第十七章 最後のページ
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ディオリア山脈での龍との謁見後、ルーシャとリルトはゆっくりと山を下っていく。行きとは違うルートで下山し、上りの時は急ピッチで気づけなかったディオリア山脈の美しい景色を見ながら降りていく。
濃い緑の中には幾つもの動植物が生存しており、そこを吹き抜ける風は心地よい。独特の静けさの中に、木々や葉がこすれる音、動物たちの鳴き声が響き渡っている。
標高が下がっていくと生物の気配が多くなり妙な安心感を覚える。深い緑の中をリルトとともに動き出したコンパスを頼りに進んでいく。コンパスの針がどこを指しているのかは分からないが、今ふたりの目指すべき場所を指し示す。
そのまま二人はディオリア山脈を下りきり、その地を後にする。龍との謁見が何処か夢物語かのように思う時もあるが、コンパスに宿るただならぬ魔力が、あれが現実の出来事だと思い起こさせる。
閑散とした土地をあとにした2人は針の指し示すままに旅を続ける。人々が活気溢れる街、煙が充満する工場地帯、緑溢れる村、魔法術に溢れる大都市など、様々な場所を訪れては去っていく。
世界の国や町を見ながらルーシャたちは旅を続ける。どこた向かっているのか、どのような道のりになるのかも分からず針路のみを間寄りに進む。
そうして2人は進み続け、ひとつの小さな村にたどり着く。いくつかの山を超え、道中に町や村があるがどんどん寂れていく。人の気配があるとはいえ、大都市とは全く様相が異なる。田畑が目立ち、家畜も多く見受けられる。
魔力協会の支部は山ふたつを超えた先の町にしかなく、世間の喧騒とはかけ離れた穏やかな時間が流れる。季節は春であり、暖かい陽光に照らされて緑が映える。いくつかの家々を通り過ぎ、ふたりは針の示す先を目指す。
ルーシャの故郷の村もなかなかの田舎であったが、この村も変わらずの様子がわかる。
整備されていない砂利道には雑草が蔓延り、案内板などない。特にめぼしい観光資源などがある訳では無いのだろう。村の人々は田畑や家畜の世話に勤しみ、村の外から来たルーシャたちを特に怪しむ様子などは無い。
針路に従い進み、村の奥へとふたりはどんどん進んでいく。この村も突っ切って別の場所へと行くのかと思ってきたルーシャの前にひとつのものが姿を現す。
そこにたどり着くまで、人の気配が一切ないのに不思議と砂利道は歩きやすかった。雑草が蔓延ってはいるが、人の行く手を阻むほどのものでは無かった。
草木に囲まれた道を進み、2人はとある場所にたどり着く。
ルーシャとリルトの前には一軒の家が建っていた。敷地は白茶色のレンガで仕切られ、蔦がところどころ這っている。簡素ながらも品のある門は錆びているが、ルーシャが押せば素直に開き訪問者を招き入れる。
敷地に足を踏み入れると、草が蔓延る庭が広がり少し歩いた先に赤い屋根の家が建っている。少し庭を散策してみると、裏庭には小さいガラス張りの建物──温室があった。温室以外のスペースは表の庭よりも広い。さらに敷地を隔てるレンガの一部がルーシャの胸丈ほどの簡易の木製の扉となっており、敷地の奥に何かがある様子があった。
「リルト、コンパスが・・・」
今まで目的地かと思ってもコンパスの針がひとつの方向を指し続けるため旅を続けてきたが、その針が変化を示す。今まで方向を示していた針が急に時計回りにグルグルと回り出す。
何事かと見つめていた二人だが、コンパスの針は急にそのまま消え去ってしまった。
「龍の魔力がなくなった気配はないし・・・」
二人で魔力探知や古代術の解析をしてみるも、コンパスに施された術がなくなった気配は一切ない。術の発動に不可欠な龍の魔力が切れた様子もないことから、コンパスの針が消失した理由は一つだけだった。
「ここが目的地ってことだな」
龍の魔力で導かれた先にあったのは、ひとつの家と敷地のようだった。
一応、魔力探知をしてみたものの結界や保存などの魔法術にちかい古代術が施されていただけで、特に怪しいものの気配はなかった。
ルーシャたちはそのまま裏庭から簡易の気の扉を開けて敷地の外に出てみる。周囲を背の高い木々に覆われているなか、道の名残のようなものをみつけそこを歩いていく。数分歩いた先に洞窟を見つける。入口付近を捜索してみたが、特に何かが仕掛けられている様子はなかった。
