第20話「マグリア」

「兄ちゃん、あたしはいいと思うぜ」


「【運び屋】さんさえ良ければ、わたくしも構いません」


 二人にそう言われ、それでも簡単に知らない人をパーティに入れることもできずに、俺は頭を悩ませた。

 その姿を見て、ソーサラーが言葉を継いだ。


「にゃーは十八歳だけど、よく童顔って言われるにゃ。【運び屋】さんの好みからそんなに外れていない自信はあるにゃん!」


「いや、俺の好みとかは関係なくて……いやちょっと待て。何だそのアピールは?」


「にゃ? 【運び屋】さんはちっちゃい女の子が好きだから、十八歳じゃキツいってみんなに言われたにゃん」


「ちっちゃ……?! 違う! それは違うぞ! 断じて違う!」


「それならなんの問題もないですにゃん」


 大きな瞳を猫のように細めてソーサラーはニッコリと微笑む。俺は頭を抱えて、テーブルに突っ伏した。

 アミノとロウリーはもうすでにソーサラーと握手を交わしている。

 そこで初めて、アミノがソーサラーに名前を尋ねた。


「あぁ、申し遅れましたにゃ。にゃーの名前はマグリアですにゃん。以後よろしくですにゃ!」


「はい、マグリアさん。わたくしはアミノと申します」


「あたしはロウリー、こっちは兄ちゃんだ」


「兄ちゃんだ、じゃない。俺は【運び屋】ベゾアール・アイベックスだ。……まぁよろしく頼む」


 結局パーティに加えることに決まったようなので、顔を上げて手を差し出す。

 マグリアは「知ってますにゃん」と手を握った。


「しかし、パーティメンバーから二つ名で呼ばれるのは、どうもよそよそしいな」


「うーん、確かにそうですにゃん」


「普通は二つ名では呼ばないのですか?」


 アミノのその問いに、俺は【銀翼ぎんよく】のパーティを思い出した。今まで何組かパーティに所属したことはあるが、二つ名で呼び合うのはあそこが初めてだった。まぁパーティのほとんど全員が二つ名持ちと言う特殊なパーティだったせいもあるだろうが、あいつらは根本的にビジネスライクな付き合いに終始しているのだと思う。


「にゃーの前にいたパーティでは、だいたい名前かあだ名で呼んでいたにゃん」


「あだ名かぁ。兄ちゃんもあだ名で呼ばれてた?」


「あぁ、……親しい仲間は頭文字を取って『ベア』って呼んでくれていた」


 真っ先にイソニアの顔が浮かぶ。それ以前にパーティを組んでいた何人かの顔も浮かんだが、それはもう遠い記憶の彼方と言った感じだった。


「いいですね! わたくしもこれからはベアさんと呼びますね」


「にやーもベアにゃんと呼ぶにゃん」


「あたしは兄ちゃんでいいや」


 一通り、俺の呼び方を決めた様子の三人を見回し、一つの疑問が湧き上がる。それと付随して、頭の奥から一つの記憶が顔を出した。

 ひりひりするような命のやりとり、錆びた鉄のような一面の血の匂い。

 それはもう一月ひとつき以上も昔の記憶。ソロで第一層を探索したときに出会った、第一層パーティの記憶だった。


「マグリア」


「にゃ?」


「お前もしかして、ツーロンやケイロスのパーティにいた、あのマグリアか?」


「ぴんぽーん! 正解ですにゃん!」


 やはりか。あの複数のオーガに同時に襲われ、全滅しかけていたパーティのソーサラーだ。

 はらわたがぜんぶ腹の外に出てしまい、死にかけていたところを【運び屋】のギフトで地上まで連れ帰った。後遺症と傷は残るが冒険者として復帰できると、ツーロンは言っていた。それがどうして俺のパーティに入ることになったのだろう。


「えっと、話すと長いにゃ。ツーロンとケイロスはもう、にゃーに危ない橋を渡ってほしくないんですにゃ。入院している間に二人は第二層レベルに上がっちゃって、別のソーサラーも雇ったみたいだしにゃ。いまさらにゃーの出る幕はないのにゃん」


「それなら冒険者をやめて……」


「それは無理にゃん。にゃーは根っからの冒険者だにゃん。それに、にゃーの魔力は、完治どころか怪我する前よりパワーアップしてるにゃん。それから体も、オーガと、オーガがにゃーを引き裂く前に食べてた洞窟豹ケーブジャガーの組織が結合して、運動能力的には元の三倍以上になってるにゃん! 問題は外見にそれが出ていることくらいなのにゃん……」


 尻すぼみの声に合わせて、そっと三角帽を取ってみせる。まだらのある茶色い髪には、ピンと立つねこみみが生えていた。次にローブのすそを少し持ち上げると、そこには予想通り、細くてよく動く尾がゆらゆらと揺れていた。


「ねこみみ、しっぽ。そしてこの肉球ですにゃ。あと言葉遣いにゃのですが、えっと、呪文の詠唱やルーンには何の問題はないのですにゃ。そこは大船に乗った気でいてほしいですにゃ」


 あの治療のとき、かき集められた肉片骨片からマグリアは回復した。回復魔法の力でねこみみ少女と化している。これはもう呪いなのかもしれない。そしてそれは俺の責任なのだろう。

 せめて彼女が有名な冒険者になり、その姿が個性として受け入れられるようになるまでは、やはり俺が面倒を見る必要がありそうだった。


「うん……さて、そろそろ食事を終わらせないと、午後のセレモニーに間に合わなくなるぞ」


 また一つため息を付き、マグリアの分も食事を注文する。

 きれいに並べられている料理にみんなで手を合わせ、「いただきます」と唱和すると、俺たちは新たな仲間とともにお昼の食事をぺろりと平らげ、ステージへと向かった。

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