第18話「処罰」

「だいろ……第六層?! ……キキキキミ、こここんなところで冗談を言っているんじゃないだろうね?」


 ギルド長は呼吸の仕方を忘れてしまったかのように、鼻息荒く腰を浮かした。

 そんなギルド長の慌てぶりをよそに、俺はリュックから第五層の地図を取り出して、鍵の横に広げる。みんなの視線が集中しているのを確認し、昇降カゴの位置から複雑な経路をたどって、『魔女の指抜き』まで指を滑らせた。


「……ここです。第五層特有のジギタリスが一面に花咲く広間の奥に、第六層へ続く扉があります。奥を確認したわけではありませんが、今までの各階をつなぐ扉を踏襲とうしゅうして、扉には古代語で『第六層』と刻まれていました。その下にも文章があったのですが、残念ながら俺には解読している時間はありません。読めたのは一番上の『第六層』と、最後の『汝等ここに入るもの、一切の望みを棄てよ』という一文だけでした」


 今見てみれば、銀の鍵にも古代語で『第六層』と刻まれている。手のこんだ罠でもない限り、これは誰がどう見ても、人跡未踏の地である『第六層』への鍵であることは間違いなかった。

 大迷宮への入り口は他国にもある。国をまたぐほど大迷宮は広いのだ。

 しかし、第五層への直通が可能な昇降カゴは我がアングリア王国のここ、大迷宮の街にしかない。そのため大迷宮探索ギルドは他の冒険者ギルドとは一線を画して、最上級のギルドとされているし、そこからもたらされる富は、アングリアを七王国しちおうこくの盟主と言う立場に収まらせていた。

 ここで第六層の鍵が我が国にもたらされたとなれば、国力の差はさらに大きくなり、ひいては世界統一の目も出てくるだろう。世界政治はよくわからないが、そのくらいの価値のある鍵だと、俺たちは確信していた。


「これが……第六層の……」


 ギルド長の手が震え、フラフラと鍵へ近づく。その手が鍵に触れる前に、俺はオルゴールの蓋を締め、リュックに放り込んだ。


「なっ?! 何をするんだキミ!」


「考えてくださいギルド長。この鍵は、アミノが亡き兄の遺言に従って、その手で得たものです。最後の戦いには、ロウリーの手助けも欠かせませんでした。俺は二人を連れて行っただけです。アミノとロウリーは、第五層でも戦える実力を示しました。それどころか、ここ数十年の探索で、どのパーティもたどり着けなかった第六層への扉を見つけたんです」


「それはわかった。女の子たちについては、特別に今回のことは不問としようじゃないか」


「……それだけでは足りません。特例として二人を冒険者登録すべきです。そして、彼女たちが第六層の鍵を見つけたと、大々的に発表するのが良いと思います」


「それになんのメリットがあるのかね?」


「英雄が出来るでしょう。ここ数十年停滞していた冒険の先駆けです。ギルド長もさきほど言っていたように、最近の迷宮探索に風当たりが強いのは事実です。だからこそ、新たな偶像も必要になる。冒険も盛り上がり、街は豊かになりますよ」


――まぁ実際のところ、そんなことはどうでも良かったのだ。


 とにかく、アミノが兄の遺志をついで、命がけで発見した第六層への鍵を、他の人間の手柄にされるのだけは避けたかった。

 それに、俺が処罰を受けて冒険が出来なくなったとしても、彼女たちが有名な冒険者として、食うに困らぬ生活が出来るようなインフラも作ってあげたかった。

 二人の実力があれば、冒険者としての食いっぱぐれはない。それだけは確信があった。


「そ……そうだな」


 ギルド長の頭の中ではそろばんが弾かれていることだろう。

 その答えが出るまで、静かに待つつもりだった俺たちに、今まで黙っていた審議官が口を開いた。


「ベゾアール・アイベックスどの。それから、アミノ・スフェロプラスト嬢、ロウリー・ブレンステッド嬢。審議官の立場から、一言よろしいかな?」


 俺たち三人は視線を重ねて相談し、代表して俺が「どうぞ」と答えた。


「本来であれば、一般人を第五層へ招き入れたアイベックスどのはギルドからの追放が妥当でしょう。スフェロプラスト嬢とブレンステッド嬢は不正に大迷宮へと侵入したのですから、罰金刑か禁固刑と言ったところでしょうか」


 俺、アミノ、ロウリーへと視線を移しながら、審議官は刑罰を並べる。

 彼は、反論しかけたロウリーを視線だけで黙らせて、話を続けた。


「しかし、スフェロプラスト嬢とブレンステッド嬢に、特例としてさかのぼって冒険者資格を与えたとします。さすがにギフト持ちとはいえ、まずは第一層レベルの冒険者ですね。こうなると、アイベックスどのの罪は適正レベルを超えた階層へのアタックとなりますから、幾分刑罰は軽くなります」


「どのくらいですか」


「そうですね、第五層探索許可の一時剥奪はくだつ。つまり指輪の返却が妥当でしょう。もちろん、今後反省をして実績を示すことができれば、また許可が出ることもあるでしょうが。そしてお嬢さんがた二人については、パーティリーダーの指示に従っただけという事になりますから、罪は不問となるでしょう」


 第五層へ入れなくなるのはツラい。運び屋をやるにしても、冒険者をやるにしてもだ。しかしそもそも他のパーティに入れてもらえない俺にとって、第五層探索はリスクが高すぎる。

 つまり、第五層に入れなくなるだけのこの罰は、非常に受け入れやすい罰だと言えた。

 審議官の話を聞いて、ギルド長が鼻息荒く立ち上がる。


「アイベックスくん。審議官の権限でそのように決めようではないか。私、ギルド長は信認するぞ。それでいいかね?」


「寛大な処分に感謝いたします」


「いいのかよ兄ちゃん?! 第五層にいけなくなるんだぜ!」


「そうですよ。わたくしが刑罰を受けますので、【運び屋】さんの罰を軽くしていただくわけにはいかないのでしょうか?」


「アミノ、ロウリー、いいんだ。罰というのは罪を犯したものが受けるもの。誰かが変わりに受けられるものじゃない。それに、俺にはやっぱりソロで第五層は無理さ」


 ぽんぽんと二人の肩を叩き、気を静める。

 その場で、アミノとロウリーには第一層冒険者の許可が下り、俺は指輪を返納した。

 そして、第六層の鍵はギルドが預かることになり、そのお披露目にはアミノとロウリー、そしてこの俺【運び屋】ベゾアール・アイベックスが列席することに決まる。

 考えていた可能性の中で、一番と言ってもいいほどの良い結末に、俺はギルド長や審議官と握手を交わして、安堵のため息をついた。

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