p.136 家族みたいな人



 少しずつ初夏の気配を吹く風に感じながら、ルーシャはぼんやりと庭に座り込む。一緒にこの地に来たリルトは仕事や用事がある為、数日前に去っていった。


 少し前、ルーシャはリルトと共にオーティス公国の長閑な田舎・ルベリア村にたどり着いた。オーティス公国は世界でも数少ない貴族君主の国で、ガロン公爵が治めている。国土としてはそれほど大きくは無いが、穏やかな土地に穏やかな人民が暮らしていた。


 特にこれといった特徴がある訳でも無く、小さな内陸国のためルーシャも訪れたことは無かった。国自体が小さいため魔力協会の支部も少なく、人々は魔力協会にあまり馴染みがない。否定的な人が多いというよりは、魔力協会が無くても生活が成り立ち、国としても困ってはいない──そういう風潮があった。

 そして、そんな国の片田舎のルベリア村もルーシャが来るまでは魔法術の存在は知っていても、身近に感じることは無いものだった。


 2日ほど前にルーシャはこの村に住むにあたり、君主のガロン公爵に挨拶へと出向いた。ただの移住なら役所手続きだけで良いのだが、ルーシャがルベリア村に居を構えるということは、これからルベリア村およびオーティス公国は竜や竜人ノ民と数多くの関わりを持つということになる。また、今まで関わりの少なかった魔力協会や魔法術師とも多くの付き合いが発生してくる。


 そのため、一応顔合わせのような形で挨拶したのだった。その時、ルーシャの身分を証明してくれたのは魔力協会以外に3名いた。ひとりは師匠であるオールドで、実権は一切ないが歴史ある王家の王女の弟子としての身分を書面で記していた。ふたりめは、セルドルフ王国のネスト王家のウィルトだった。公的な関係性は特にはないが、諸事情ゆえにルーシャとは一線を引きながらも家族のように過ごしていた。ウィルトの知るルーシャのひととなりが書面で記されていた。


 そして、3人目はルーシャの実父であるマルク・ニレイ・ダルータであった。異国の貴族とはいえダルータ家はそれなりに古い歴史のある貴族であり、そこの血筋の人間だということはそれなりの信用に足る。ルーシャに自分がダルータ家の人間だという実感は全くないが、それでもマルクのおかげで事が上手くいったことは間違いなかった。


 オールドは魔力教会で何か頼まれてルーシャの身分証明をしたのだろうが、ウィルトとマルクに関してはどうして動いてくれたのかは不明だった。ウィルトには魔力協会経由でお礼の手紙と品を送ったが、マルクには直接逢いに行くこととなっていた。


 実父とはいえ、ルーシャにその実感はない。ルーシャにとって家族は育ててくれた母であり、縁を切った兄だけだった。母が実は本当の母親ではなかったこと、別の実の両親が存命だったこと、血の繋がりのある姉妹がいること──それらを分かっていながらも、どう付き合っていくべきなのかルーシャは迷う。今からでも家族として生きるのがいいのか、適当な距離をたもつべきなのか。


 知ったからには無下にはできないとは思いつつも、だからといって今更家族として過ごせるのかと問われれば出来ない。




「いいとこじゃん」




 答えが出ない自問自答を何度も繰り返し、ループにはまったルーシャの耳に少し懐かしい声が届く。明るく真っ直ぐな声に前を見上げると、つい2ヶ月ぶりに再会する弟子がそこに立っていた。


 真っ赤な髪と瞳の目立つ容姿のセトは、ルーシャに手を振り嬉しそうに駆け寄ってくる。たった二ヶ月しか経っていないのに、随分とセトから感じ取る魔力や雰囲気が変化したことに気づく。今まで荒削りで強い力だった魔力が安定し、穏やかな中に芯の通った力が宿っているかのようになっていた。視線や声、話し方も今まで通りなのに、そのひとつひとつが落ち着いているように思える。


「元気にしてたみたいね」


 駆け寄ってきたセトにルーシャは口元を弛めて声をかける。セトには、竜人ノ民のコンパスのことやその先にあった家の事、定住するつもりであることを連絡していた。場所を伝えていたため、旅路のなか寄ってくれたようだった。


「シスターこそ。でも、なかなかヤバい橋渡ったんだろ?」


「え?」


「会長も、リヴェール=ナイトも、リルトも皆言ってたよ。シスターのそういうとこ、グロース・シバや〈青ノ第二者〉からうつったのかもな」


 そう言いセトは笑う。セトから見れば、ルーシャの行動は時に身の程知らずではないかというほど果敢な時がある。常識人のような風貌をしながら、その行動力は上記を逸するときがある。シバと知り合ったり、〈青ノ第二者〉の人となりを聞いたりしてから、セトはルーシャのその行動の根源を知った。


 大魔導士や随分と腕の経つ師匠の背中を見てきたからこそ、ルーシャは窮地においてとんでもない行動や選択をおこない乗り切ることが出来ていた。


「みんな、そんな言ってるのか・・・」


 セトの言葉にルーシャは少しうなだれる。ディオリア山脈での一件は噂になっているようで少し恥ずかしい。


 ルーシャはセトを家の中に招き入れお茶を入れる。大掛かりな工事がなされ、綺麗になった家の中にはまだ大した家具はない。ダイニングにダイニングテーブルと椅子が、リビングに大きめのソファがひとつある程度だった。家具や家電を揃えたいと思いながらも、特に必要に駆られていないため買いに行くこともない。


