【運び屋】パーティ

第21話「第一層の探索者」

 大迷宮、第一層。


「んぅ~、兄ちゃん……はぁ……んっ、もうちょっと……あっ、そこっ、いいよ……」


 暗闇の中にロウリーの荒い息使いが聞こえていた。俺は、両手で支えている彼女の細い腰をしっかりと固定し、肩口で汗を拭く。

 ロウリーの体に力が入り、筋がピンと伸びるのを感じた。


「兄ちゃん……いいよ。出して!」


「よし、出すぞ。しっかり受け取れ」


 リュックから、たくさんの結び目と金属の杭がついたロープを取り出し、肩の上で爪先立っているロウリーに手渡す。ロープの重みで少しふらついたロウリーだが、なんとか持ちこたえ、天井に杭を突き刺すことに成功した。


「おっけー!」


「上出来だ。ロウリー、お疲れ様」


 ロープを何度か引っ張って、外れないことを確認した俺は、ロウリーを地面に下ろす。三メートルの天井にぽっかり開いた穴に、これでアタックする事ができるようになった。


「はぁ~。第一層にも、まだまだ未踏の場所はあるものなんですね」


 するするとロープを登っていくロウリーを眺めながら、アミノが感心したようにそうもらす。

 マグリアはロウリーに続いてロープを登りながら、にゃんにゃんと笑った。


「それはそうなのにゃ。大迷宮のそれぞれの層はアングリアの国土よりも広いという噂ですからにゃあ」


 マグリアに続いてアミノをロープに押し上げ、最後に俺も登る。

 十三歳の体格しかない二人や、ヒョウのしなやかさを持つマグリアと比べると、どうしても重い俺の体重に杭は軋んだが、なんとか脇道に体を引き上げることはできた。


「よっと……それに『層』とは言っても、ここみたいに何重にも道があるからな。古代の扉で仕切られたところを便宜上『層』と呼んでいるが、その実、第一層だって塔の五階分くらいの高さがあるんだ。まだまだ底の知れない迷宮だよ、ここは」


 言いながら、俺もこの大迷宮の広さを改めて感じ、冒険者をはじめた頃のワクワクする気持ちが、胸の奥から蘇ってくるのを感じていた。

 背後からモンスターの襲撃を受ける可能性を潰すためにロープはリュックに片付ける。立ち上がり、カンテラの光で全員の顔を確認すると、みな俺と同じワクワクをその瞳にたたえているようだった。


「よし、俺の歩測が正しければ、ここはだいぶ王国の端に近い。他国の冒険者に会う可能性もあるから、気を引き締めていこう」


「他国の冒険者、ですか? モンスターではなく?」


 あんなに探索することに執着していたアミノだが、冒険者に関する知識はほとんどない。先頭に立って歩きながら、俺はアミノに簡単な説明をすることにした。


「大迷宮が神代じんだいの古代文明が残した遺跡だっていうのは知ってるな?」


「もう、あまり子供扱いしないでくださいベアさん。さすがにそのくらいは知ってます」


「うん。そこから発見される遺品アーティファクトは、現代の技術では再現することのできない品々だ。この第一層でもよく見つかるファイアースティックなんかは、世界中でもっともよく使われているアーティファクトの一つだな」


 リュックの中から、今日見つけたファイアースティックを取り出し、親指でボタンを押して火を付ける。

 長さ三センチほどの安定した炎は、指を離した途端にサッと消えて、今まで炎の出ていた先端には熱すら残らなかった。

 リュックにしまい込み、話を続ける。


「こんな感じでアーティファクトは、世界中で取引される主要な商品だ。これがないと生活が成り立たないと言う大地の恵みでもある。特に深層で見つかる珍しい品々は、信じられないくらいの価値がつく。そこで俺たちのような冒険者は大迷宮へと潜って、それが発掘された国は、経済的に豊かになるわけだ」


「それもわかります。でも、それと他国の冒険者に注意することがつながらないんです」


「そうだな。……おっと、この先に腐肉喰らいキャリオンクロウラーが居る。続きは戦闘の後だ」


 キャリオンクロウラーは第一層ではよく見られる地虫のたぐいだ。大きさは二メートルから大きなもので四メートル。くさった死体やなんかを装飾品ごと飲み込んでいるため、臓物からアーティファクトが見つかることが多い。

 第一層パーティとしては戦いやすく見返りも大きい、いい獲物と言えた。


「この程度なら力押しでなんとでもなるが、それじゃ訓練にならないからな。きっちり手順を踏むぞ」


「え~、めんどくさいにゃあ」


「マグリアはパーティ戦闘に慣れているんだろうが、アミノとロウリーはその点ほぼ素人なんだ。今後のためだよ」


「仕方ないにゃあ。じゃあきっちりやるにゃん」


 マグリアの返事にみなうなずいて、戦闘に入る。今回のように遠距離からエンカウントした場合、まずは弓での攻撃を行うのが基本だ。

 俺はクロスボウを取り出し、地虫へと矢を放った。

 同時にマグリアは詠唱を始め、アミノは突撃する。ロウリーは闇へと姿を紛れさせ、俺は次のクロスボウを準備した。


「はっ!」


 気合とともに、アミノのパイルバンカーが繰り出される。

 硬い表皮に切っ先が滑ったその攻撃は、大したダメージを与えることはできなかった。

 アミノはそのまま右へと回り込みながら攻撃を続ける。

 反撃しようと伸ばした地虫の触手が、背後から鋭いナイフで切り裂かれた。


「よっと!」


 地虫の背中を蹴り飛ばし、ロウリーがもう一度距離を取る。タイミングを合わせ、アミノも距離をとったところで、マグリアの詠唱が終わった。

 ネコの耳がぴくぴくと動き、マグリアの周囲で魔法元素マナがうごめく。それに合わせて帽子が宙を待った。


獄炎ごくえんよ! にゃーが命ずる! 大気を食らいつくし、煉獄れんごくと化すにゃん!」


 杖の先から、炎が渦巻く。

 マナの重さ、そして風の流れ。一気に燃え盛った炎は、地虫の表皮を焼き焦がした。

 ぷすぷすと煙を上げる焦げた表皮はもろく、アミノのパイルバンカーは容易に突き刺さる。

 それでもアミノは、追撃をやめなかった


「いきます! 射出インジェクション!!」


 亜麻色あまいろの瞳が青白く発光し、パイルバンカーの表面に稲妻いなずまが走る。

 パイルバンカーの機構部分から重低音が響くと、先端が一メートル以上も打ち出され、キャリオンクロウラーの内容物が、反対側へとぶちまけられた。


「ぶひゃぁぁっ! ……ぷっ!」


 キャリオンクロウラーの倒れるより早く、悲鳴を上げたのはロウリーだった。

 生焼けの内蔵を全身に浴びて、ドロドロになったロウリーはゾンビのようにふらふらと這い出る。


「ああっ! ロウリーさん、ごめんなさい!」


 アミノの謝罪の言葉に、反論しようと口を開いたロウリーは、口に流れ込む内蔵を慌てて吐き出した。


「うえっ! ぺっ! ぺっ!」


「ごめんなさいごめんなさい!」


「う~……この~! アミノも道連れだ~!」


「ひっ?! ぴゃあぁぁぁ?!」


 ぐりぐりとアミノの衣服で自分の顔を拭くロウリー。アミノの悲鳴が洞窟内に響く。

 爆笑しているマグリアを尻目に、俺は慌ててリュックから水とタオルを取り出して、二人へ駆け寄った。

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