p.134 指し示す先

 

 冷たい龍からの選択にルーシャは俯き、瞳を閉じて暗闇の世界に身を投じる。人生の要所にて、人はなんらか重要な選択をしなければならない時がある──それは分かっていた。時には残忍な問にさえ、なんからの答えを出さなければならない。


 正直に言えば、龍の魔力を手に入れられなくてもルーシャにとっても世界という存在にとっても大したことにはならない。ロナク=リアの定義で龍の魔力を有するものが〈第三者〉と呼ばれると言われているが、それをクリアできなくても大きな問題は無いと言われている。


 これから先、〈第三者〉を騙るものが出てきても何らかの対策を講じれば大きな問題にはならないであろうし、そもそもなんの権限もない〈第三者〉を騙るメリットもなさそうな気がしていた。ルーシャは〈第三者〉は相談員的な立場だと思っており、人々や竜たちの話を聞いて、然るべきところに繋ぐのが役割だと思っている。


 だからこそ、そこに大きな力はいらない。ロナク=リアの真意は分からないが龍の審議を受けるということであれば、それはもう受けた。龍は目覚めた竜に対しても、争いを起こしかけた人に対しても手を下すということはしない様子である。世界の様子を静観するのであろう。


 そう思えば、やはり龍の魔力は得られなくても良い気がする。



 それに対し、人の──リルトの命は失うべきでは無いものだった。命が尊い、大切だということは言うまでもないことであり、さらにルーシャにとってはやはり赤の他人では無いということが大きい。


 ルーシャにとってリルトは知人であり友人であり、ここに来るまでに数多く助けてくれた大切な存在だった。知らないことを教えてくれ、出来ないことを助けてくれ、心が折れそうな時は支えてくれた。楽しいことを沢山教えてくれて、おいしいものも一緒に沢山食べてきた。共に過ごした時間の分だけお互いを知って、だからこそその存在は大きくて特別だった。


 ここまで登頂できたことも、こうして龍と対面できたこともリルトの存在なしではありえない。ルーシャのわがままに付き合い道案内をしてくれなければ、ルーシャはこの山頂にたどり着くことは出来ていないであろう。


 何度考えてもそれだけは確かだった──リルトの命を失いたくない。



(・・・)



 答えは出ているのにもかかわらず、ルーシャは目を開けることなく左のポケットに入れたものの感触を確かめる。それを受け取ってから何故かいつも身につけて、その存在を確認していた。名前も顔や声も何も知らな存在から、700年という膨大な時を超えて託されたコンパスの冷たく硬い感触を手に感じる。


 何も知らない相手は、未来に存在するかもしれない〈第三者〉に何かを託した。そこまで未来や希望が繋がる保証は一切ないなか、何かを信じてそのひとは創り上げていた。龍の魔力に反応するという何らかの魔道具を、いかほどにして創ったかなど分からない。


 何も知らないけれど、その存在を感じる度にルーシャはその願いを叶えたくなる。無謀と言われた龍の魔力を何らかの形で手に入れ、ありえない事を成した賢者の望みは何だったのか。何を託し、何を願い、何を思っていたのか。

 全く知らないしルーシャの生きる世界に関係がなかったのに、他人事のようには思えなかった。




 ルーシャは目を開け、今いる世界を見つめる。暗雲たちこめ、お世辞にも美しいとは言えない情景がある。美しくも威圧的な龍は無言でこちらを見すえ、それが何頭も周りにいる。強いプレッシャーを感じ、答えを口にするのに覚悟が必要になる。


 1度答えを口にしてしまえば後戻りはできない。


 どちらを選んでも後悔はあるし、どちらかを選ばなくても心残りができる。




「私は・・・」




 意を決し、ルーシャはリルトを振り返る。少し離れたところにいるリルトは、ルーシャの青い瞳が強い覚悟を宿していることに気づく。言葉でも、神語でも、態度でもなく、その目の光からリルトは何かを汲み取る。



 ルーシャは言葉を口にするよりも先に動く。リルトを囲む龍目掛けて簡単な光魔法を発動させる。瞬時に閃光が走り、あたりは一瞬にして真っ白な世界となる。リルトはルーシャの魔法が構成されると同時に動きだした。ルーシャの不意打ちの魔力の動きに龍がつられた隙を狙い、リルトは走り出しルーシャのもとに辿り着く。


 ルーシャの光魔法はひかりつづけ、もうひとつの魔法が展開される。光魔法の神語のなかに隠して構成していた、小規模の爆破魔術が炸裂する。


 周囲にいた龍は揃ったルーシャとリルト相手に高濃度で膨大な魔力を向ける。ルーシャの行動は攻撃とみなされ、龍はそれに報復するかのうに攻撃を仕掛けてくる。あまりの強さと密度だが、リルトはなんとかそれを力技でいなし、自分たちの身を守る。


(次は無理だ)


 経験と確かな実力を備えているからこそ、リルトはその凄まじさに手が震える。なんとか多量の魔力を密集させることで龍の強大な力を防いだが、そう何回もできるものでは無い。焦るリルトとは相反し、ルーシャは至極冷静に別の魔法術を構成している。


 しかし、龍はルーシャのそんな準備を待つことなどせず、再び圧倒的な力をねじ込んでくる。それを防ごうとリルトは最大限の魔力で神語を構築しようと動くが、そんなリルトの肩をルーシャは叩く。



『根付きし鱗茎りんけい 蔓衍せし葉脈 ひらけ万朶ばんだの華』



 左手に持ってたコンパスにひとつの魔法を施し、ルーシャはその呪文を口にする。基本的に魔法術に呪文の詠唱は必須ではなく、ルーシャも普段なら口にすることはほとんどない。この魔法も本来ならば呪文など口にせずとも発動させることが出来た。