洞窟は入口だけではなく、その奥もまた大きく、人間はもとより巨大な竜さえもすっぽりと飲み込んでしまうほどだった。洞窟内はいくつかの分岐点にわかれ、その先一つ一つが巨大な巣穴のような空間があった。
2人は洞窟の捜索もそこそこに赤い屋根の家へと戻ってくる。古い建物ゆえに術で保護していたとはいえ、かなりの痛みが素人の目にも明らかだった。魔法術で少し宙に浮き、家の中を探索する。
一階部分はキッチンやリビングダイニング、浴室、トイレ、パントリーといった生活に必要な場所があり、二階部分には主寝室を含む五部屋の洋室があった。どこをみても劣化が激しく、時の流れを感じずにはいられない。
「リルト、もしかしてここって・・・」
「〈第三者〉のための家だろうな。裏庭の奥にあった洞窟は大きさとか作りを見る限り、竜の寝床に使えそうだし」
ルーシャの問いかけにリルトは首を縦に振る。
おそらく、ここは700年前に賢者と呼ばれた竜人ノ民が遠い未来に存在するであろう〈第三者〉のために作って守った家だろう。未来で何がどうなっているのか分からないが、もし人と竜たちを繋ぐ役割を持つ者が選ばれたのならば、双方にとっての居場所を作ろうとしてくれたのかもしれない。
「めちゃくちゃボロいけどな」
苦笑いをうかべるリルトにつられ、ルーシャも同じような表情をうかべる。ちょっとやそっとの補修では住めそうには無いし、そもそも700年も前の家の作りのため基本的な水道や電気といったライフラインも全くない。
「ちょっとフィルナル会長に相談してみようかな」
「え?」
「どこかに腰を落ち着けるのも良いかなって」
ボロ屋と化した建物を見渡しルーシャは呟く。
元々、世界を旅してきたとはいえルーシャの旅路に目的があった訳では無い。ただ師匠とそうした生活をしてきたからであり、旅の途中にどこかに永住するということも考えたことはあった。しかし、なかなかピンとくるような場所がなく今日までこうして放浪してきたに過ぎなかった。
これも何かの縁で、魔力の導きというものなのかもしれない。全く縁もゆかりも無い土地で、知り合いもいないし、所属している魔力協会という組織とも関わりが薄そうな場所で・・・数え上げたらキリがないと思えてしまうほど、今いる村のことなど何も知らない。
探せば住み良い場所などいくらでもあるであろうし、知り合いが近くにいる場所の方が色々と便利ではある。
けれど、あえてルーシャはこの土地を選ぶ。賢者と呼ばれた人物がここに呼んでくれて、居場所を置いておいてくれた。何も知らないそのひとの思いを受け取ろうと思った。
そこからは話がトントン拍子に進んだ。フィルナルに事のあらましを説明すると、多忙にも関わらずすぐに動いてくれた。土地の権利などの諸々の細かい法的手続きは魔力協会法務部がなんとかしてくれたし、家や敷地内の建物の修繕やライフラインの設置も職人たちを派遣してくれた。村の村長や住民への説明も魔力協会の幹部を派遣してくれ行い、なによりも村に魔力協会の新しい支部まで作ってくれた。
しかも、家や敷地の修繕に関してはフィルナルのポケットマネーで支払ってもらっておりルーシャは頭が上がらない。しかし当の本人は気にする様子もなければ恩を売るつもりでも無い様子だった。
「今後、俺の雑用を手伝った時の報酬の前借りだ。これから長らくはタダ働きしてもらうからな」
そうルーシャに告げていた。会長直々の仕事はハードルが高いため、それがさらに続くことを思うと少し気が滅入るが、それでもこうして迅速に動いてくれたことには素直に感謝の気持ちしかなかった。
「支部まで作ってもらって申し訳ないなー」
家の修繕が終わるまでルーシャは近所の家にお世話になることにした。お隣さん──といっても、ルーシャの住む予定の家は村の中でもかなり端っこの方なので隣の家まではかなり歩く。隣の家は村の中で雑貨屋を営んでいる夫婦が住んでいる。
「フィルナルからすれば、ルーシャがいることでこれから竜との接点が確実に増える場所に、ある程度は協会の目を光らせておきたいって魂胆だろ」
同じく雑貨屋で厄介になってるリルトがそう話す。本来、魔力協会の支部の設置には魔力協会の議会の承認や、設置する国と場所の許可が必要で、しかも安易に支部を増やさぬようそれなりの基準が設けられているという。しかし、今回はフィルナルの鶴の一声でそういう諸々が省かれているという噂だった。
「ちょっと配達をお願いしていいかい?」
「了解、ついでに隣町まで行って滞ってる商品入荷も確認してくるよ」
雑貨屋の主人の頼みにリルトは二つ返事で答え、そそくさと仕事に出かける。