 キッチンに立派な冷蔵庫があるが、それはルーシャの定住が決まったということでオールドが贈ってくれた。本人曰く「遊びに行った時に美味しいケーキの一つや二つ入れときたいじゃない」と。立派なものに気が引けたが、ありがたく厚意を受け取ることにしていた。それに、オールドならば確かに手土産にケーキの一つや二つは持ってくることは容易に想像がつき、それを保存する場所も必要だろうと。


「ダイニングテーブル、めっちゃお洒落じゃん」


 案内され家の中を見て回ったセトは驚いたようにダイニングテーブルを指さす。1枚板で出来たダイニングテーブルには、美しい年輪があり、木の生きてきた形跡がしっかりと刻まれている。ややゴツゴツしているが、丁寧に処理がされており職人の腕を感じる。


「それ、フェルマーさんの元部下が家具職人になってて、作ってくれたんだって」


 お茶を入れながらルーシャは説明する。フェルマーとは海属の秘宝の件から会ってはないが、竜が目覚めるに際し今後何らかの形でお互いに繋がっていた方が良いということでフィルナルから連絡先を聞いていた。世界のことや近況報告をしたため、ルーシャが家を手に入れたということで新築祝いのようなものを貰っていた。家自体はかなりの年季もので新築では無いが、これからの生活を祈ってプレゼントをしてくれたのだった。


 存在感のあるお洒落なダイニングテーブルは、フェルマーのかつての部下で元海賊のひとりが手がけたものだった。元々手先が器用だったというその人物は、海賊稼業から足を洗ったあと大工に弟子入りし、個人的に家具などを作っているという。


「フェルマー船長なら俺も会ったよ、会長からおつかい頼まれてさ。相変わらずカッコよかったよ」


 セトはルーシャのもとから巣立ってからの旅路を話す。初めての仕事について、見知らぬ地で未成年故に補導されかけたこと、どこの土地の何が美味しかったか、深い森で獰猛な獣に襲われて寿命が縮んだこと、そして自分を生かして助けてくれた戦神と初めてちゃんと会ったこと。


 全く知らないその日々を聞くだけで、ルーシャはセトの生きてきた日々を感じる。元々それほど心配はしていなかったが、それでもしっかり者とはいえ未成年の少年をひとりで世界に放り出すことに多少の気がかりはあった。


 けれど、やはり話を聞く限りは思っていた通り自分でなんでもしてしまっていた。



「で、シスターはなんかあったの?」



 淹れたての温かいお茶を吐息で冷ましながら、セトはルーシャを見上げる。真っ直ぐな赤い瞳がすっと心を見透かすかのように注がれ、ルーシャはふいにドキッとしてしまう。


「お見通しってわけ?」


「シスター、案外分かりやすいからな」


 けろっとした様子でセトはそう言い、視線を外すことなくお茶を飲む。

 真っ直ぐなその瞳に見つめられると、ルーシャは心を鷲掴みにされているかのように感じる。年下で経験もまだルーシャほどないというのに、セトの言葉と瞳は時に心理を突くかのようなときがある。


 ルーシャは溜息をつきながら、今回の定住に際しての話をする。そして自分の出生や、数日後にダルータ家にお礼を伝えに行くことを掻い摘んで説明する。


 本当の親でありながらも、ルーシャはマルクとシアのことを父や母とは思えず、そう呼ぶことも憚られる。けれどせっかく再会したのならば、やはりそこは少しづつ溝を埋めて関係を作るべきなのか──そんなことを話す。


 孤児であり、誓約にて血縁すらも何もかもを失ったセトに話すことでもない気はするが、それでも誰かに吐露せずにはいられなかった。



「血の繋がりだけで家族って言えるなら、誰も苦労はしないだろ」



 セトはあっけらかんとそう告げる。


「まあ、そうなんだけど」


「俺は、俺を捨てた何も知らない親なんかより、一緒に色々旅したり飯食ったりしたシスターのほうが家族だって思うし」


 表情ひとつ変えず、セトは飄々とそう口にする。名前も顔も温もりも何も知らない親よりも、共に過ごして食事をしてお互いに言葉を交わしあったルーシャのほうが、セトにとっては家族だった。信頼もしてるし、気にかけることもあるし、甘えることもある──それがセトにとってのルーシャだった。


「実の親であってもシスターがそう思えないなら、それは単なる家族に近い他人でしかないよ」


 迷い、躊躇うルーシャの心に真っ直ぐなセトの言葉が突き刺さる。

 セトの言う通り、ルーシャからマルクとシアは正直言って他人だった。相手のことを何も知らず、共に過ごした時間も全くない。今更家族だと言われたところで実感もない。


 それでも、相手の気持ちを考えれば何もかもを無視することは憚られる。









──────────



ガロン公爵への挨拶は恙無くおわった。よかった。

まさか、自分の人生でこんなに貴族とかお偉いさんに関わることになるとは。


マルクさんたちに会いに行かなきゃと思いつつ、どう立ち回るべきなのかよく分からない。


セトの言う通り割り切るのがいいんだろうけど・・・。



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