p.133 選ぶもの

 

 逃げ出してしまいたくなるほどの威圧感を感じながらも、ルーシャは暗雲が立ち込めた世界に堂々と立つ。先程まで清々しい青空があったとは思えないほどの変化をした周囲に、何かの気配を感じとる。


 それが、神たる存在の龍であろうことはルーシャもリルトも感じていた。


 しかし、あえてそれを口には出さずに静かに相手の出方を待っていた。下手に動いて敵意だと見なされれば厄介で、かと言ってこちらから安易に声などかけて良いとも思えない。相対したことのない存在相手にどう動くべきか2人は慎重に模索する。


 恐怖に支配されながらもルーシャはそれが目の前まで来ている気配を感じる。張り裂けそうな鼓動を押さえつけ、冷や汗でべったりしている両手を強く握る。手先の感覚は無いが、痛いほどの力であることは分かっていた。


 自分を鼓舞しルーシャは前を見すえる。



 やがて、暗雲のなか空からひとつの存在が舞い降りる。しなやかで長い身体、竜よりも細い手足、淡く幻想的に光り輝く鱗、頭には二本の角、顔には細長い髭、ルーシャを映す眼は吸い込まれるほど美しい──それが龍だった。


 しっかりとした体格の竜とは異なり、全体的にしなやかさや細さが目立つが、彼らの放つ魔力と空気感は圧倒的に他の生物とは異なる。覇者と呼ばれる竜の存在があまりにも庶民的と思えるほど、龍を神たる存在と言ってもおかしくは無い風格がそこにあった。


 静かに地に降り立った龍は無言でルーシャを見つめ、ルーシャも何も言葉を発することなく見返す。



(・・・話すにしても言葉って通じるの?神語かな)



 偉大なる存在を前にルーシャは言葉の心配をする。神語は魔力を扱うものならば種族の壁を越えて意思疎通が行うことが出来る手段であるが、そこに龍という種族が含まれているとは思えなかった。しかし、これほど強大で神たる存在と言われているのならばルーシャたちの言葉や神語など容易に理解できる気がした。



「お前が〈第三者〉と呼ばれる存在だな、人の娘よ」



 厳かな声が木霊するようにルーシャの中に響き渡る。それが龍の声であり、自分に向けられたものだとは分かったが、耳から聴く声とは異なりルーシャは戸惑いを隠せない。その声は明らかにルーシャの内側から響き渡っており、自分の声では無いものが体から響き渡ることに違和感と言いようのない気持ちの悪さを感じてしまう。


「かつての取り決めに従い、我らの力を手に入れに来たか」


 淡々と声は響き渡り、ルーシャの返答など最初から期待していないようだった。



「はい、そうです」



 ルーシャは圧倒的な存在に挫けそうになるが、絞り出すかのように声を発する。精一杯の勇気を振り絞った言葉は、龍の耳に届いたのか龍は目を細める。


「人と会話する日がくるとは、滑稽なものだな」


 そう言い龍は口元を緩める。笑っているように見えるその表情だが、それは決して嬉しさや楽しさゆえのものでは無いことは一目瞭然だった。

 龍の言葉や態度から、かつて何らかの方法で人と龍が謁見することがあったであろうが、そこは神との謁見であり人風情が神に言葉を申し上げることなど恐れ多く、していなかった──することすら許されていなかったと推測できる。


 ルーシャが言葉を返したことが、龍から見れば自分の立場もわきまえていないものの行動であり、そんな人間が神たる力を得に来たことを嘲笑しているようだった。


「私も神たる龍と言葉を交えるなんて、とても不思議です」


 しかし、そんな龍の嘲笑や蔑みを感じながらもルーシャは更に言葉を発する。相手からの印象が悪いことは百も承知だった。

 龍は世界の安寧を望み、そのためには必要とあらば一度世界を滅ぼして創り直すことも厭わないという。そして、人はそんな龍からみれば取るに足らないちっぽけな種族でしかない。いくらかつて覇者たる竜と争うほどの力をつけ、今はもう世界を席巻するかのように存在するとはいえ、龍にとってそれは長い時の中に一時栄華を誇る種族に過ぎない。


 そして一時のその時代を生きているに過ぎない人が、龍が永遠に近い年月守り続けてきた世界の安寧を脅かした。龍からすれば瞬き程度の時間に過ぎない数百年で、人は一気に世界を席巻し、竜が治める世界を乱した。


 世界にはある程度のバランスが存在し、何らかの一種族がどの時代にも君臨して世界を席巻していた。その種族はある程度のサイクルで交代していき、そうしていくことで世界は微妙なバランスを保ちながら存在してきた。


 しかし、700年前の当時はそのバランスが崩れていたという。覇者たる竜の力が圧倒的に強いのにも関わらず、人はその存在を脅かしていた。種族交代とは違う争いが起き、その争いは激化すれば世界を滅ぼしていたかもしれないと言わている。



「即刻この地を去れ」



 ルーシャと相対する龍は躊躇いも温情もなく冷たくそう突きつける。



「はい分かりました・・・って言うような覚悟でここに来た訳ではありません」



 圧倒的な力の前に畏怖もあれば、逃げ出したい気持ちも強い。身体中から本能の警告が鳴り続けているが、ルーシャはそれらを強い気持ちで無視して言葉を紡ぐ。


 簡単では無いことも、無謀なこともわかっていた。だからこそ、こうして龍が姿を現したこの機会を逃す訳には行かなかった。


「随分と身の程知らずの命知らずだな、小娘」


 刺すような視線と力にルーシャは思わずたじろぎ、半歩後ろに下がる。


「龍から見れば人間なんてそんなものでしょう?」


 神たる龍からみれぱ、人間は下等種族とも思える力の弱い種族に過ぎない。いくらひとりで噛み付こうとも、痛くも痒くもないであろう。


「お前の言葉ひとつをきっかけに、人間も世界も全て白紙に戻すことが出来るのだぞ」

 

