大迷宮探索ギルド

第16話「しまい、はこび、だす」

 注意を促す俺の叫びに、【銀翼ぎんよく】が顔を上げた。


「んだとっ?! このタイミングでかよ!!」


「【六指むつゆび】の! 足止めを!」


「ん~キツい。援護しろよ~」


「えっ?! ベアさん?!」


 最後に聞こえたイソニアの声に、複雑な感情が持ち上がった。そうだ、【銀翼】にはイソニアもいる。

 アミノやロウリーの命を預かっている今、アルシンたちを助けるために命を晒すのは正しいこととは思えなかったが、それでも、イソニアを救うことに関して言えば、俺は正しいことをしていると心から思えた。

 キュクロプスに向かってクロスボウを撃ち出す。巨人は面倒そうに片手を上げ、俺渾身の矢を簡単に払い落とした。

 イソニアの「ベアさん」と言う呼びかけで、アルシンも俺に気づく。

 お礼を言われることはないだろうと覚悟はしていたが、その反応は予想を超えてひどいものだった。


「なんだと?! てめぇ【運び屋】か! とうとう俺たちにモンスターまで運び込みやがったか!」


「そんなわけないだろっ! お前らが挟み撃ちにされそうだったから、警告したんじゃないかっ!」


「はっ! どうだかなっ!」


 不毛な言い争いだ。その間にも【六指】シアンは通路にワイヤーを張り巡らせ、キュクロプスの進行を阻む。たったそれだけの邪魔が入っただけで、単眼の巨人はくるりときびすを返し、俺へと的を絞った。

 これで十分なはずだ。あとはキュクロプスを引きつけ、あの巨体では通ることのできない枝道へと逃げればいい。

 巨人のヘイトを引きつけるためにもう一度クロスボウを射出した俺は、逃げるタイミングを見計らった。


「……来たれあお煉獄れんごく! われは行使する! 血の盟約による破壊の力を!」


  周囲の魔法元素マナに、ずっしりと重量が加わった。ヤバいと思ったときにはもう遅い。巨人の背中で荒れ狂う青黒い炎は、爆風で俺まで吹き飛ばした。

 床に叩きつけられ、数メートルも転がる。

 頭ににじむ血を袖でこすり、立ち上がった俺の目の前に、キュクロプスの巨大な単眼が見開かれていた。

 脇道へ逃げなければ。

 そう考えたが、脇道はすでに巨人の背後にある。パニックに陥る俺を、巨大な手が無造作に掴んだ。


「ぐぁぁ!!」


「ベアさん!!」


 ぐらぐらと視界が揺れる。圧迫された胸が呼吸を拒み、意識がどんどん薄れてゆくのを感じた。


「はっはー! 【運び屋】! ざまぁねぇぜ、自分で連れてきたモンスターにやられてやがる!」


「くくくっ、【運び屋】の。すまんな、ヌシが余波を避けられぬほど動きが遅いとは思わなんだ」


「シアンさん! ベアさんが! ロープを外してください!」


「ん~、もう間に合わない……かな。ん~どうせすぐに潰れる」


 イソニアの「ベアさん!」という絶叫が何度も聞こえる。キュクロプスの手に力が込められ、俺の鼻と目から生ぬるい血が流れた。

 唯一自由になる右手が宙をさまよう。手に触れたのは、使い慣れたリュックの口だった。無意識に、この状況を打破できる何かを出そうとしたが、そもそもそんなものはリュックに入っていない。

 薄れゆく意識の中、俺が【運び屋】の能力で行ったのは、ものを力の方だった。


――どさっ。


 急に圧搾機のような締め付けから開放され、床に落ちる。酸素を求め、俺は大きくあえいだ。


「……っはっ! ぐはっ! ごほっ!」


 胸の衣服を左手でかきむしる。血で赤くにじむ視界に、リュックがパンパンに膨れているのが見えた。


「モンスターが消えた?! てめぇ【運び屋】ぁ! どんな手品を使いやがった?!」


 アルシンがわめいているのが聞こえる。イソニアが、ロープの隙間をなんとかくぐり抜け、傍らに膝をついたのが見えた。


「汝の忠実なるしもべ、イソニアが願い奉ります。ここに神の奇跡を発現し、このものを癒やし給え。……回復ヒーリング


 厳かな祈りの言葉と、頬に触れるイソニアの掌の温もり。

 暖かな光が俺を包み、やっと酸素を思う存分吸うことができた俺は、床に両足を投げ出し、壁にもたれかかった。


「大丈夫ですか? ベアさん」


「ああ、大丈夫だイソニア。……ありがとう」


「よかった。……あの、さっきのモンスターは……?」


 ホッとした様子のイソニアは、不思議そうにあたりを見回す。

 俺はパンパンに膨れ上がったリュックをぽんと叩いて見せ、立ち上がった。


「ここだ。俺のギフトでとっさに突っ込んだ。……じゃ、回復ありがとう」


 本当ならもう少し休み、旧交も温め合いたいところだが、そうもしていられない。

 三十分の一の経過時間になっているとはいえ、アミノやロウリーは毒に侵されているのだ。

 俺はリュックを抱え直し、昇降カゴへ向かって歩き始めた。

 目を合わせずに、【銀翼】パーティの横を通る。最初は驚いていたアルシンだが、その頃には余裕のある表情で俺を見ていた。


「おい、待てよ【運び屋】。その中のもの、まさか地上に持っていく気じゃねぇだろうな?」


「くくくっ、まさかヌシのギフトにそんな使い方があるとはの。じゃが、ヌシも知っておろう、どんな状況であれ、モンスターを地上に運ぶのはご法度じゃ」


「そうだぜ、きっちり殺してから行くこった。……もちろん、俺たちは手伝わねぇけどな!! 行くぞ! イソニア!」


 勝ち誇った顔で、アルシンたちは立ち去ってゆく。俺は無言のまま、狭くて行き止まりの脇道に入り、壁に向かって仁王立ちした。

 立ち去りかけたアルシンたちが、こっそり戻ってきてこちらを伺っているのを感じる。

 俺はリュックに手を突っ込み、一気にキュクロプスを

 そのまま飛び退り、通路へ戻る。背後では、自分の体積より狭い岩の中に押し込められた巨人が潰れてゆく、湿った音が続いていた。


「これで問題ないだろ」


 信じられないものを見る表情で枝道を覗いている【銀翼】パーティの横を、早足で通り抜ける。

 そこさえ抜ければ、後は問題ない。

 俺はついに、地上へと戻ることができた。

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