第17話「ギルド法会議」

 第五層へのアタックから三日が経っていた。

 幸いアミノとロウリーの毒は解毒アンチドートの魔法で完全に抜くことができ、もうすでに普段の生活に支障はなくなっている。

 ただ、問題は俺の方にあった。

 第五層にしか咲かない固有種のジギタリスには強力な毒性があり、中途半端な解毒薬の治療だけで激しい戦闘まで繰り広げた俺の体には、未だにしびれが残っている。

 魔法で完全に毒が消えるまでには、あと数日はかかるそうだった。

 まぁそれも、大きな問題ではない。

 本当の問題は、他でもないアミノとロウリーを第五層へ連れ込んだことにある。

 ロウリーの方は「俺が連れ込んだ」というと語弊があるのだが、結局は俺が昇降カゴより先に案内したようなものだ。その責任を俺が負うのは当然だと思っていた。


「では、こちらへ」


 松葉杖の俺を先導して、ギルド職員がドアを開けてくれる。

 軽く会釈してドアをくぐる。ギルド長の広い執務室には、恰幅のいいギルド長の他に、神経質そうな顔のギルド審議官、そしてアミノとロウリーの二人が俺を待っていた。


「おまたせしました。【運び屋】ベゾアール・アイベックスです」


 挨拶する俺の背後でドアが閉まる。

 ギルド長に手で指し示され、俺はアミノとロウリーの座るソファーの端に腰を下ろした。

 アミノとロウリーの心配そうな視線を感じる。松葉杖を重ねて横においた俺は、二人に向かってニッコリと微笑んでみせた。


「ごほん。さて、アイベックスくん。困ったことをしてくれたね」


 咳払いとともに、ギルド長が話し出す。

 俺は恐縮して頭を下げるしかなかった。


「最近ポーターを大迷宮に入れることにすら住民の反対が強いのは、キミも知っているだろう。一般人の、しかも未成年を、とどめに第五層へ連れ込んだとなるとね、キミ。これは内々ないないで済ませられるような問題じゃあないんだよ」


「おっちゃん! だからあたしは無理やりついていっただけなんだって! 兄ちゃんが連れ込んだんじゃねぇよ!」


「わたくしも! 【運び屋】さんの異能ギフトなら第五層に入れると思ったので、無理やりおねがいしたんです!」


 ロウリーもアミノも俺をかばってくれる。それは嬉しいのだが、十三歳の子供に擁護される大人の心情としては、精神的にかなりくるものがあるのだ。二人に黙っていてもらえるように手で制して、俺はギルド長の話の先を促して、頭を下げた。


「ごほん。キミへは何らかの罰則を与えることになる。もちろん、そこの女の子たちにもだ」


「俺……あ、いや、私が罰を受けるのは覚悟しています。しかし、アミノやロウリーはまだ未成年ですし、寛大な処分をお願いします」


「いや、しかしねぇ」


「アミノもロウリーも、俺と違って今すぐにでも第五層で通用するような冒険者になれます。もし二人に処罰を下したことによって、この大迷宮探索ギルドではない別の冒険者ギルドに所属でもされたら、組織にとって大きな損失になりますよ。間違いありません」


 ギルド長と審議官は顔を見合わせる。頭の中では様々な思惑が目まぐるしく渦巻いていることだろう。

 彼らの視線が俺からそれた。そのすきに俺はアミノへ視線を送り、かねてから相談してあったとおり、切り札を切ることを確認した。

 アミノは小さくうなずく。

 俺はもう一度頭の中でシナリオを繰り返し、次のセリフを思い返した。


「……ギルド長。ここに鍵があります」


 肩からかけていたリュックに手を突っ込み、オルゴールのような箱を取り出す。

 ギルド長と審議官の目がそこに集中したのを確認して、蓋に手をかけた。

 蓋を開けると古めかしい銀の鍵が、たった一本転がっている。

 俺とアミノとロウリー、三人が文字どおり命をかけて手に入れた鍵は、それがなんなのかを知っている俺が見ても、そんなに価値のあるようには見えなかった。


「この鍵がなんの鍵だというのかね?」


 予想どおりの反応を受け、俺は劇的な効果を上げるために、一呼吸を置く。

 ゆっくりとギルド長へ視線を向け、次に審議官、そしてもう一度鍵へと視線を落とす。

 焦らすようにゆっくりと息を吸い、落ち着いて次の言葉を綴った。


「……第六層」


 小さく呟いた俺の言葉に対するギルド長の反応は大きかった。

 審議官も息を呑む。


「これは第六層、人類の悲願とも言える、奈落の底へ続く扉の鍵です」


 続けた言葉に、ギルド長たちは体を硬直させる。

 俺はここからの交渉に少しだけ自信を深め、頭の中で小さくうなずいた。

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