「私がいてもいなくても、龍がその気なら世界はいつでも滅ぶってことは分かっています。それに私がきっかけなら、それはそれで巫女が望んだ龍の審議の結果がそれということでしょうし」


 強い言葉に対してルーシャは冷静に思いを述べる。

 龍という存在を半信半疑ながらも考えた時、ルーシャはひとつの結論に至っていた。


 相手が神ならば、ルーシャの意思や何らかの取引などの策略など意味が無い──と。


 神たる存在を前にルーシャは無知で無力に過ぎない。どう言葉を重ねても、どう魔法術を組みたててもその足元には到底及ばないだろう。

 だから、その力を得る必要はあるし何とかしたいと思っていても、どうしようもないし何も出来ない。



「その無謀とも呼べる姿勢を評し、機会をやろう」



 龍の言葉が幾重にも木霊する。不思議な余韻だと思ったルーシャは、周囲に気を配る。

 目の前の龍との対峙に集中し、リルトや周囲への警戒を解いていた。妙な幾重もの木霊した声が引っかかり、周囲を見て息を飲む。



 ルーシャの目の前にいたものとは違う龍が数頭あたりを取り囲んでいた。ルーシャは龍に囲まれている状態で、目の前の龍との対峙と圧倒的な魔力を前に、周囲の龍の存在に気づけないでいた。



「リルト・・・っ!」



 ルーシャは先程まで近くにいた存在がいないことに気づく。見渡すとリルトは、ルーシャを取り囲む龍たちの外にいており、さらに数頭の龍がリルトを取り囲んでいる。



「我らの力はこの世で最も高貴で強く、ゆえに他のものたちは我らを神と呼ぶ」



 明らかにリルトと龍たちの距離はルーシャよりも近く、それ故に近すぎるため危険すぎる。リルトはルーシャのほうを窺いながらも警戒モードに入っており、何らかの攻撃が仕掛けられれば対応する準備はしているようだった。



「この力をお前に授けよう。しかし、それには代償が必要となる」



 淡々と話す龍にルーシャは冷や汗を流す。


(展開が予想外すぎるし、この状況・・・)


 門前払いや二人揃って容赦なく襲われると思っていたルーシャは、嫌な気配がしてならなかった。

 リルトとルーシャの距離はおおよそ10m程度で、普段なら気にもとめない距離だが、龍に囲まれていることを考えるとなかなか厳しい距離だった。



「我らの力か、その人間の命。どちらかを選べ」



 そう話し、龍の魔力が一段と強くなる。圧倒的なその力が強まるとそれだけで威圧され、恐怖が数段強くなる。



「リルトは魔力を得ることとは関係ない人です。命をかけるなら私の方です」



 龍の言葉にルーシャは初めて強く相手を見返す。


「お前は我らの力を必要とし、その力を使うためには命が必要だ。しかし、我らの力への対価は生きているものが差し出せる最上級のものである命しかない。お前が差し出せないなら、身近なものから貰うしかない」


「だからといって──」


「それが相応の価値というものだ、小娘よ」



 冷たく強く言い放つ言葉にルーシャは口をとざす。

 龍はこのディオリア山脈に昔から存在しており、それは人が存在するよりも前からだと言われている。龍のお膝元をルーシャとリルトは登ってきており、おそらく龍はその光景を見ていたであろう。


 だからこそ、ふたりがそれなりの仲の関係であること、協力しながら厳しい道程を超える間柄であることは分かっていた。他人同士であったとしても、そこには命を預け合う信頼関係があり、だからこそ相手の命を握られることがどういうことになるのかも分かっている。


 分かっているからこそ、龍はその選択を迫る。

 命の価値は平等だと言われていても、それでも見ず知らずのものの命と、仲の良いものの命ではそこに差は生まれる。同じ命であっても、選ぶ側がいるのならそこに何らかの差や判断基準が設けられ、選ぶものと選ばれないものがうまれる。



「さあ、小娘。お前は世界と友人、どちらを選ぶ?」



 淡々とした言葉を前にルーシャは俯き、その瞳を閉じる。










──────────



ほんと、人生って何があるか分からない。

自分が魔法術師になったことも驚いたし、竜とかの存在もびっくりしたし実際に会って夢みたいだとも思ってた。


でもまさか、神様と言われている龍にお目見えする日が来るとは。


いやもうほんと、誰の人生もどうなるかわかったもんじゃない。私は絶対平凡に生きると思っていたのに。



すぐ逃げ出したいくらい、視線外したいくらい、去っていって欲しいくらい怖い!!

もう私の事なんて認知してもらわなくてもいいって思ってしまった・・・。


勢いよく「龍のとこに行かなくちゃいけない」なんて言ったこと後悔した。


ほんっと怖い!

でも、ロナク=リアとかは多分龍に会ってるんだよなぁ。すごすぎる。



そして、まさかのチャンスをくれたけど・・・。

そんなの選べない。

けど、選ばなきゃいけないんだよね・・・。


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