マグリア

第19話「にゃー」

 翌週、俺の毒もすっかり抜けた頃。

 アミノとロウリー、そして俺の三人を主役とした『第六層発見記念式典』が、様々な人や団体の主催で何度も行われた。

 驚いたことに、そのうちの一つ、大迷宮探索ギルド主催の式典では国王への謁見の機会まで与えられ、勲章までも下賜かしされる。

 同時に『適正レベルではない冒険者を第五層へ連れ込んだ罪』による『第四層レベルへの降格』が発表されていた俺は、微妙な立場と空気を感じることになった。

 午前の式典を終え、ギルドの酒場で食事を注文する。

 椅子に腰掛けた俺たちは、やっと一息ついて背中を伸ばした。


「あぁ~あ~! 疲れた! 兄ちゃん、あたしもうやだよこんなの!」


「ふふ、ロウリーさん。今日の午後の式典が最後です。もうちょっとだけ頑張りましょう」


「そうだな。こういう式典をやることを含めて、アミノとロウリーは特例で冒険者になったんだ。もう少しだけ我慢してくれ」


「ちぇ~。一番ひどい罰をくらった兄ちゃんにそう言われちゃ、我慢するしかないじゃんか」


 ロウリーは、そう言いながら俺の膝の上にごろんと体を投げ出す。アルコールの入っていないぶどうのジュースを一口のんで、俺はロウリーの金色の髪を優しくなでた。

 正面ではアミノが両手でコップを持ち上げ、同じ様にぶどうのジュースを飲んでいる。十三歳の子供だと知っていてもなお、その姿は完璧に美しかった。

 ふとアミノが視線を上げる。目が合いそうになり少し慌てたが、その瞳は俺を追い越し、背後で止まった。

 視線の先をたどり、俺も振り向く。

 そこには、片目を包帯で隠した妙齢の女性が、黒い三角帽に黒いローブ姿で立っていた。


「……あ、【運び屋】さん。ちょっと時間いいですかにゃ?」


「……かまわないが」


 まだひざ枕でごろごろしているロウリーの頭を軽くつついて起き上がらせ、魔術師らしき女性に席を勧める。

 アミノのとなりの席に腰を下ろした女性は、包帯の巻かれた手をテーブルにつき、アミノとロウリーを見回して、最後に俺に視線を向けた。


「あのですにゃ、不躾ですが【運び屋】さんのパーティでは、魔術師ソーサラーを募集していませんかにゃ?」


「え? なんだって?」


「あ、えっと。にゃーはソーサラーなんですにゃ。ぜひパーティに入れてほしくてですにゃ。あ~、えっと、まだ第一層レベルなんですにゃ。でもそっちの二人も第一層レベルなんでいいかなぁと思ったのにゃ」


 会話が苦手な女性なのかもしれない。情報の出し方がめちゃくちゃだ。

 それから、不自然な語尾も気になる。片目を覆って頭に巻かれている包帯も、てのひらが見えないくらいぐるぐるに巻かれた包帯も気になる。

 それでもそこに触れる前に、根本的な間違いは正しておかねばならないと俺は思った。


「いや、待ってくれ。そもそも俺はパーティを組むとは誰にも言ってない。どこからの情報だ?」


「えぇ~?! 兄ちゃん、あたしたちのこと見捨てるつもりかよ?!」


「そうですよ【運び屋】さん! これからは堂々と大迷宮の探索に行けると思っていましたのに!」


 魔術師への反論に、反応したのはロウリーとアミノだった。

 二人とも同じように立ち上がり、俺を見下ろす。

 慌てた俺は二人を座らせ、落ち着くようにと言い含めた。


「……いや、『冒険者レベルの降格』なんて前代未聞の不祥事だからな。俺といると、お前たちにも悪い噂がついてまわると思ってだな」


「そんなこと関係ねーよ! あたしは兄ちゃんと一緒がいい!」


「わたくしも、です!」


「二人がそう言うなら、俺だって一緒に探索に出られるのは嬉しいし、助かるんだが……本当にいいのか?」


 二人から同時に「もちろん!」と言う元気の良い返事が帰ってきて、俺は目尻を下げた。

 実を言えば俺もそうしたいとは思っていた。だが、先程二人に告げた理由で、躊躇していたのだ。


「お話は終わりましたかにゃ?」


「あ、ああ。すまん」


「そこで、にゃーもパーティに入れて欲しいんだにゃ」


 そう言われて、もう一度その女性を観察する。

 黒い三角帽からむらのある茶色の髪が長く伸びていた。大きな瞳は片方が包帯で隠され、その下でアヒルのように口角の上がった口が、楽しげに笑っている。肩口には凝った装飾のマントを羽織り、その下は無地の黒いローブ。袖口から覗く手は、瞳と同じように包帯で隠されていた。

 年齢は俺より若いだろう。アミノたちと違って成人はしているだろうが、まだ十八~九と言ったところか。

 第一層レベルとはいえ、もし本当にこのメンツで探索に出るのであれば、ソーサラーはぜひとも欲しい人材ではあった。

 パーティリーダーと言う立場になったのが初めての俺は、ここで軽々に決断していいものかわからず、頭を悩ませた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る