ルーシャとリルトは、今後ここに魔力協会の人間もそれなりにやってくるであろうことから、元々魔法術や魔力協会に馴染みのない村の人に少しでも受け入れて貰えるよう、頼まれたことは何でもやってのけた。
荷物運びや畑の草むしりはもちろんの事、魔法術で多くのことを解決してきた。獣避けの魔法術を施した魔道具を畑や家に設置したり、害虫対策の魔法術を施したり、畑の水はけを良くしたり、子供たちの通学路を明るくしたりと。
そうした活動のおかげか、2人は閉鎖的な小さな村にも関わらずすんなり村人とうちとけることが出来た。
そうして、雑貨屋で世話になること一ヶ月が経つ。暖かな春の日差しは徐々に暑さを伴い始める。そんななか、家の修繕が終わった。ボロ屋はあっという間に小綺麗な様相となり、ライフラインもすべて整う。痛んだり劣化したところは職人だけではなく派遣された協会員が魔法術も駆使することで、数十年人が住むには問題のない住居となった。
初めて自分の居場所を手に入れたルーシャはソワソワしながら家の中を見渡す。どこに何を置こうか、どんな家具を置こうかと考えるだけで楽しくなってしまう。
そんなルーシャのもとに、ひとりの客人が訪れる。
「お久しぶりです、ファントム」
こっそりと人に姿を変えた礼神のファントムがルーシャのもとを訪れる。一応家に招き入れることはしたが、まだ何も無いため軽く事のあらましを説明する。ファントムはフィルナルから、ルーシャが龍の魔力を得て、託されたものを手に入れたという話を聞き確認に来たのだった。
ルーシャの話を聞いたファントムは驚きながらも、ルーシャとリルトを見て「よく無事で・・・」と呟く。そんなファントムの言葉にふたりは苦笑いを浮かべながら、ひとつのものを手渡す。
ディオリア山脈の山小屋にて出会った竜狩人の末裔から盗んだ、竜の卵だというものをファントムに託す。ルーシャから龍の魔力について聞いていた時よりもさらにファントムは驚きの表情をうかべる。
「なんということですか」
それを言うだけで精一杯の様子で、それだけで手渡したものが本物なのだとわかる。
ファントム曰く、竜の卵の孵化には多量の魔力が必要になるという。本来ならば一定の期間、十分な魔力を得られなかった卵は孵ことができずに死んでしまう。竜が眠りについた700年前、それこそ孵化できずに死んでいった卵は数多くあったという。卵はそこに命があるとはいえ、まだこの世に生きてはおらず眠りの封印の対象ではなかった。ゆえに今現在、竜たちは幼いこどもはいても、未来を生きるこどもがいない状況だという。
ルーシャたちが盗んだ卵は本物かつ、ありえない時を生きて過ごしていた。本来ならば絶対にありえないが、今回は不幸中の幸いとして龍の魔力の影響を受けるディオリア山脈に卵があったことで、仮死状態で700年の時をすごしていたという。
そんな奇跡に奇跡を重ねたことが起きるものなのかと、ファントムだけではなくルーシャとリルトも驚いた。
「これもまた、魔力の導きというものなのかもしれませんね」
驚きながらも、ファントムは納得したようにそう告げる。少しの談笑の後、ファントムは卵を大切そうに抱えてルーシャたちのもとを去っていった。
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コンパスの針を頼りに旅をした先に家があった。
めちゃくちゃボロボロだったけど。
勝手に遺跡的なものとかあるのかなーって思ってたから、まさか家があるとは・・・。
フィルナル会長に話したら、びっくりするくらいの勢いで全部片付けてくれた。ありがたすぎる。
やること多すぎるから自分で何とかしろって言われるかと思ったのに。
これからどうなるかは分からないけど、ここ出来ることをやっていきたいと思う。
そしてなにより、竜の卵が生きてたのが1番の驚きなんだけど。本物かどうかも分からなかったし、生きてるなんて微塵も思わなかった。本物なら、あるべきとこに戻した方がいいかなーってくらいの考えだったのに。
そう思うと、やっぱり龍って神様みたいな存在なんだと改めて思う。700年も仮死状態でも生きてたなんて、偶然にしろ、龍の知らないところの出来事だったにしろ、神業としか言いようがない。
あらためて、私のやった龍の魔力の得方ってほんと命知らずだったんだなー・・・。
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