 しかし、ルーシャは今回の事を起こすに際し全てが賭けだと思っていた。作戦なんてあってないようなもので、リルトとの連携も上手くいく保証などない。龍が思ったように動くとも限らず、発動させた魔法が龍の魔力相手に通用するとも限らない。


 運の要素ばかりの博打に勝つため、祈るようにその神語を口にした。



 ルーシャの発動した魔法は瞬時に展開していく。コンパスを主軸に魔法が枝葉を伸ばすかのように広がり龍の魔力を絡めとっていく。ルーシャの魔力はふたりに向けられた龍の魔力を貪欲にすべて絡み取り、また龍の魔力も不思議とルーシャの魔力に引き寄せられる。


 そのまま、向けられていたすべての魔力を絡めとっていき、コンパスにその魔力が集約される。強大で神々しいまでの魔力を、コンパスはその内側に留め、さらにその魔力に反応してコンパスに施されていた奇術が発動する。水を得た魚のように奇術は活性化し、それに呼応するかのようにコンパスの針が動く。



「ルーシャ、マジでこんなこと勘弁してくれよ」



 変わらず臨戦態勢のままリルトが心の底からの感情を吐露する。リルトのその言葉には苦笑いで答えながら、ルーシャは自分と対峙していた龍を見つめ返し口を開く。



「これが私の答えです」



 凛としてルーシャはリルトと手に持っているコンパスを交互に見る。


「大切な友達の命も、見ず知らずとはいえ託してくれた誰かの願いも・・・私にとってはどちらも大切です」


 龍の魔力かリルトの命か──それを天秤にかけられて、ルーシャはどちらも手に入れるべく行動した。どちらを選んでも、どちらを見捨てても後悔が残る。ならば、どちらも手に入れるしか無かった。


 ルーシャは龍の魔力が必要とはいえ、それを自分の身に授かるのは無理だと思っていたし、それを収めるほどの器量が自分にはあるとは思っていない。本来ならば、定義に則り龍の魔力を得る必要があったが、今回はそれは諦めてコンパスの奇術の発動を優先した。


 目くらましの魔法で龍の気を反らせ、小さい規模の爆破魔術で攻撃の意志をちらつかせた。そうすることで龍の魔力を含んだ攻撃が自分たちに向かってくることは容易に想像ができた。


 問題はいかに漏れることなく龍の魔力を吸収するかと、その魔法術を組み立てるまでの時間稼ぎだった。

 前者は魔力の本質を利用することで解決した。魔力には5つの本質があると言われており、そのうちの互いに引き寄せ合うという「誘引性」を利用した。互いの魔力が引き合うことで向けられた龍の魔力を取りこぼすことなく吸収し、自分たちへの被害を押えた。


 時間稼ぎの方は龍たちの1回目の攻撃をリルトに任せることで解決していた。リルトならばこんな状況でも、何らかの形で龍たちの攻撃を凌いでくれると信じていた。



「こんなことをして生きてここから帰られるとでも?」



 強い威圧感の前に未だにルーシャは足がすくみそうになる。


「生きて帰られる保証なんて最初からありません。攻撃を受けるとなれば、あとはもう必死に逃げるしかないですね」


 恐怖もあるし、抵抗せずに頭を垂れる方が賢明だとも思う。しかし、それでもルーシャは自分の気持ちに素直に行動し、その結果がどうなろうと仕方ないと思っていた。ここで死ぬのもまた宿命かもしれない。後悔がない訳では無いし、リルトを巻き込むのは申し訳ないが、神相手に逆らって無事ですむとは思えなかった。



「無謀で浅はか、人の典型だ」



 そう言い、龍は動く。相手の動きを注視していたふたりは、異変に気づく。その姿が小さくなり、薄らいでいく。それと共に感じていた強大で威圧的な魔力も小さくなっていく。


「必要とあらば我らはいつでも何でも壊せる、それを忘れるな」


 体に響く妙か話し方はルーシャたちのなかで木霊する。消えゆく存在を感じながら、ルーシャは空を見上げる。龍の撤退と共に空を覆っていた暗雲も引いていく。清々しいほどの青空が再び姿を現す。


 しばらく警戒していたルーシャとリルトだったが、完全にその存在が消えたことで放心状態となり立ったまま放心状態となる。先程まで感じていた強い鼓動も、鳥肌や冷や汗はいつのまにか消えており、神の存在の前に体や魂が心底危険を感じていたのだと痛感する。



「今回はほんっとに詰んだと思ったぞ、ルーシャ」



 へなへなと雪の地面に座り込み、リルトがムッとした表情でこちらを見てくる。


「ごめんごめん」


「反省してなさそうだな」


 同じく地面に座り込んだルーシャは笑って返すも、リルトは大きくため息を着く。


「まったく、ルーシャがそんなに欲張りだとは思わなかった」


「まあねー、でもこれで分かるよ」


 ルーシャはリルトにコンパスを見せる。今までビクともしなかったコンパスの針がひとつの場所をさしている。その指し示す先になにがあるのか──これでやっと向かうことが出来る。


「もうひと旅いきますか」







──────────


龍の問いかけの答えを出した。

龍の魔力は必要だし、リルトの命だって大切だし。


その答えに、リルトには欲張りだって言われてしまった・・・。

でも、どっちかだけなんて選べない。

ほんとは選ばなきゃ行けないんだけどね。


うまくいく保証も何も無かったけど、やってよかった。



そして、もらったコンパスが動いた。なにが待っていて、どこに行くことになるんだろ?

分からないけど、託してくれたものをきちんと受け取ろう。



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