぷくっと膨らませ、ロウリーとエゼルリックが「おっさんって呼ぶな」「おっさんじゃん」と言い争っている間をずかずかと横切ってゆく。

 それを見送ったイソニアは、また肩をすくめた。


「嫌われちゃいましたね」


「そうなのか?」


「ふふ、ベアさんもあいかわらずですね」


 なにがあいかわらずかわからず、俺は曖昧な顔で笑うしかなかった。

 イソニアも立ち上がり、俺もリュックを担ぎ直す。

 そろそろ出発しようと声をかけると、エゼルリックが肩に手を回してきた。


「なぁベゾアール、あんたやっぱり子供のほうがすきなのか?」


「何の話だ」


だよ、。確かにアミノ嬢ちゃんは何年かしたら化けると思うが、あのやネコ女はどうかと思うぜ?」


 小指を立てて、エゼルリックは下世話に笑う。

 俺はムッとして、黙っていた。


イソニアあれとは旧知なんだろ? お前さんの好みよりはだいぶ年上だろうが――」


「――いいかげんにしてくれ」


 腕を払って距離を取る。俺がけなされるのは慣れているが、大切なパーティの仲間をアレやコレ呼ばわりされては黙っていられない。

 俺よりも身長もあり、戦闘向きのギフトも持っているその剣士を、俺は精一杯睨みつけた。


「おっと、悪い。こういう話は苦手だったか?」


 両手を肩の高さまで上げて、エゼルリックは後ずさる。

 俺たちの不穏な空気に気づいたマグリアが、耳をぴくぴくと動かしながら、すっと近寄った。


「なにかありましたかにゃ?」


「いやいや、なんでもねぇよ。あんたら全員第一層レベルなのに、第五層でも普通にやっていけそうだなって話さ」


 有名な剣士であるエゼルリックのその言葉に、アミノたちの顔がほころぶ。

 一人やり場のない怒りを抱える俺に、マグリアが顔を近づけ、ささやいた。


「酒と金と女の話は冒険者どうしの話題の取っ掛かりにゃん。あの人本当に悪気はないと思いますにゃ」


 五つも六つも年下のマグリアに諭され、俺は猛烈に恥ずかしさを感じる。

 冷静になって考えればわかることだ。確かにエゼルリックは俺とコミュニケーションを取ろうとしただけなのだろう。

 それでも、俺は無神経なその物言いが好きではなかった。

 一つ深呼吸して、パーティの中に戻る。

 目の前に広がるジギタリスの花に向かい、俺たちは歩みを進めた。

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